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大きな出来事よりも

リッキー・ゲイツ著、川鍋明日香訳『アメリカを巡る旅 3,700mマイルを走って見つけた、僕たちのこと。』(2022年7月10日発売)の刊行特集として、各界で活躍する方々のコラムシリーズをお届けする。

今回は、編集者・コンテンツディレクター、澄川恭子さんが登場する。木星社のポッドキャスト番組でも抜群のトークを聴かせてくれました(ポッドキャストのリンクは文末です)。今回は文章と声の両方でお楽しみください。
記:木星社

大きな出来事よりも

文:澄川恭子
Photo & Text by Kyoko Sumikawa, Edited by K@mokusei publishers inc.

トレイルランナーのリッキー・ゲイツが、アメリカを走って横断した記録『アメリカをめぐる旅 3,700マイルを走って見つけた、僕たちのこと。』が7月10日、木星社から出版された。

同書は、トランプとヒラリーの大統領選挙をきっかけに分断されたアメリカを、東から西へ自分の足で横断したリッキー・ゲイツが、その5ヶ月間に出会った人々や日常の風景、自分の葛藤や想いを写真と文章で紡いだ一冊だ。

この物語では、「大きな出来事」はあまり起きない。どこまでも感情が抑えられた淡々とした文章に加え、写真もアメリカのなんでもない日常や人を切り取ったものばかりだ。いかにも「冒険っぽい物語」を期待すると面食らう人もいるだろう。

しかし、読み進めていくとアメリカという国の底知れぬ奥深さがジワジワと染み出てくる。

リッキーは、さまざまな光景や角度からスポットライトを当てていく。人の感情の動きや表情、街の様子やアメリカという広大な土地や自然の中で感じる暑さや寒さ、人の姿、多様性、表層には現れにくいサブカルチャーなど、ありがちな美しさとか抒情的な景色だけではなく、私たちが見て見ぬフリをする闇の部分も含め、当たり前に起こっている現象や日常をそのまま描き続ける。

そしていつのまにか自分もその世界にハマっていて、気がつくと一冊読み終わっていたという具合だ。

この本を読み終える頃、私たちは、旅への枯渇感を強烈に味わうだろう。一人旅に出かけ、孤立した中で感じる人の温かさを懐かしく思い出すはずだ。

私たちは冒険や人から断絶された2年間を過ごしてきた。人との接触を避け、家にこもっていることがもはや「当たり前」のように感じている。そしてその「当たり前」の日常にも(アメリカとは違うものかもしれないが)、「分断」や「孤立」があることに薄々気づいているだろう。

そんな日々に私たちが渇望しているものとは一体何か?

これはランニングの本でもあるし、アメリカという国の多様性を知ることができる現代図鑑でもある。ヒューマンストーリーでもあるだろう。エディターである私にとってはいろいろなクリエイティビティを刺激してくれる本でもあった。

だが、ここで一番伝えたいのは、長く続く鬱屈とした気分にうんざりしているなら、今すぐにでも私たちは旅に出るべきだということ。物理的な移動をする旅でなくてもいい。外に出て人に会い、街を見にいくのだ。それも一度も通ったことのない通りを歩き、たまたま通り過ぎる人に笑顔を送り、入ったことのないカフェでお茶をするだけで充分だ。

そこには、最近そうだったように疑念や躊躇がまだあるかもしれない。でもその先には驚きやはにかみ、笑いやジョークがあるはずだ。自由に人と会い、触れ、共に感じていたつながろうとした気持ち——淡々とした当たり前の日常のなかにあったその感覚をもう一度、ここで取り戻したいのだ。

澄川恭子:コンテンツディレクター/編集者
大学卒業後、婦人画報社(現:ハーストデジタル社)に入社し、ファッション誌の編集に長年携わった。2007年より『ELLE girl』編集長に就任し、雑誌だけでなく、ウェブ、SNS、イベント、読者を巻き込んだデジタルラボなど、360度戦略でブランドを展開した。その後、VASILY株式会社(現:ZOZO テクノロジーズ)を経て、2016年にPomalo株式会社を共同で立ち上げ、現在に至る。

木星社注:澄川さんが、リッキー・ゲイツの本を読んだ感想や自身の旅の経験などをたくさん話してくれました。木星社のポッドキャスト番組『Thursday - Vocalizing Emotions』(Apple/Spotify/Google/Ancohr)でどうぞ聴いてください!

澄川さん近影


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