見出し画像

ドッヂボールと小学4年生不潔児西田



俺は小学生の頃、放課後は毎日、公園でドッヂボールをしていた。雨が降ろうと、雪が降ろうと、遊戯王の新作パック発売日であろうとドッヂボールをしていた。

ドッヂボールが好きだった。大好きだった。俺のチンチンに毛が生えていない期間の、まさに青春だった。

小学校卒業と同時にドッヂボール愛は無くなっていったが、今現在、25歳だがドッヂボールを超える存在には出会っていない。

俺はこの世の去り際に、自身の伝記を綴ろうと考えている。まあおおよそ100ページといったところだろうか。50ページが〝ドッヂボール青春期〟、残り50ページが〝希崎ジェシカ様をスマホ越しに愛したあの5年間〟といった内訳だ。

それ程ドッヂボールが俺の人生を占有していた。


算数の授業の一幕、

先生「この問題を答えて下さい」

俺「73×34=........う〜ん。ドッヂボール?」


国語の授業、

先生「早口言葉をしてみましょう」

俺「なまむぎ、なまごめ、なまドッヂボール」


体育の授業の前、

先生「さあ、来週の体育は...」

俺「ドッヂボール?!」

先生「違います」

俺「ふざけんなよ!!?ドッヂボール意外ありえねえ!」

先生「男女合同のプールです」

俺「スク水ウワッホー!!

  ゴーグルスモーク強めで見放題♫

  ドライアイ覚悟で凝視する!!!!!」



希崎ジェシカ様については、また今度。


今日はドッヂボールへの異常なまでの愛と、それゆえの苦しみ、葛藤、そして友情の物語を書こうと思う。

〝ほぼ〟ノンフィクションでお届けする。


あれは小学4年生の、最終学期。〝5年生〟という称号を得る直前の桜の花が満開の昼下がり。

卒業シーズン?で午前中に授業を終えた俺たちドッヂボールキッズは、

「じゃあ○時に○○公園で」

と、用件のみを話し、無駄な雑談は控え、足早に家路を急いだ。ドッヂボールキッズにとってボールに触れていない時間は〝死〟を意味する。

ああ....ボール...触れだい...投げだい...ドッヂ...っうおォえ!...ボール...

嗚咽さえする。

投げて、捕って、当たって、、、という単純ながらも奥が深そうで、やっぱり〝単純〟なドッヂボールという遊びに〝単純〟なガキ達は足を沈めて行く。〝ガキにドッヂボールを教えると死ぬまでやり続ける〟といった具合。

ドッジボールキッズにとって学校や家は退屈極まりなかった。一度覚えたドッヂボールの刺激を越える存在が無かったからだ。

最初、ドッヂボールへの誘いを断り続けていた中林と田中というゲーマー共がいた。以下のような調子だった。


「学校終わったらドッヂボールやろうぜ」

「ごめん...今日二人でスマブラやるんだ...」


「今日はどう?やろうぜ」

「ああ...今日は二人で遊戯王やるんだ」

俺は何度断られようとも諦めず、熱心にドッヂボールキッズへの勧誘を続けた。


「おい、やるぞ。来ねえならブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンよこせ」

「いく」


毎日、声を掛ける俺の情熱に、遂に心が折れた中林と田中は公園に足を運んでくれた。中林と田中が正式にメンバーに加入し、1ヶ月が過ぎた頃、中林が言った。

「俺、もう無理だよ、、家でも学校でもドッヂボールのことばっかり考えちゃうんだ...なんかやってない時、何にもやる気が無くて、死にたくなるんだ...」

と、駄菓子屋の前でブタメンをすすりながら中林は泣きじゃくった。

普段ゲームスタート時から外野しか任されない中林も立派なドッヂボール信者となっていた。ドッヂボールがないと生きていけない身体に侵されているのは明白だった。ドッヂボール欲が身体を蝕み、ステージ4まで進行していた。ドッヂボールの沼は深い。

俺たちも例外ではなかった。ドッヂボールが唯一の支柱である俺らにとってそれ以外の時間は苦痛でしかなかった。ドッヂボールが血と肉と骨を育み、そして生きる希望をくれた。しかし強過ぎる愛ゆえにドッヂボールと離れている時間は枯渇状態に陥り、無気力になり、廃人と化す。


