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日記:風を掬う

今日で7月が終わる。6月の怒涛の忙しさを抜けて、この1ヶ月は比較的穏やかに過ごすことができた。とても幸せな1ヶ月だったと思う。その幸せの隙間にも、希死念慮というものは常に存在していて、時々それを物凄く真面目に見つめて落ちてしまう癖は相変わらずだけれど、そんな癖を置いてけぼりにして、癒してくれるものが自分の周りにはたくさんいてくれているのだということに気がついた。
それは物語であったり、音楽であったり、風景であったり、美味しいご飯であったり。そして何より、それら素敵なものに対して一緒に「素敵だね」って言ってくれる人。そんな人と出会えることが大きな喜びとなった。

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好きなものを共通項として持てる関係は、とても心地が良い。それがないと絶対に良い関係を築くことができないという逆説的な考え方は否定しておきたいが、そういうものを持っている方がその間柄は深まるのだと思う。そして、お互いを認め合って尊敬できる。たとえ、好きなものの好きな部分(ジャンル)が違っていても、それはそれで自分の感性や知識の幅を広げられるきっかけとなる。最近、読書や音楽の嗜好をツイートすると、「いいね」を付けてくれる人が増えて、そこから話すきっかけに繋がることも時々ある。そういった話の中で自分の見えなかったもの、知らなかったものを吸収することができて、より一層自分の好きなものに対しての愛が深まったり、奥深さを感じられる。それが物凄く幸せだ。

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先ほど読み終えた高妍(ガオイェン)の『緑の歌』という物語もそんなお話だった。彼らの共通項は、はっぴいえんどの『風をあつめて』や村上春樹の『ノルウェイの森』であった。上に書いたように、好きなものを一緒に好きでいられる関係がどれだけ大きな喜びを引き起こすのかを自分は知っているので、この物語には深く没入できた。共通項を介した彼らのつながりには、共感するや憧れる部分がいくつもあって、親しみを感じた。『風をあつめて』はこの本に出会う前から好きな曲であったが、この物語の場面場面で登場する歌詞を改めて眺めてみると、今まで以上に強く惹かれるものがあって、とても感動した。イラストもかなり綺麗な本ので、興味ある方は是非手にとってください。

愛知県名古屋市 地下鉄東山線『東山公園駅』近くの本屋『ON READING』で購入。

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そんなこんなで、7月は本に約9300円も消費してしまった。購入したのは11冊。本物の読書家の方からすると、そんなに大した数でもないのかもしれないけど、ケチな自分にとっては初めての経験だ。一人暮らしをしているため、決してお金に余裕があるわけではないのだが、そんな余裕のなさをもってしてでも手に入れたいと思える本とたくさん巡り合えた。まだ11冊全てを読めた訳ではないけど、これだけのお金を使ったことに全く後悔はない。むしろ、幸福感で満たされている。(ただ、強いて言うならば、大台の10000円に乗せておきたかったという気持ちが芽生えたりする。その方がネタにしやすいし。)来月は流石に使い方を考えようと思うが、これからも自分の感性が傾いた作品は迷うことなく購入する習慣を身につけたい。豊かな生活というのは、そういう習慣から生まれてくるのだと思う。

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最近は、そういった幸福感に包まれているという自覚があるためか、自分の毎日の生活が少しずつ美しいものになってきていると感じる。ここでいう"美しさ"とは、自分特有の意味合いであり、決して"優雅"とか"映える"とかではないのだけれども。なんというか、好きなものに触れていて、心が穏やかでのんびりしていて、納得できる生活。ドライブで海に行って、ビーチバレーやって、バーベキューしてビール飲んで〜〜みたいな派手な生活でもなければ、浴衣を着て夏祭りに行っ掬った金魚を片手に持って、わたがしを頬張る〜〜みたいな映える生活でもない。言うなれば、縁側で風鈴を鳴らす風に涼んで、本読みながら猫と一緒に寝転がる心地良さがある生活。あくまでもたとえだけど。
そして、人と会う日と会わない日のバランスも丁度よかった(ちなみに3 : 7ぐらいが理想である)。毎日の中で考えることもだいぶポジティブになった。今までは、「友達ってなんだろう」とか「生きている意味ってなんだ」とか、そういうどうしようもないことを考えることが多かったけど、最近は、全く普段やらないくせに「今度こんな料理作りたいな」とか、インドアな性の割に「いつかあそこの場所に行きたいな」とか、将来に希望を見出すことができるようになってきた。暗いことを全く考えないようになった訳ではないし、元々悲観するのが好きでそれによって自己防衛をしている部分もあるから、これからもネガティブ思考と付き合うことは自分にとって必要なことなんだけど、その必要性と同じくらい、明るく楽しいことも考えられるようになりたい。

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ただ、そうした心の充実を感じる一方、身体の弱さも強く自覚する。夏、大っ嫌い。燦々と照らす太陽のせいで、毎日のように頭が痛くなる。それならみんな同じじゃない?って思うかもしれないけど、自分は体温が低め(平熱35度代)だから、きっと暑さに身体が負けてしまうのだ。(いや、実際のところ体温のせいなのかは分からんけど。)なおかつ、体温調整がかなり苦手。家の中でも冷房を付けては消して、付けては消してを繰り返している。何故か風邪は引かないのだけれど。電気代が洒落にならない。
相変わらず眼精疲労も酷いときは酷いし、鼻の調子も悪い。鼻炎ぴえん。大学入ってからずっと続けている1人暮らしはもう6年目になるが、その中で自炊したのは10回あるかないか。健康的な食生活がいかに大事かということ身をもって実感する。ただ、もうしばらくこの生活は続きそうである。早くキッチンの広い家に引っ越したい。

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上に書いたこと以外にも、大好きなBUMP OF CHICKENのライブに行ったり、誕生日を祝ってもらえたり、プラネタリウムで星を見たりと、とても充実した日々を送ることができた。些細なことで落ち込むこともあったけど、些細なことに幸せを感じることもたくさんあった。8月以降も、楽しみな予定がいくつかある。幸せを大事にしていきたい。

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百子の声は、この暑さに、
いかにも涼しげで屈託がなかった。
話しながら郁雄は海の果ての夏雲を
目にうかべていたが、
そのぎらぎらと重々しくかがやく雲の前でも、
百子の声をきいていれば、
そこから微風が起るだろうと思われた。

三島由紀夫『永すぎた春』

夏の風は、涼しさとともに小さな幸せや心地よさを運んでくれる。
きっと、その風は、自然の掟に従って気圧の高低から生まれるものだとは限らず、強く、そして優しく響くいくつもの声から生まれているのだろう。
そんな細やかに、しかし確実に吹いている風を大切に掬って、これからも生きてゆきたいと思う。






~Today's Song~
風をあつめて / はっぴいえんど



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