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月曜日の図書館 再び生まれる

年に一度の払い出しの日だった。 日々の仕事で出る古紙、傷んで読めなくなった本、業務用トイレットペーパーが入っていた巨大ダンボールなど、不用な紙類を業者に回収してもらうのだ。

廊下にずらりと積み上げて、玄関に横づけされたトラックの荷台までバケツリレーでひたすら運んでゆく。係が複数あるので出る不用品の量も多いが、作業する人手も多い。多すぎてぼやっとしているとあぶれてしまう。こういうとき、わたしは働きアリの法則にのっとって、てきぱき働くみんなの周りをうろうろしている。

点字を両面に打ってある紙の束は、業者さんが受け取れないと言ったので、点字文庫のY坂さんはものすごく怒ってしばらく交渉していたが、結局はやっぱり回収されなかった。穴がたくさんあってでこぼこしているものは、雑紙としては敬遠されるのだという。引き取りに来た業者さんも、また別のリサイクル業者さんにそれを渡すことで商売している。彼らに好まれる種類の雑紙だけを回収したいのだった。

Y坂さんがぷりぷりして再び紙の山を点字文庫に戻している中から、わたしはひとかたまりもらうことにした。表紙に〈松本清張 砂漠の塩〉と墨字で書いてあった。

清張の作品はひとつも読んだことはないが、規則正しく並んでいる点のつらなりを触ってみるかぎり、きっと黒革の手帳に重大な秘密が記されていたり、池に2本の脚がぴしっと突き出ていたりするのだろうと推測された。

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数年前は手持ち無沙汰だったので、みんなが運ぶ様子を写真に撮った。わたしがひとりだけ違う行動を取ってしまうのを、もうみんなあきらめているので、そのときも特別なリアクションはせずに黙々と作業していた。

払い出しは大変な重労働なので、もっと広く知ってもらいたいが、 〈税金で買った本を捨てている〉と思って怒る人たちがいるので、 きっとこの写真も日の目を見ることはないだろう。

感染が拡大する前までは不用図書のリサイクル会が行われていたが、良い思い出がまったくない。目当ての本を手に入れたい人たちのギラギラした熱気で、会場内は異様な雰囲気だった。順番抜かししたとか、順番が前後したとかいう理由でけんかをはじめたり、職員に何時間も怒鳴り続ける人がいて、あれ?大人ってこういう生き物だっけ?と思った。タダでもらえるものは、ときに人間をおぞましい化け物に変えてしまう。

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「密を避ける」ため、代わりの手段として、リサイクルコーナーに毎日数冊ずつ小出しにしていったところ、年に1度のリサイクル会よりも結果的にたくさんの本が持ち帰られ、払い出しに出す量も減り、めでたしめでたし地球にやさしいSDGs。

たとえ今後感染が収束したとしても、みんなが悲しい思いをするイベントは開催しなくていいと思う。

持ち帰った点字の用紙を再利用できないかあれこれ試作してみる。 点字が打たれてない部分を黒く塗って、点字部分に穴を開け、蛍光灯にかざすと即席プラネタリウム。けれど穴を開けるなら点字がなくてもいいのだし、そもそも〈触って〉情報を得る手段だった点字を〈見て〉楽しむものに変える意味とは?

点字をもっと学びたいと思うし、一方で、先入観なく向き合った方が面白いアイデアが生まれそうな気もする。 古紙として回収してくれないなら、楽しく再利用する方法を編み出したい。

あれこれ考えているとふと、清張先生がドラマに出演したときの音源をラジオで聴いたことを思い出した。ものすごく棒読みで、読んでない作品の印象から想像していたより良い人かもしれない、と思った。

払い出し作業後の会議で、館内の安全衛生上問題があると思われる点について、改善するようお達しがあった。うちの係は事務室の上の方にものを置きすぎなのと、書庫で使っている踏み台が不安定なので不合格とのこと。数週間前、書庫内をぞろぞろ歩いていた庶務係のおじさんたちに、高い場所の本を整理していて「大丈夫ですか」 と声をかけられたが、あれはやさしさではなくチェック項目に×をつけただけだったのだ。

事務室の棚を片づけてみると、接遇アンケートの回収箱(コピー用紙の箱で手作りしたもの)が5つもあったので4つは処分することにした。回収箱は側面に「アンケート回収箱」とシンプルに書かれただけのものから、ゆるキャラのイラストを貼りつけたもの、ていねいにビニールコーティングされたものなどさまざまで、それぞれの作り手の性格を感じさせた。

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わたしはアンケートと同じ時期に、好きな作家を利用者から募集する展示をしていて、そのために設置した回収箱に接遇アンケートの方をたくさん入れられてしまい、「窓口に長時間並びたくない」「トイレが汚い」などのご意見を日々眺めるはめになってげんなりしたことを思い出した。

どうせ4つも処分するなら、さっきの払い出しに間に合わせればよかった、と思った。

vol.113

※追加:池に2本の脚がぴしっと突き出ているのは清張先生の作品ではありません。


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