俺が公園に着く頃にはチラホラとメンバーの姿があった。集合時間から30分ほどで全員が集合する。15人くらい。

「っしゃやるか」

誰からともなく声をかけ、ドッヂボールを始める。

まず公園の中央を陣取り、コートを足で描く。〝コート係〟は毎回俺が担っていた。コートを描き終え、ジャンケン方式でチームを選別していく。

そして一番最初にボールを握っているのは、そのボールの主、〝古川〟。

そんなに強くもないくせに〝俺が買ったから俺が最初〟な雰囲気を醸し出し、誰もそれに言及することはなかった。どうぞどうぞ。

そして楽しい楽しいドッヂボールが始まった。

いつも目が虚な佐藤も、授業中いつも寝ている里崎も、トイレでうんこしても絶対手を洗わない西田も、みんな目を蘭々と輝かせ、はしゃいでいた。

俺は楽しくてたまらなかった。みんなの白い歯が眩しかった。ボールを持って相手コートの中に入り、至近距離でぶつけるという違反を犯し、みんなにこれでもかと詰められて不貞腐れた斎藤以外はみんな笑顔だった。

ドッヂボールに飽き、一人ベンチでDSをしていたところ、逸れたボールがそのDSに直撃し、逆パカして粉砕され、激昂している斎藤以外はみんな笑顔だった。

そんな幸福の絶頂の最中、横槍がみんなの耳をつついた。

「返してー!」

同じ学校に水田という奴がいた。そいつの声だった。ドッヂボールキッズではないが、公園にたまにいて自転車を乗り回している。少し知的障害があり、ドッヂボールを俺らとすることはなかったが会えば話す奴だ。

「返してー!」

水田の自転車を学ランを着た中学生が乗り回していた。水田の反応を面白がり、一向に止める気配がない。粗悪な見た目で、いわゆる不良だった。

俺はそいつに近づき、カゴを押さえ、返せと言った。恐怖に震える手と、心を沈め渾身の〝返せ〟を言った。なんかの主人公になったみたいで気持ちよかったのは覚えている。しかし、目の前の身長も年齢も上の黒い学ラン男は異常に威圧感があった。殴打され、血しぶきが舞い、全身打撲と出血多量で死ぬと覚悟し、みんなありがとう...と感謝の意を伝えようとした時だった。

スっ

案外聞き分けがよく、学ラン男はすぐに自転車を降りた。

急死に一生を得た。硬直し動けずにいた体は少しづつ元に戻り、気付くと深いため息をついていた。その直後だった。

「なんかガキに喧嘩売られたんだけどー!」

その学ラン男が叫んでいた。学ラン男が向かう先には黒い学ラン集団があった。明らかに異質な雰囲気が出ており一瞬で不良だと察知した。後々知る事になるがこの学ラン集団は俺らの3つ歳上で中学1年だった。

ドッヂボールをしていた公園と、その不良グループがたむろしていた場所とでは柵で隔たれており死角となっていた為、全く気付かなかったのだ。

ドッヂボールは一旦休止し、ベンチで休むことにした。俺たちドッヂボールキッズは不良グループが襲撃してくるんじゃないかと、おずおずとしていたが全く持って来る気配はなかった。

緊張の糸が緩んだ俺たちは学ラン男の悪口をそれぞれが口にした。

「なんだあいつ気持ち悪くね?」

「ダセーよな人のモノとって」

「んで返せって言われてすぐ降りてやんの、だったら乗んなバカが笑」

「喧嘩売られたーとか仲間に吠えてたくせに誰も来ねえじゃねえかよ笑」

「仲間に相手にされてねーんじゃねえの?」

「まああれだろ、パシリだろ」

「ジュース買ってこい的な?」

「おい!だったらチャリ貸してやれwwwww」

学ラン集団がいないことを良いことに大上段に構え、イキがるドッヂボールキッズたち。学ラン男をこれでもかとこき下ろす。

「今頃あいつジュースねえだろとか言われてボコられてんじゃねえの?笑」

「ジュース届けにいってやるか?」

「俺オロナミンC届けてくるわ!(ズボンのチャックをサー)」

「おい!それ炭酸ないけど大丈夫か?wwwwwwww」

「大丈夫、大丈夫 笑 おい誰か、空いたビン持ってきてくれwww」

「ちょっと待てよ、それじゃあ一人分しかなくね?」

「...............wヒャッホォォーーーーー!ww(みんなチャックサー♫🎵🎶)」

その時だった。俺は黒い塊がこちらに近づいてくるのを視界の右端で捉えた。ドッヂボールキッズ達は借りてきた猫の様に静まり返った。視界の右端から中央へと流れてくる。逃れられないと悟った俺たちは誰一人として身動きが取れなかった。自身の自転車に跨がる西田、立ちつくす中林、ベンチに突っ伏す俺...

「俺らのことゴチャゴチャと言ったの誰だー?」

ドッヂボールキッズが〝パシリ〟と揶揄していたあの学ラン男がイキリ散らして叫んだ。

勿論、この問いかけに答える奴は誰もいない。

先程まで学ラン男を舌鋒鋭く一番批判していた、手を洗わない西田が

はへ?

