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日本のものづくり | monogoto #4 新しい伝統を〜最年少の職人が目指す新たな下駄像

 スポーツの祭典が行われた今夏、「世代交代」という言葉を耳にする機会も少なくなかった。伝統工芸界を俯瞰すると、この世代交代こそ大きな課題となっているのは周知の事実。実際に取材を通して、現場からもそのような声はしきりに聴こえてくる。しかし一方で、若い世代が育ち、将来を担う人材が出てきているのも見逃してはならない。
 今回お話を伺った『日光下駄みやび(https://www.nikkogeta-miyabi.com)』の渡邉誠友(わたなべせいゆう)さんも、まだ30代の職人だ。
「今のままでは通用しなくなることも絶対にある」と語る業界最年少の職人は、下駄の新たな未来図を描いている。

始めたきっかけ
「もともと、モノを作るのが好きでした。」

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 高校では”美術デザイン科”を卒業するなど、当初から美術/芸術への関心の高さが伺えるプロフィールだ。そんな渡邉さんと日光下駄の出会いは、家族がきっかけであったという。


「母は着物の着付けを教えている方でした。あるとき母が、『着物を着るときに履く日光下駄が欲しい』と言って、後に師匠となる方のところへ日光下駄を買いに行ったんです。その際、師匠が『日光下駄を作る後継者がいない』と話したらしく、その場で母が私を薦めました。その後直接会いに行って、やってみたいと言ったのがはじまりです。」


「始める段階では、自分がこの歴史や伝統を継いでやろうと言う気概は正直なかったです。当時自分が何をやって生きていったら良いか分からなかったので、とりあえずやってみようという感じで、もう本当に気軽に始めましたね。」

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 渡邉さんの趣味、母の仕事、師匠の一言...様々な要素が掛け合わさって今に至るわけだが、当然ながら物事を続けるには理由がある。「気軽に始めた」ことが、今もなお続いている理由はどんなところにあるのだろうか。


「ひたすら一人でやる作業なので、結局何をやるにしても自分の責任。うまくいったときも、うまくいかなかったときも結局自分次第です。コツコツやることも好きだったんですけど、段々形ができていく工程も好きですし、形ができて完成したっていうところも、自分の子どもができたようで好きです。さらに、自分が作ったものがお客さんに喜んでもらえたのがすごく嬉しかったんですよね。そのときに、これを極めて、自分なりの日光下駄を作ってお客さんを喜ばせられたらなと思うようになっていきました。」

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 生きる目的探しから出発した下駄作りが、気がつけば自己流を極めようという想いへ発展。後に記すが、現在は日光下駄職人としての強い使命感へと、その想いはさらなる拡がりを見せている。

日光下駄の成り立ちと特徴

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日光下駄の特徴は何か?
渡辺さんの言葉を借りて簡潔に言うと、「桐の下駄の台に、竹の子の皮で編んだ草履が乗っている」。
つまり、“下駄+草履=日光下駄”ということになる。もともと別の履き物として存在する草履と下駄。その二つがなぜ掛け合わされたのか。背景には、日光という土地に根付く歴史と土地柄が深く関わっている。

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 日光の有名どころといえば、世界遺産にも登録されている日光東照宮。言わずと知れた、徳川家康が祀られた神社である。当初、由緒あるその地に足を踏み入れるためには様々な式たりがあったという。
「東照宮の境内に入るためには、いろんな格式を重んじる風潮が当時はありまして。境内に入るためには、履き物は草履でなければならなかった、というのもその式たりの一つでした。ただ草履ですと、当時は砂利道も坂道も多かったですし、さらには雪道も多かったんですね。草履だとなかなか歩くのが厳しいという状況でした。」

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「その時に考えられたのが、下駄の台に草履を乗せた”御免下駄”という、日光下駄になる前の下駄ですね、そういったものが開発されまして。それを履いていれば境内参入を許された、というのが始まりでした。」


 ただ、御免下駄は主に境内に入る人々、つまりお偉い方々のみが用いる履き物だった。その後、庶民の方にも履いてもらいたいという想いから、明治時代に今の日光下駄が開発されたという。日光下駄の前身である御免下駄から辿れば、その歴史はおおよそ400年に登ることになる。
 それだけの歴史とともに発展を遂げてきた日光下駄。特徴をお伺いすると、履き物としての良さが続々と出てきたので、以下にまとめた。


「麻糸で縫い合わせているので、雨の日にも履ける」
「竹の子の皮には抗菌性があり、水虫になりにくい」
「まゆツボが指と指の間を刺激してくれるので、健康に良い」
「草履部分がクッションになるので、長時間履いても疲れにくい」


