マルジェラを巡る冒険 #1

それは完全なる一目ぼれだった。
吸い寄せられるようにしてその場へ向かっていったのだから、ほとんど運命といってもいいのかもしれない。

2008年か9年頃、長い電車通勤に疲れ果てていた。シックだけど重たいウールのコートから軽いダウンへ替え、足元もヒールではなく楽な靴を選ぶようになっていた。 

まだ地震の起こる前、ヘルシーなスポーツテイストやアスレジャースタイルが、本格上陸する前夜だったから、靴下のまま履けるきれいめの、フラットな靴を探していた。

別にファッション愛好家でも、マルジェラ信奉者でもなかっが、百貨店の靴売り場に適当なものが見当たらず、そのまま階を上がって何となくフロアをさまよっていたのだ。

それは本当にきれいな靴をだった。デザインとしては奇をてらったところのない、ベージュのオックスフォードシューズだが、一つ面白いことに、「アフターパーティー」という名前がついていた。人混みの中で踊り明かして、散々踏みつけられた靴、という設定で、傷がついていたり、ほころびがあったりして、あらかじめダメージが施されていた

その頃、マルジェラにはコアなファンが多いことは知っていたが、どんな服作りをしているのかは知らなかったので、シェフの気まぐれ的にそんなお遊びシューズを作ったのだと思っていた。
時が経ち、多少マルジェラに関する知識を得た今では、傷をつけられていても全体として精緻なエレガンスを放っているこの靴の中に、マルジェラのコントラディクトワール(矛盾的)な物作り精神が宿っている気がしてならず、感心させらずにはいられない。

つづく

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