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【第1章:体からのSOS】適応障害になってから退職するまでどんな感じだった?

前回の記事の続きです。
まだ【序章】をご覧になっていない方はぜひそちらも併せてご覧ください!(↓前回記事)



第1章:体からのSOS

1.突然の涙と明日への恐怖

さて気持ちの整理がつかないまま引っ越し作業をなんとか無事に終え、着任&新生活の始まりとなった。
着任後最初の1週間の間に引き継ぎ、引っ越しお終えたのだが、もうヘトヘトだった。
業務の引き継ぎって、皆さんの会社ではどのように行われているんだろうか。
規則的には上司立会のもと、引き継ぎ書の確認を一緒に行うことになっているのだが、私の場合上司の時間が取れず、結局引き継ぎ書を単にもらうだけのような形になった。
全く別分野の仕事のため当然それだけですぐに業務に取り組める訳ではない。
申し訳ないと思いながらも前任者に何度か確認したり連絡を取り合いながら少しずつ進めていった。
ただ前任者も前任者で別の部署へ異動しているため、「大丈夫、私でもできたんだからmonaさんならすぐできるよ!とりあえずやってみて!」とあまり聞けない雰囲気になってしまった。
同じ部署の他の先輩方もわかる方がいるかと思って聞くと、その業務は前任者の人がほぼ単独で進めていたから全貌知らないんだよねと言われてしまった。
そう、謎こんなにも私が引き継ぎに手こずったかというと、上司も先輩も誰も前任者の業務を把握していなかった。
完全に管理不足。どうやって回っていたんだろうと甚だ疑問だった。
先輩方も自分の業務に追われ、人の手助けをしている場合ではないような様子で、私はより一層困り果ててしまった。
それでもなんとか引き継ぎ書を解読しながら少しずつ業務を進めていたが、ある時変な感覚に襲われた。

メールが読めない。

そんな難しいことが書かれているメールではないのだが、なぜか理解できなかった。
なんというか、頭に入ってこないというか、読解力を失ったような感覚。

着任早々上司からこれをしてほしいあれもやってほしいと頼まれ、それ以外にも前任者が独自に進めていた仕事を引き継いでいたのでそれもやり、荷解きもして、必死になんとかしがみついていた。
当時上司も突然の体制変更で忙しかったのか、私に明日までに考えてこいといったものの、次の日になると別に今日じゃなくていいのにということもあった。
体力と気力が限界を迎えそうな中必死に考えてきたことも、鼻で笑われてしまい心が折れた。

着任3日目くらいからだろうか。
会社を出て駅へ向かう途中で涙が出てきた
人も大勢いるのに我慢ができなかった。
家に帰ってもずっと泣いていた。
彼に泣きながら電話をかけたりしていた。
明日が来るのが怖かった。
寝たら明日になってしまう。
そんなことを考えながら眠りについていた。

そして人の話も入ってこない
上司が何をいっているのかよくわからなくなってしまった。
私自身も頭が常に混乱しているような状態で、自分が説明していることも「あれ、私今何について話してるんだっけ、何が言いたいんだっけ」とわからなくなってしまう。
これまでにない感覚だった。

そしてこれが私の中で、「あ、やばいかも」と思った出来事。
(今は全くそういった気持ちはないのでご安心ください。)
仕事が終わり駅のホームに向かう。
大勢の人が我先にとホームへ向かう。
私もこの中の一人。みんな今日も仕事を終えて帰るんだ。
電車が次々にくる。そこに押し詰められていく人々。
その時ふとこう思った。

「どうしたら、明日会社に行かなくてもいいだろうか。怪我とか病気になればいいかな。」
「都会に出てから初めて人身事故というものをよく聞くようになったけれど、退勤ラッシュ時間や朝の出勤時間にそういう理由で電車が遅れたりもするよな。その人ももしから今の私のような気持ちになって、ぼーっとしていて、ふらっと飛び込んでしまうのだろうか。これから待っている現実をなんとか避けたくて、ふわっと、なってしまう気がする。」

そう思った時、ハッとした。
だめだ、私だめだ。
このままだとだめだ。
こんなことまでつい考えてしまうくらいになっている自分が怖かった。
でも当時、電車のホームはそう考えさせられるような場所だった。
その日の帰り怖くなって初めて泣きながら母に電話をかけた。
社会人になってから初めてだ。

母も昔、仕事でメンタルのバランスを崩したことがある。
その経験からか私の話を聞いてすぐ、来週からいくのやめなさい。
行かなくていいよ。
といった。
その日は金曜日。月曜日には私が居なきゃいけない会議がある。
「疲れもあると思うから土日とりあえずゆっくり休む」
怖くなって限界で電話かけたくせに強がった。
でも本当に疲れているだけかもしれないと思っている部分もあった。
引っ越しも急だったし、日程もきつかった。
着任早々部署の体制は整っていないし、上司も言ってることが日によって変わる。そりゃあ疲れて当然だと。

土日はゆっくり休むと言いつつ、月曜の会議に向けて土日のうちに考えてきておいてと上司に言われたことを考えた。今思うと偉すぎる。褒めたい。
気分転換にネイルにも言った。月末に大好きなTWICEのライブを控えていたので、前々から予約していた。

ただまたここで少し自分に違和感を感じる。
「あれ、なんかあんなにライブ楽しみにしてたのに、今あんまり楽しみじゃないかも…」
楽しみだったことが楽しみに感じなくなった

2.体が動かなくなる

日曜日母から電話が来た。
「体調はどう?少しゆっくりできたかな?」
日曜の夕方は、なんとなく大丈夫な気がしていた。
まだ正直疲れは残っているけれど、頑張らなきゃと。
でもさすが母だ。母はつよい。なんでもお見通しだ。
「なんとなくだけど、mona明日いけない気がするのよ。休んでいいと思うの。」
でも会議があるからと私はとりあえず明日の朝の様子次第だなと答えた。