という様なトボけ顔を浮かべ、シラを切る様には殺意を覚えた。

煮え切らないと判断した学ラン男は、その集団の後ろから女二人を連れてきた。

「おい、言ってたのどいつ?」

なんと、我等がドッヂボールキッズが悪口話に花を咲かせている間、その場の後ろにある倉庫の上にその学ラン集団の仲間であろう女二人が居たのである。

うっすらと女の気配はあったが、スパイだとは知らず、口を滑らせていたドッヂボールキッズ。その女二人組に密告され逃げ場のないドッヂボールキッズ。おい!お前が挙手しろ!と、目配せをし合うドッヂボールキッズ。

友情とは儚いものだ。互いが窮地に陥った時、絆の真価が問われる。ドッヂボールで硬く繋がれたはずの俺らの絆の鎖は〝ボコられたくないから誰かに擦りつけちゃおっ〟という鯖によって外された。

俺らが悪口を言ったことによって成立した侮辱罪。なんとか免れる為に、黙秘権を行使するドッヂボールキッズ。まあ、バレないだろうと。その刹那

「こいつと、こいつとこいつ。」

女の1人が西田、斎藤、中林を指差した。

はい!肉形確定!他の2人は可哀想だけど調子に乗った西田には丁度いい!と内心嬉々としていた。多分他のみんなもそうだと思う。

シラを決め込んでいた西田は慄然としていた。震えた身体を見て笑い出す者もいた。西田は自転車に跨ったまま視線は下方を向いている。戦慄顔の西田に学ラン男が背後から近づいて行く。迫り来る恐怖を背中でビンビン感じてるであろう西田は動かない。いや動けない。

学ラン男はポンッ、と西田の左肩に右手を置いた。言ったよな?と学ラン男が西田に問いかけた。西田は泣き崩れた。西田も男の子だ。みんなの前で泣くもんか、と心に防波堤を張っていたが学ラン男の威圧に耐えれず涙が溢れ出した。西田のひょうきんな姿しか見た事ない俺らにとって西田の号泣はより一層恐怖の感情に拍車を掛けた。

西田はトイレでうんこをしても手を洗わない。しかも〝そっち〟の手を使ってプーンと抜かしながら他人の身体に触り、自分で笑っている不潔児だ。

クラスの雰囲気が悪くなりかける時、西田は〝プーン〟と言い右手を挙げる。その姿を見て笑わない者はいなかった。西田は悪い雰囲気を一掃し笑いを作り出す、ムードメーカーだった。

ちなみに俺は西田のうんこの匂いを嗅いだことがある。あいつは手も洗わなければうんこを流す事もしないのだ。個室に入った時流されていない事に気付いたから流そうとレバーに手を掛けた時だった。奴のうんこは不思議な匂いがした。皆さんが想像してるよりも遥かにでフレッシュで崇高で神々しく、ハードボイルドな匂いがした。俺はこの匂いのことを〝笑いの匂い〟と呼んでいる。まあとてつもなく臭いのは言うまでもないが。

そんな西田がギャン泣きしている。追い討ちを掛けるように学ラン男は西田の左肩に掛けている自身の右手を揺らし、威迫している。

不潔児で腹立つが、西田の右手を挙げる姿を俺は回想していた。変顔で渾身の〝プーン〟をかまし、クラスが笑いに包まれる。なにより1番嬉しそうな西田。しかし、今目の前の西田は泣き崩れている。呼吸さえも芳しくない。

ムカついた。俺らのムードメーカー西田を瀕死状態に追い詰めた学ラン男を本気で殺害しようと考えた。そして俺は遂に溜まりに溜まった殺意を言葉として吐き出した。

「俺だよ、言ったの。俺、俺。俺に言えよそういうの。西田関係ないだろ。ナメんなよお前ら」

補足しておくと上のセリフ全て声が裏返っており、何度もカミ掛けている。勿論学ラン集団全員から笑い声が聞こえた。

ベンチに腰掛けていた俺は瞬く間に学ラン集団に囲まれ10:1の構図になっていた。

俺は四つ上の兄貴がいる。その学ラン集団と同じ中学に兄貴は通っていて、学ラン共より年齢が一つ上にあたる存在だった。俺の兄貴と俺の顔が似てることに気づいた1人が

「あれ?、、、〇〇先輩の、弟?」

となり、なんとか事なきを得た。学ラン集団は足早に公園を去っていった。俺の兄貴は不良でもなんでもないが、野球部に所属していて、同じ野球部の後輩に当たる奴がその学ラン集団に一人だけいたのだ。学ラン男が最後に言い放った、

「あれだよ、先生とかに今日のこと言っちゃダメだよ?」

がダサさ具合を増幅させていた。

「ごめん、あの時、俺が言われて、俺ですって言ってれば…」

西田が申し訳なさそうに呟く。そんな西田の左頬にハエが止まっていた。緊張から解き放たれたドッヂボールキッズは笑いに包まれた。

また西田が窮地を救った。やっぱり西田はすげえ。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?