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走馬灯(第13話)


エピローグ1

 朝から雨が降り続いている。
 隆志は窓から外を眺める。一日薄ら暗い空だったが、午後五時を回ってそろそろ本格的に夜が訪れようとしている。住宅街の街灯もボツボツと点灯し始めていた。カーテンを閉めてから家の中を振り返る。部屋の隅においてある小さな仏壇が眼に入った。
 隆志はその仏壇の前の座布団の上に正座をし、線香を取って火をつけた。
「美穂……。お前が死んで、もう一ヶ月になるのか……」
 静かに手を合わせた。
 位牌の横に置いてある写真では、自分の娘である美穂が無邪気な笑顔を隆志に投げかけている。
 
 まだ幼い美穂の体は、出産という負荷に耐えられなかったのか、子供を産んだ直後に体調が急変して昏睡に陥った。そしてその一時間後に眠るように亡くなった。人の命って、こんなにもあっけなく消えるようなものなのか。自分の娘の死を目の前にし、悲しいというよりもむしろ、呆然として病室のベッドの横に立ち尽くしたことを強く記憶している。
 ベッドに横たわる美穂は、まるでこの世界に産まれてからするべきことを全てやりきった人のように、ひどく穏やかな表情をしていたのが印象的だった。
 
 隆志は仏壇の一番上の引き出しを開けて、中から三枚の紙切れを取り出す。
 そこにはそれぞれ、
『お母さん 私を産んでくれてありがとう』
『お母さん』『いるよ』
『幸せだったよ』
 と震えるような文字で書かれていた。
 
 あの日分娩室に向かう美穂は、このメモを隆志に渡して、自分のお腹を大事そうにさすりながら次のように言ったのだ。
「この子からの手紙だよ……。私がまた戻ってくるまで、お父さんに持っていて欲しい」
 あれはどういう意味だったのだろう。隆志はそのメモを受け取った。だけどそのメモを美穂に返すことができなかったし、そのメモの意味を聞き出すこともできなかった。あの子が自分の死の直前に隆志に託したものなのだ。きっととても大切なものなのだろう。隆志はそれを小さく折りたたんで、同じく引き出しの片隅に入っていたお守りの中に差し込んだ。
 下の階から赤ん坊の泣き出す声が階段を伝って隆志の耳に聞こえた。
 引き出しの中にそのお守りを戻して、引き出しを閉めた。
 

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