monogatari9
【あらすじ】 タクシー運転手である田代は、ある夜、一人の女性をタクシーに乗せる。タクシーの中でその女性と言葉を交わしていると、その女性の様子に次第に違和感を感じ始める。
【あらすじ】 昨日、姉が自殺した。 いつも家の中で明るく振舞っていた姉。彼女の心の奥ではどのような闇が広がっていたのか。 姉は一通の遺書を残していた。そこに書かれていたこととは……。
【あらすじ】 不慮の事故でビルの屋上から落下した私。 そのとき過去のシーンが頭の中を走馬灯のようにめぐる。 だけどそのシーンの中に、本来、私が見るはずの無いシーンがあった。
あらすじ タクシー運転手である田代は、ある夜、一人の女性をタクシーに乗せる。タクシーの中でその女性と言葉を交わしていると、その女性の様子に次第に違和感を感じ始める。 1 田代勇輝は、O街道をタクシーで走っていた。 時刻は午前零時を回っており、流石にO街道を走る車の量は減ってきている。道路の脇の歩道には、人通りは全く無くなっていた。 先ほど長距離の客をM駅で拾って三十分くらいの距離にあるW町まで乗せて行き、そしてまたM駅に戻る途中だった。 田代はタクシー運転手に
エピローグ2 ねえ、お母さん。 私はどんな子供だった? 私はあなたの望んだような子供でいられたのかな。私なりに精一杯そのような役を演じてきたつもりだったけど、あなたの目には全て見透かされていたのかもしれないね。でもね、私なりに本当に精一杯やってきたつもりなんだよ。 ねえ、お母さん。 私を生んで、良かった? 気づけば私は、私を産んだときの母の年と同じ年齢になっていたんだね。 私はお母さんが望んだような子供でいられたのかな? 分からないよ。 でもね、私なりに
エピローグ1 朝から雨が降り続いている。 隆志は窓から外を眺める。一日薄ら暗い空だったが、午後五時を回ってそろそろ本格的に夜が訪れようとしている。住宅街の街灯もボツボツと点灯し始めていた。カーテンを閉めてから家の中を振り返る。部屋の隅においてある小さな仏壇が眼に入った。 隆志はその仏壇の前の座布団の上に正座をし、線香を取って火をつけた。 「美穂……。お前が死んで、もう一ヶ月になるのか……」 静かに手を合わせた。 位牌の横に置いてある写真では、自分の娘である美穂が無
12 「鈴木さん、朝ですよ」 40歳くらいの太った看護婦が部屋に入ってきた。窓のカーテンを開ける。外は曇っているのかまだ薄暗い。タンスの上の時計の針は午前七時を指している。母はベッドの上で一度小さくのびをした。 「鈴木さん、体調はどうですか?」 「ううん。普通かな」 看護婦はベッドの周りを簡単に片付けていく。そしてタンスの上の片付けをしようとしたときにふと手をとめた。 「あれ? 何か、書置きがありますよ」 「書置き?」 「ほら、これ」 看護婦はタンスの上から一枚
11 深夜の病院は、世界から見捨てられた場所のように静まり返っていた。 ときどき、思い出したかのように、廊下をペタペタと歩く看護婦の足音が聞こえる。 眼の前のベッドでは、先ほどの苦しみの表情が嘘のように母が穏やかな表情で寝ている。本当にあどけない顔をしている。だけど、母親になった女性特有の強さがその顔にはあった。その寝顔を見つめながら、私はずっと考えていた。どうしたら眼の前の母に、私の今の思いを伝えられるのだろうか。私の声は彼女には届かない。それなら、他にどんな
10 特に物が置かれていない殺風景な部屋だった。 ベッドの脇に置かれている小さなタンスの上には、私は見たこともない小さな花が一輪花瓶に生けてある。部屋は小さく、申し訳に取り付けられている窓からは何の変哲もない住宅街の様子が見える。 ベッドには私の母が寝ていた。部屋の隅に突っ立っている私は、その顔をじっと見つめていた。その顔は本当に幼かった。年齢は私とそれほど変わらないのではないのか。だけど、少しやつれた顔には不思議な決意と強さが滲んでいるように見えた。 トント
9 ふと気がつくと、私はベンチの片隅に座っていた。 霧が晴れてくるようにあたりがはっきりとしてくる。 そこはちょっとした休憩所のようになっていて、ベンチが一つとその横に自動販売機が置かれている。目の前には廊下があり、そこを時々看護婦が早足で通り過ぎる。どうやら病院の中らしい。建物自体は小さなこじんまりとした病院のように感じた。ベンチの向かいのある窓の外では、晴れた空の下、のどかな住宅街が見える。 (ここはどこだろう……) 私はきょろきょろと周りを見回す。特に見
