さくら餅
和菓子が苦手。餡子が苦手。昔からそう。でも「たねや」のさくら餅は別格だ。
ほんのり甘く、中の白餡はさくら色に染まっている。口溶け滑らかな春の限定品は、この時期の唯一の楽しみである。
そう、あれは、桜散りゆく春のことだ。
大学病院の人間ドックを終えて白金高輪駅へ向かう途中、小さな神社を見付けた。
境内の大きな桜に心惹かれて階段を上り、賽銭箱の前でハタと立ち止まった。
願い事が・・・何もない。
しばし考えたが浮かばない。背後に視線を感じて振り向くと、母娘が「早くして」とばかりに順番を待っていた。
結局、何も願わず、譲った。
せっかく賽銭を入れたのに。何も願わないなんてー。空っぽの心のまま桜を見上げた。花びらの隙間から さらさらと差し込む光に、昔、こうして一緒に眺めた「あの人」の面影を見た。
いつか・・・会えますように・・・
再び歩き出し、お洒落な雑貨店の前を通った。花の香りに誘われて中へ。ひと通り店内を見回し、駅に着く。
しかし、乗った電車は反対方向だった。慌てて次で降り、今度は引き返す。そのまま真っ直ぐ帰るつもりだったのに、気付けば新宿駅に降り立っていた。行きたい場所もなく、デパ地下に吸い込まれ・・・何となくぶらぶら・・・
ふと「たねや」の前で足を止めた。その時、このさくら餅を見付けたのだ。2つ買い、さっきの改札へと向かう。すると、
見覚えのある姿が、スーッと横切った。
えっ・・・
一瞬、目を疑う。
いや、幻ではないか。
ついさっき神社で祈ったばかりだ。
まさか。
目をこすってみた。
消えない。
やはり、あの人だ。
一気に心臓が鳴った。
声を掛けようか迷った。
決心する前に声を掛けていた。
・・・!?
それは改札に入る寸前だった。
ゆっくりと振り返ったあの人は、
驚きもせず、しかし、
笑顔とは程遠く、無表情だった。
それから何年か経ち、今度は駅のホームであの人を見た。この広い東京の街で、たびたび偶然出逢うとは、どういう意味を持つのだろう。
ゆっくりと近づいて行く・・・
小さく手を振りながら・・・
あの人が気づいた・・・
幽霊かと思ったと驚かれた・・・
一緒に電車に乗った。車内は比較的空いていた。躊躇し、別の席へ向かう。すると、あの人が自分の隣席を指差した。
・・・隣に、座った。
が、2人の目的地は違う。
先に降りるのは向こうだ。
しかも2つ目の駅で降りる。
「頑張れよ」と言い残したあの人。
思わず そっと腕をつかんだ。
真っ直ぐ前を見つめるあの人に、
私は「誕生日 おめでとう!」と言った。
一瞬、笑ったあの人。
振り返らずに去って行った。。。
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