 実際に履かせていただくと、想像以上にフィット感があり、まゆツボの刺激もとても心地が良い。「とても良い履き物」という渡邉さんの言葉にも納得がいく。
 加えて、心地よさを生む草履には、竹の品質からこだわりを持っているという。

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「竹の皮は九州の八女地方から仕入れています。やはり日本の伝統工芸品と言っているからには、日本のものを使いたいという想いがありまして。国内ではどこで(竹の皮が)採れるんだろう、と思い調べていきますと、そこ(八女)に『かしろ竹』という、真竹の突然変異したものがあることが分かりました。かしろ竹は黒い斑点も少なく、美しい竹の皮と言われているので、そこから仕入れるようなりました。」

伝統を継承する使命

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 スニーカー、ブーツ、サンダル...今や様々な履き物が世の中に溢れ、下駄の置かれる立ち位置もかつてとは大きく変わっている。現代において下駄は、着物や浴衣を着る際の履き物、といったイメージが強い。渡邉さんもその現状を認識した上で、そういった在り方から変えていきたいと述べている。

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「もちろん歴史や伝統も大切だと思うんですけど、今の時代それだけでは通用しないとも思っています。高い安い関係なく、もっと下駄の価値観を変えていかなければならないと感じています。例えばなんですけど、出かける時にブーツにするかスニーカーにするか、それとも下駄にするか、というふうに選択肢の一つして、もっともっと気軽に選ばれるような履き物にしていきたいですね。」


 そのビジョンを達成するために必要なことは何か尋ねると、日光下駄と渡邉さんが置かれている立場、そしてその立場ゆえの使命を答えてくれた。


「日光下駄を作っている方は、自分を含めて4人くらいです。自分以外の方は60歳以上なので、自分が時代とニーズに合った、新しい日光下駄作りをしていきたいです。もちろん歴史や伝統は大切で、失くしてはいけないことがあるのはわかっています。しかし、今のままの日光下駄では通用しなくなってくる部分も絶対に出てきます。なので新しい日光下駄を作っていって、それがまた新しい歴史と伝統になっていって、それをまた僕の次の世代に繋いでいく、ということができればと思っています。」

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 その一つとして、現在は若い人にも歓迎されるようなデザインや、洋服にも合うような下駄づくりを考案しているという。日光下駄を継承するだけでなく、さらに発展させていこうとする志が、その言葉と取り組みから読み取れる。
 しかし当然ながら、今ある日光下駄の価値を蔑む必要はない。履き物としての発展は、中長期的な視点に立ってのもの。今は、日光下駄の価値をより多くの人々に知ってもらうことが先決だ。渡邉さんも、日光下駄の価値をさらに広めるべく、その手を動かし続ける。


「本当にいい履き物です。軽いですし、壊れにくく長持ちしますし、修理が効きます。そして一点一点が手作りなので、風合い、雰囲気も違います。末長く愛着が持てる履物なので、もっともっと多くの人に知ってもらって、もっともっと履いてもらいたいですね。」


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取材後記
 日光下駄の現状と今後について、余す所なく話をしてくれた渡邉さんからは「新しい伝統」という言葉が繰り返し述べられた。最後に少し視点を拡げて、日光下駄のみならず伝統工芸の未来を守る、さらには発展していくために必要なことをお聞きした。
「どこの伝統工芸品も、昔に比べて衰退しているところが多いんですよ。作り手がいなくなってしまって、実際になくなってしまった伝統工芸品もたくさんあると思うんですね。」
「伝統工芸品というと、少し重いイメージがあると思うんです。なので、形を変えつつでも良いので、もっと気軽に触れて、気軽に体験できるものが色々できていければなと思っていますね。」
 この国には、伝統や古くからの習わしを重んじる風潮がある。それは手法や儀式、さらには組織の風土など多岐に渡る。その伝統や風土がそのもののアイデンティティと捉え、大切にする気持ちは理解できる。しかしそれが、時に足枷になるのも事実だ。伝統・風習にこだわり続けたが故、現代に適応できず、気がつけば価値自体を問われることもある。そうなったとき、伝統を見直すかそうでないか、少し表現を変えると、伝統に手を加えるのか、あるいは抜け出せないのかによって、未来は大きく変わる。なぜならそれは、生き残るか消滅していくかに通ずる可能性もあるのだからー。
 「伝統工芸と言うと、重いイメージがある」。伝統を重んじる日本人だからこそ感じる敷居の高さが故に、少し近寄りがたい面もあるのかもしれない。だからこそ、より気軽に、カジュアルに使えるものへの転換を提唱する渡邉さん。伝統工芸品の在り方を自ら問い、革新を掲げるその挑戦にこれからも注目していきたい。


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