そして朝を迎えた。
なぜだろう、起き上がれない
朝は昔から弱い方だし、いつもベッドが恋しくてなかなか起きないタイプだけど、そうじゃない。
なんか違う。いつもと違った。
体が動かない
そして涙が出る。
行かなきゃ、動かなきゃいけないのに、会議あるのにと考えると涙が出る。
タイミングよく電話がなった。母からだ。
「おはよう。どう?大丈夫?体、動かないんじゃない?」
母はどこからか私をみているのか?と思うほど、私の状態を言い当てた。
やっぱりねと、すぐに休みなさいと言われた。
それでも私は「会議は午後からだから、午前休にして午後から行こうかな」と言っていた。
母はあなたがそうしたいならそれでもいいけれど、多分厳しいと思うよと言っていた。
そして母の言うことは現実になる。
睡眠が足りない訳でも、疲れが抜けていないからでもない。
心からのSOSで体が動かなくなっていた
午後になっても動けず、すぐ会社に連絡。
そして母から「お母さん明日大阪行くから。心療内科探してみて。一緒に行こう。」と言ってくれた。
「お母さんもね経験あるの。だからなんとなくわかるのよ。よく頑張ったよ。大丈夫。」
そう言われ、また泣いた。

3.心療内科、初受診

母に言われた通り心療内科を探していたら家の近くに良さそうな病院があった。口コミも良かった。
しかし翌日が定休日。
私はその時なんだか早く病院に行きたい気持ちがあった。
よし、今日行ってしまおう。
午後の空きがなんとかあったのですぐに予約して向かった。

体動かないんじゃないの?と思われるかもしれないが、これまた不思議なもので、会社に休む連絡を入れてから体が動くようになったのだ。
なんだか、とにかく今日は会社へ行かなくてもいいんだと思ったら、気持ちが少しだけ軽くなった。

心療内科について先生と対面。
優しいトーンで話しかけてくれた。
問診票を見ていたからかすぐにこう言った。
「よくここまで頑張ってきてくれましたね。相当今苦しいですよね。よくきましたよほんとに。」
私、そんなに苦しいんだっけと一瞬思った。
自分の状態を理解できていなかったというか、頭で整理できていなかったから先生にそう言われて少しポカンとしてしまった。
心のどこかで、「疲れているだけ、怠けているのかも、こんなんで心療内科にきていいのだろうか」と思っていた。
先生と少し話してすぐ心理テストを行った。
結果が出てまた診察室へ。
「相当高い数値が出ています。会社は明日からも休んでください。」
その時やっと、私って休んでいいんだと思えた。
「病名としては適応障害になりますか?」と自分から聞いた。
事前に母から聞いていた知識があったので診断にも驚かずに済んだ。
「そうですね。人によっては休養のみで回復される方もいますが、monaさんの場合はお薬での治療が必要なレベルにあります。」
そう言われ、「あ、私ってちゃんと病気なんだな」と認識した。

その日から私は診断書をもらい、正式に会社を休むことになる。
そう決まってから、心がスッと少しだけ、軽くなったような気がした。

4.ここまでの体からのSOSを振り返る

会社を正式に休むまでの間に、いくつかの体の異変があった。
一つ目は突然の涙
悲しいとか泣きたいと思っている訳ではない時でもツーッと涙が出てくる。
ひどい時は呼吸が乱れるくらい泣きじゃくる。
二つ目に読解力の欠落
以前旧Twitterでも文章を突如読めなくなった時にはSOSだとみたことがある。私も突然頭が悪くなったか?と思うくらい急に簡単な文章でさえ理解ができなくなっていた。
三つ目に楽しみだったことが楽しくなくなる
ライブ当選時飛び跳ねるくらい喜んでいたにもかかわらず、楽しみな気持ちが消えてしまい、なんならいけないかもと思うようになっていた。
そのほかにもカフェ巡りやネイル等の趣味も同じように全くする気が起きなかった。(ネイルはキャンセル料を払いたくなくてなんとか行った)
四つ目に体が動かなくなる
私は起床時だった。行かなくてはならないと分かっていても体が動いてくれない。動きたいとさえなんなら思っているのに、起き上がれない。
全く動く力が出ない感覚だ。
よく「あ〜仕事(学校)だるいな〜もっと寝たいのに〜」ということはあるかもしれないが、そのレベルではない。
本当に、体が動かない。動こうと頑張ろうとすると涙が出てくる。
この時の感覚は想像するのは難しいかもしれないが、なんだかいつもと違って体が動かないと言う感覚だと覚えておいてほしい。
そしてもう一つ大きな症状は、食欲不振
私は割と食欲旺盛で、少し病んだくらいでは食欲は無くならない。
だからこそ「私が食欲なくなった時は結構やばいってことだよね〜」なんて昔母と話したことがあった。
それがついにやってきたのだ。食への関心がかなり強く、疲れていても自炊したかったのに、何を食べたいのかわからないし、作る気も起きない
お腹が空いている感覚はあるんだけれど、食べ始めるともういらないやとなってしまっていた。

これらに追加して、気持ちの面で言うと
明日が怖い、どうにか行かなくていい方法を考えるなどもあった。

同じような症状がある方。
一旦明日休みましょ。
大丈夫、1日くらい休んでも大丈夫。
大丈夫だからね。

さてここで一旦第一章を終わります。
第二章では療養中の気持ちの変化について書いていこうと思います!
いつも読んでくださっている方、いいねくださる方、コメントまでくださる方、ビッグラブです💛





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