望月希美

煎茶道歴25年/師範歴13年 講師歴9年 茶育指導士。 お茶のある日常の愉しさを伝え…

望月希美

煎茶道歴25年/師範歴13年 講師歴9年 茶育指導士。 お茶のある日常の愉しさを伝える人。 お茶のある時間が お茶のある日常が 笑顔で心あたたまる やさしいものとなりますように。

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わたしはこんな人。

はじめまして。 望月希美(もちづきのぞみ)です。 煎茶道の道に入り、数えてみるともう人生の半分以上を、お茶と、煎茶道ともに生きてきたようです。 物心ついた頃には、日常にいつもお茶がありました。 祖母や母が用意してくれていました。 自宅でジュース類を飲んだ記憶があまりなく、ジュースとか炭酸飲料は、わたしの中で外食やイベント時に飲める特別な飲みものでした。 今も、コーヒーとお茶(またはミネラルウォーター)など、2本買いをしてしまいます。 茶道としての技術や知識はあっても

    • 3月、4月に読んだ本

      春分の日から始めた 【週に一度でも、好きな本を読む】 少しずつ少しずつ読んでいます。 3月、4月で読み終えた本はこの4冊。 新しく開く本。 何度も開いている本。 読みかけの本はまた別の時に。 エンキョリレンアイ 著者 小手鞠るい お茶の味 著者 渡辺都 月曜日の抹茶カフェ 著者 青山美智子 求めない 著者 加島祥造 --- 読みかけの本 --- 江之浦奇譚 著者 杉本博司 「オプティマムヘルス」のつくり方 著者 山本竜隆

      • 旅とお茶と、モモとエンデ

        旅行や出張の際、お茶セットを毎回必ず持っていきます。 慣れない場所で。 好奇心を刺激される場所で。 ちょっと一休み、一呼吸置く時間はとても大切です。 帰宅して、数日離れた自宅の、いつもの場所で、いつもの器で、いつものお茶を飲んだ時の、「あ、帰ってきた。」とホッとする感じ。 年明けから、ベトナムへ約3週間。 その後、福岡・熊本・宮崎・大分・京都と短期間で回る事がありました。 先々でいつものようにお茶を飲んでいましたが、そこで思い出したのは、モモの作家、ミヒャエル・エン

        • 春分の日からはじめる事

          3月20日は春分の日。 春は種蒔きの季節です。 そして、半年後、9月22日は秋分の日。 収穫の季節です。 何か習慣化したいな、と思い、ここ数日考えていました。 【週に1回でも、好きな本を読む時間を作る。】 これが今回はじめること。 仕事関係の本はよく読みますが(もちろん興味があって、知りたい事)、それと好きな本は、心の働き方というか、響き方というか、脳みその動く場所というのか… 様々違うと思うのです。 昔から、本を読むのが大好きです。 図書館が大好きです。

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        わたしはこんな人。

          トクベツな日のお茶 - 紅茶 -

          物心ついた頃から、自宅で飲むものといえば“緑茶”だったわたし。 そんな中、「トクベツな日のお茶」がありました。 お誕生日のケーキ。 お土産でいただいた洋菓子。 そんな時には決まって、紅茶でした。 (海外の紅茶、リーフ、ティーバッグ問わず) ティーポットとティーカップ。 それだけで、ソワソワワクワクしてしまう。 そんな「トクベツな日のお茶」です。 少し成長して、外食時のデザートなどでも紅茶を頼むことが多かったです。 渋味や苦味、香りが、甘い甘いお菓子とよく合うんで

          トクベツな日のお茶 - 紅茶 -

          あなたは、あなた。わたしは、わたし。

          同じ時に、同じ空の下で、同じように生きている。 でも、同じではない。 あなたとわたし。 あなたは、あなた。 わたしは、わたし。 つめたくかたい境界ではなく あたたかくやわらかい境界を わたしは、わたし。 あなたは、あなた。 あなたとわたし。 同じではない。 でも、同じ時に、同じ空の下で、同じように生きている。

          あなたは、あなた。わたしは、わたし。

          話せる事は、愛があること。

          自分の国や家族の歴史。 それは、自分自身のこと。 ベトナム在住の日本人の方は、30年前からのベトナムのお話をしてくれました。 愛情が深く、朗らかで、あたたかい心がとっても伝わってくる方。 こんな時、数年前に知り合えたアメリカの方からの言葉を思い出します。 「あなたは自分の国の事も、家族の事も話せるのね。 それは愛があるという事。 そして、そういう人はとても信頼できる人なんだよ。 あなたの国の歴史はアメリカよりも長いから大変かもしれないけれど、家族の歴史すらも話せない

          話せる事は、愛があること。

          良いことが悪いこと?悪いことが良いこと?

