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『落研ファイブっ』(38)「さらば愛しの駅弁たちよ」

〈水曜日昼休み給水タンク前〉

〔仏〕「おっ、三元復活。大丈夫か」
 部活中に保健室に出向いた後病院送りになった三元に、仏像が声を掛ける。
〔三〕「検査結果は来週の金曜日に分かる。食事制限がきつすぎて、このままだと餓鬼道がきどうに落ちそう」
 三元さんげんはため息を付きながら弁当箱のフタを開けた。

〔仏〕「しらすとかまぼこと卵焼き、いや、かまぼこじゃねえなこれ」
 かまぼこらしき物体は、生の大根である。
〔三〕「卵焼きっぽいのは大根のくちなし染め」
〔シ〕「『長屋の花見』じゃあるまいし」
 シャモの突っ込みに、貧乏長屋の花見行を描いた落語に掛けた弁当だと気づいた三元さんげんは、開けかけた保温ポットをきつく締め直した。

〔三〕「この保温ポットの中身が分かったわ。絶対飲まねえ」
〔餌〕「『お酒』ならぬ『お茶け』でしょ」
 餌が保温ポットを開けて中身をごくっと飲むと――。

〔餌〕「ダマされた。『長屋の花見』はお酒の代わりにお茶を持っていくはずなのにナニコレマズイ」
 餌は顔をくしゃくしゃにしながら、練乳コーヒーで口直しをした。
〔シ〕「これ何。えさがここまで嫌がるって相当だぜ」
〔三〕「婆ちゃんの愛読誌『ゆんゆん』特製【スーパー野菜スープ】。激マズ」
 確かにこれが毎食続けば反動で過食が半端ない事になるかもねと、シャモが明らかに減りの遅い弁当箱を見た。

〔三〕「朝はイワシの洗いから始まって」
〔餌〕「イワシの洗い?! それこそ落語以外で聞いたこともありませんよ」
〔三〕「これが続くようなら家出するかも。シャモ、頼むかくまって」
〔シ〕「断る。シューマイ弁当をおやつ代わりにしてコーラやジュースで流し込む生活を止めるだけでも、体重は落ちるだろ」
〔仏〕「となると、三元の大好きな駅弁大会もお預けか。せっかく駅弁大会があるってのにかわいそうに」
〔三〕「鬼かっ! そんな情報わしは知りとうなかった」
 三元は駅弁名を物欲しげにつぶやきながら、箸が進まぬまま十穀米じゅっこくまいをつつきまわした。

〔餌〕「分かった。僕が食べさせてあげます」
 いうや否や、餌はネクタイで三元の視界をうばった。
〔餌〕「はい、シューマイあーん」
〔三〕「十穀米じゅっこくまいの味しかしねえよ」
〔餌〕「あっ、匂いかっ。三元さんの大好きなタケノコ煮」
 餌は三元の鼻をつまんで生大根を放り込むも――。
〔仏〕「のどに詰まったらどうすんだ」
 手を思いっきり仏像にひねり上げられ、えさはヤギの断末魔だんまつまのごとき悲鳴を上げた。

〔三〕「た、助かった。危ない所だった」
 むせながら【スーパー野菜スープ】に手を伸ばした三元さんげんは、仏像に礼を述べた。

〔シ〕「さすがあの父にしてあの息子。やる事がえげつないわ」
〔三〕「カチコミ掛けてきた相手に、腐った鳥のえさを送りつけたオヤジな」
〔シ〕「コソ泥に家賃やちんと光熱費を払わせた、リアル『夏どろ』オヤジな」
〔仏〕「本当に少しは常識ってものをわきまえろ」
 仏像が呆れながら、腕を太ももで抱え込むえさを見下ろした。


※※※

〔三〕「とりあえず六月末までに十キロは落とせって言われた」
 いつもの三倍近い時間を掛けて何とか弁当箱を空にした三元さんげんは、空の弁当箱をじっと見ながらぼやいた。

〔仏〕「千景ちかげ先生の無料ダイエットモニターで痩せた方が早いんじゃ」
〔三〕「顔出しでパンツ一丁で写真取る事を考えると、えさみたいにちゃんと金払ったほうが良いなって」

〔仏〕「松尾に相談してみたら」
〔三〕「松田君も春日先生の所から家出したんだろ。あんまり無理言わせるのもな」
〔餌〕「そう言えば松田君はVIOやったのかな」
〔仏〕「絶対千景ちかげ先生には頼まないって決めてるらしい」
 その言葉に、三元さんげんは薄い眉を上げた。

〔三〕「ちょっと気になるんだけど。何で仏像だけ『千景ちかげ』呼びなんだよ」
〔仏〕「だって本人から『千景先生』って呼べって言われたし」
〔三〕「くっそ、だからイケメンは嫌いだよ」
 春日千景かすがちかげを『千景ちかげ先生』呼びする仏像に、三元さんげんは不快感をあらわにした。

〔仏〕「イケメン関係ねえだろ。俺は間違いなく要注意人物認定されてるし」

〔シ〕「どう言う事」
〔仏〕「松尾が家出するきっかけを作ったのが俺だし。松尾が図書館に行くって言い残して外出した日も、一緒にスパイク見に行った先で出会ったし」
〔餌〕「臨時休校日に三元さんげんさんの誘いをブッチして、ナンパ橋近くでデートしたやつね」
 『デート』の一言に、三年生二人の顔色が変わった。

〔三〕「ナンパ橋で女の子調達してダブルデートなんて聞き捨てならない」
〔シ〕「俺なんかあの日野毛のげのレストランで老婆二人を接待したあげく、キスマークだらけにされたんだぞ。何だよそれマジずるい」
 竜田川姉妹との野毛の夜を思い起こして、シャモは嘆く。

〔仏〕「デートじゃねえ。スパイク見に行っただけ」
〔餌〕「いいえあれは完全に休日デートの空気感でしたっ。お下がりの眼鏡をあげて松田君にマーキングするとか、仏像って案外独占欲強いよね」

〔仏〕「おかしなこと言ってんじゃねえぞ。花粉眼鏡姿かふんめがねすがたで一緒に繁華街を歩かれると、こっちが落ち着かねえんだよ」
 えさは必死に言いつのる仏像に向かって薄ら笑いを浮かべた。

〔シ〕「松田君が家出した日も、仏像の家に行ったんだよね」
〔餌〕「で、仏像のベッド脇で松田君と見た落語が『宮戸川みやとがわ』だっけ」
〔仏〕「何でそれ知ってんだ」
〔餌〕「松田君が言ってたもん」

〔シ〕「マジでーっ。よりにもよって雷雨の夜に、しかもベッド脇で『宮戸川みやとがわ』」
〔三〕「おいおいちょっとちょっと」
〔仏〕「お前ら変な誤解すんじゃねえ」
 宮戸川みやとがわの内容を良く知るシャモと三元さんげんは、引き笑いで仏像と餌を交互に見た。

 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
 (2023/8/3 改稿・改題 2023/11/23 一部再改稿)


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