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退屈を蹴飛ばす方法

豊かさとは何か、これはいつの時代にも問われ、どんな人も抱える課題のようなものだと思っています。豊かさを、「幸せ」や「自分らしさ」、みたいな言葉に置き換えても、それは普遍的とも言える問いになっていきます。

豊さを考えるとき、逆の視点から見るような「豊かでないとき」は一体どのような状態なのか、僕は「退屈」と呼ばれている状態がそれなのではないかと思うのです。

人は、退屈を嫌い、退屈を嘲笑し、退屈を憎む。

つまり、退屈から逃れて、豊かに暮らすためには、どう生きればいいのか。答えを探すための、ひとつのきっかけとして、僕が読んで深く感銘した作品を紹介します。

「暇と退屈の倫理学」國分功一郎
(太田出版/2015年)

著者の専門の研究分野であるスピノザについて、NHK「100分で名著」に出演しているのを観た時に、ほかの出演者への温かなコメントや言葉遣いが印象的でした。

哲学者という肩書を、鉄仮面のような人格であると勘違いしていた僕は、彼がとても温かく、血の通った人間らしい学者だと思ったのです。そこから、彼の作品をいくつか求めて読みましたが、中でもこの作品は多くの人に読んでもらい、一緒に考えてもらいたいと強く思った良作です。

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ざっくりと説明するならば、「退屈」というテーマに加え、とても似通った状態として「暇」との対比をしながら、様々な考え方を紹介する作品です。いま、目次を見ながら、個人的に印象に残っている内容を少し紹介します。

まずは、豊かさを求めると反対に不幸になってしまう、という逆説的な問題を提起するところから始まります。原理的な問いから始まり、退屈から逃れるために「好きなこと」をすることの意味が語られます。

さらに、人類史を紐解くことで、進化の過程で退屈が生まれてきた可能性を示唆します。その中で、現代でも大いに語られる「トイレトレーニング」や「片付けができない人」については、僕を含めて多くの人が励まされる解釈が展開されており、読んでほしい部分です。

そのあと、有閑階級の出現と凋落について語りつつ、様々な革命を通じた労働への価値観を問いかけながら、精神的な豊かさとして捉えられる「贅沢」という考え方について、著名な経済学者を引き合いにして、疾走感すら感じる鮮やかな論理展開によって進んでいきます。

退屈とは何か、という根源的な問いを偉大な哲学者の考えから考察し、さらに環世界という、人や動物がもつ「それぞれの時間軸」について語るなど、退屈という状態から逃れるためにあらゆる分野の考え方を紹介し、考察を重ねて結論に至ります。

いくつかの場面で、著者が猛烈に怒り、批判する記述が見受けられます。それは、著者の気付きや、時によって迷いを生み、この作品を世に出したいと思うきっかけの要因ではないかと感じました。強い記述は、著者の「信じたもの」が、さらに明確になって言い表されるようで、僕はとても心地よいと感じていました。

結論の直前に、著者は「本書を読み進めてこなかった者は、この結論に幻滅する」と語ります。じっさい、僕も結論だけの内容を紹介するならば、この記事の冒頭に書いてしまえるくらい、とても単純な考え方であると思いました。しかしながら、400ページ程度を著者と共に旅してきた読み手になら、著者が多くを語った最後に伝える結論には、深い共感を覚えるはずなのです。

結論の根幹部分は、本書に譲るとして、ここでは僕が大切にしたい考え方を、書きたいと思います。

それは、「楽しむことを学ぶ」という姿勢です。楽しみと学びの順番が逆ではないか?とか、楽しいのは主観的で、学びようがない、と思うかも知れませんが、そうではありません。知識を増やすことは、楽しみにつながるという視点です。しかし、やたらに知識を広げるのは時間的にも能力的に限界があり、それは楽しみの享受というよりは、知りすぎた苦しみを抱えてしまう可能性すらあります。

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なぜ?から始まる問いは、それこそ、小さな子どもの時から私たちが身に付けた思考法です。著者は、生きるために思考することで、たのしみが増える、それはつまり退屈だと感じていた空間や時間に、何かをもたらしてくれるのではないか、と締めくくるのです。

とても単純化して書いてしまったので、作品を通読した時の印象と、かなり乖離があるものの、僕も大いに共感するところをご紹介しました。

私事ですが、今日は僕の誕生日。

このお題の締切りが誕生日だったというのも、何かの縁。目が覚めて、この作品のことを書かなければ、絶対に後悔する!と思い立ち、慌てて走り出しました。どうにかこうにか、倒れることなく最後まで走ってこられました。

この作品の持つ温かな魅力とともに、著者の深い考えと人間への愛情を、僕だけでなく、一人でも多くのひとと分かち合いたい、そんな風にカッコつけながら(笑)。

ゆたかさってなんだろう。考えてみよう一緒に。

ありがとうございました。

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