見出し画像

旅のはじまり

いくつもの昼と夜との境を横断していく。
刻々と変わりゆく世界の中を、船は進んでいく。
今回の旅はそんな風に感じながらはじまった。


機内食のフォーク類からプラスチックが一掃されていた。メインの皿など、機能的に必要なものには残されていたが、フォーク類は木製、それらをセットしている袋は紙製になっていた。朝食はマチのある紙袋の中に、紙のランチボックスに入ったホットサンドやフルーツ(こちらはプラ容器)などがセットされており、何だかピクニックのようでかわいらしい。経費節減か、食事の味は質が上がっているが、品数は減り、簡素化された印象だった。微妙な味のものが出て、ロスが出るよりはいいと思ったが。


そして今回初めて、東回りで旅行した。世界が刻々と変わっていくこと、否が応でも実感させらる。我々の非日常が一時的なものだったにせよ、その状態が解除されたとして、もう前と同じように戻ることはない。そんなことに今更ながら気付かされる。戦争が終わって、平和な日々が戻ってきたとしても、街や生活が昔のままには戻らず、むしろすごい速さで新しさに適応していったことは、歴史をみても明らかだ。


***

グリーンランドの真っ白な大地から日がのぼる。
太陽は顔を見せないが、地平線の淡いグラデーションのニュアンスがその存在を知らせている。


グレートブリテン島の北の端に差し掛かった時、緑の平野に、太陽に照らされた銀の大河が広がっているのが見えた。hello, world! あまりの瑞々しさに心の中で自然と声が湧き上がった。


フランスの北端にさしかかる。
パッチワークのような畑の上を、川が蛇行しながら幅を広げて海へ向かっていく。辿り着く先は、言うまでもなく英仏海峡だ。海への注ぎ口は黄金の滴をポタリと落としたように、夕日に照らされていた。

 
飛行機は徐々に高度を下げていく。すると、線一本で表現されていた河川の輪郭が、川のほとりの街路樹でもくもくしてくる。流れを分断する中洲が姿を現す。塔や橋がみえる。朝日を浴びて、船がゆくように思えたが、実際は夕方だった。あまりにも平和な光景は、一日の始まりのようである。


森が終わり、街が姿を現す。住宅がぎゅうぎゅうに詰まっている。足の踏み場もないような密度の高い場所に、我々は暮らしている。


 

***

18:00頃、パリに降り立った時、空にはまだ夕べの明るさが残されていた。
真っ暗な中到着するとばかり想像していたから、それだけで何だか救われた。9月の半ばはまだ、夏時間が継続している。


長い廊下、ターミナル間をつなぐシャトル。ゆっくり暮れていく中を、巨大な空港内を移動する。
空港内のホテルのロビーは広く、大きな荷物を抱えてチェックインを待つ人、バーでのバンドの演奏、ビュッフェ式のピッツァリアに列をなす人々など、国際的で華やかな雰囲気だった。誰もがリラックスしてその場を楽しんでいる。家を出た時は、こんな時期に旅行をするのは自分一人のような感覚に陥っていたから、何だか拍子抜けしたような、ほっとしたような。旅を楽しむ人は、ここにはもう沢山いるのだ。

忘れていた感覚が少しづづ戻ってくる。天井の高いロビーに溢れる、人々の自然な様子に次第に打ち解けていく。こうして私の旅は始まった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?