8 また、私の視界に光が戻ってくる。 私はまた見知らぬ場所に立っていた。 (ここは?) こじんまりとした喫茶店の中のようだった。 客は数人しかいなくて、カウンターに暇そうにした若い女性の店員が立っている。 そのような場所に私は立っていた。 (なぜ、この場所に来てしまったのだろう?) 私は辺りを見回す。すると、その理由はすぐに分かった。一番奥の席に、先ほど目の前にしたばかりの若いときの父が座っていたのだ。父はイライラするようにタバコを吸っている。誰かを待
7 私は知らない家の居間らしき場所に立っていた。 (ここはどこだろう?) 周りを見回す。 小さな部屋は色々なものが散らかっていてひどく汚かった。男性ものの衣服もところどころに脱ぎ散らかされていて、それによってここの住人が若い男性であることが分かった。 そのときだった。 ドアの鍵ががちゃという音を立てて回った。乱暴にドアが開かれる。そして20代後半くらいの男性が不機嫌そうな顔をして中に入ってきた。ドアは閉められずにあけられたままになっている。部屋の中央まで来た
6 目の前で少女が泣いていた。 (どうしたの?) 言葉をかけようとしたけど、それは実際に声として外に発せられることは無かった。 部屋の電灯はつけられておらず薄暗い。廊下の蛍光灯の光がかろうじて部屋の輪郭を浮かび上がらせていた。ただ、私の眼には部屋の隅でうずくまって泣いている少女が小さい頃の私なのだと分かっていた。なぜだか分からないけど、それを一つの事実として私は受け取っていた。 「どうしたんだ?」 私の背後から声がして、振り返る。先ほどの光景で見た中年の男性が
5 茶色く薄汚れた建物が目の前に建っている。 その建物の庭には小さな公園のような広場があって、そこで二、三人の子供が遊んでいる。だけどその子供たちはじっと黙り込んで、ひたすら砂場の砂を掻いていた。 私はその建物の前に立って、ぼんやりとその中の光景を眺めている。 (私は、この建物を知っている) 正面の玄関のドアが開いた。 中から先ほどの中年の男性と少女が出てくる。先ほどの光景で見た二人だった。 (小さい少女は私。そしてこの男性は……) 少女は男性に手を引かれ
4 私は見知らぬ場所に立っていた。 (ここはどこなのだろう……) 当たりを見回してみる。ひどく古ぼけた街だった。何もかもがくすんでいる。一見どこにでもあるような住宅街なのだけど、まるで茶色の色眼鏡をかけているかのように全体が茶がかって見える。だけど、その光景は遠い昔に見たことがあるような既視感を感じた。 (私は過去に、この光景を見たことがある……) 思い出そうとした。急に頭痛が襲ってくる。それはいつものような頭痛だった。何かが私にそのことを思い出させないようにし
3 ぐらりと重心が傾いた。 私の回りの世界が大きく回転していく。ジェットコースターに乗っているかのような猛烈な無重力感が私の全身を包んだ。全てがスローモーションの中で世界の光景が流れていく。どこまでも落ちていくような感覚があった。 私はどこまで落ちていくのだろう。 きっと、すぐに終わる。私はもうすぐ死ぬのだ。 心の中では、それを事実として冷静に受け止める自分がいた。 だけど、何だろう。この寂しさは。人は死ぬときはこんなにも寂しいものなのだろうか。結局人は一
2 私は自分のことを平凡な女子高生だと思っていた。 両親はそろっているし、生意気な弟もいる。別に周りのほかの子と何か特別に違ったっ境遇にあるわけでもない。そのように考えて小学校を通ったし、中学校も通った。だけど、少しずつ、私は自分が周りとは違った種類の人間なのかもしれないと感じるようになっていたのだ。 私はずっと、この世界は死ぬまでの暇つぶしなのだと考えていた。どうせいつか死んでしまうのだから、そこで何かを頑張っても意味が無い。どうせ無くなってしまうのだから、始
あらすじ 不慮の事故でビルの屋上から落下した私。 そのとき過去のシーンが頭の中を走馬灯のようにめぐる。 だけどそのシーンの中に、本来、私が見るはずの無いシーンがあった。 プロローグ ねえ、お母さん。 私はどんな子供だった? 私はあなたの望んだような子供でいられたのかな。私なりに精一杯そのような役を演じてきたつもりだったけど、あなたの目には全て見透かされていたのかもしれないね。でもね、私なりに本当に精一杯やってきたつもりなんだよ。 ねえ、お母さん。 私を生ん
それから何分ぐらいがたったのだろうか。数時間にも感じられたし、数秒にも感じられるような不思議な時間が私の中で流れ去った時、父はやっと口を開いた。 「まさか、あれぐらいで自殺するなんて、思いもしなかった……」 父は、下だけを見つめながら苦しそうな顔で言葉を続ける。私と母はその言葉を黙って聞き続けた。 「明子が自殺する前日の夜だった……」 「……」 「私は明子と二人しかいない居間でテレビを見ていた。母さんは風呂へ入っていて居なかったし、オマエはいつものように自分の部屋に閉じこ