          何かが起きた時 「あー、もう最悪…!」 「あんなことがあって気の毒だね。」 などあると思います。 また、それとは逆に 「わ!これってラッキー!」 「あんなことが起こるなんて嬉しいね!」 などもあるかも。 それでも、それからしばらく経って… 良いこと、と思っていたことが、大きな問題になることも。 深い深い落とし穴だったりすることも。 悪いこと、と思っていたことが、大きなターニングポイントになることも。 もっと辛い事の難逃れとなる出来事だったりすることも。 「人間万事塞

          良いことが悪いこと?悪いことが良いこと?

          行ったり来たり。

          人は好きだけれど、いつもいつも誰かと一緒というのはわたしは無理です。 そして、街なかも好きだけれど、情報量が多すぎて無理な時も。 自然の中にいたいけれど、そこだけにはいられないし、ずーっと一人というのは、話したい・聞きたい・知りたいのわたしには向いていないのかも。 ヨガをしながら、木々が揺れる音や風の音、鳥の鳴き声、羽ばたく時の羽の音、ふっとみた先の山々の色、空の色。 葉っぱの香り、落ち葉の香り、太陽の香り。 時々聞こえる車の音や人の声、音楽。 ランチタイム前の飲

          行ったり来たり。

          秋を堪能した日

          目で感じて 鼻で感じて 耳で感じて 肌で感じて 足の裏でも感じて 久しぶりに、深呼吸ができた日。 葉の落ちた先がが土ならば 植物の根があるならば きっと落ち葉ははかなかったな。 次の季節のための、別の生命のための 暖となったり、栄養となったりしてくれるから。

          秋を堪能した日

          いつか。誰かが。

          「いつか〇〇したい。」 「誰か〇〇してくれないかな。」 いつか、は、来ないです。 誰か、は、いないです。 誰か、は、してくれないです。 結局、自分でやるしかないのです。 きっかけは誰かが与えてくれるかも。 何かがやる気にさせてくれるかも。 コツやポイントは教えてもらえるかも。 でも、それをできるようにするのは、自分だけです。 お医者さんも、お薬も、治すためのきっかけや方法は与えてくれます。 でも、病気を治すのは自分の意志と、自分の身体や細胞です。 そし

          いつか。誰かが。

          期間限定の屋上のお庭、rooftop28

          お茶には、やわらかいコミュニケーションをうみだしてくれたり、普段は話さない・話せない事を話せたり、聞けたり。 今とは違う時や場所、人とを繋いでくれるモノがあると、確信しています。 それは、自分のこれまでの体験や経験があるからですし、講座やイベントなどを行って、それを目の前で見てきたからです。 そして、お庭にも「繋ぐ」という事があると感じています。 家庭のお庭には、自然と人とを繋ぐ。 思い出を繋ぐ。 想いを繋ぐ。 茶庭(露地)は、日常と非日常(茶室)を「繋ぐ」と思いま

          期間限定の屋上のお庭、rooftop28

          違うからこそ。

          自分の考えや感覚と違う人がいます。 でも、それは自然な事で、そこには正解も不正解もありません。 その差異がなければ、自分と人とをも区別できないのです。 反対の考えや感覚を聞いている時。 「こういう風に考える・感じる人もいるんだ。」 とも思う。 少しモヤッとしてしまう時も、何故なんだろう?と考えると、自分が大切に思う事と“違う”だけだったりします。 そうやって、改めて、自分の中の大切にしている事に気が付けたりします。 違う事は間違いではないです。 そこには正解も不

          違うからこそ。

          忘れられない授業。

          忘れられない授業がわたしにはあります。 20歳の時。 3週間ほど旅行と勉強を含めてアメリカに行った際、LAで受けた授業の終わりでした。 先生がその教室にいる生徒に 「あなたの幸せはなんですか?」 と聞きました。 みんなそれぞれ ・家族と過ごす事 ・友達と遊ぶ事 など答えていました。 一通り話を聞き終わった先生が 「あなたが朝、自然に目が覚めること。 ご飯を美味しく食べられること。 大切な人と食卓を囲めること。 好きな場所にいけること。 会いたい人に会えること。 好き

          忘れられない授業。

          御守り

          お着物を着る時、アクセサリーはすべて外す。 お茶を淹れる時、手元のアクセサリーもすべて外す。 わたしが普段身に付けているアクセサリーは、祖母や母、大切な人からいただいたもの。 友人が作ったもの。 節目に自分で買ったもの。 わたしの中では全て御守りです。 でも、お着物を着る時。 お茶を淹れる時、それらを全て外します。 ただでさえ、不安が強い。 緊張。 プレッシャー。 直前まで吐き気が酷くて、前日からご飯もまともに食べられないくらい。 もう、ここから逃げたい。 やめて

          受け繋いでいくもの。

          幼少期、母方の祖父母と暮らしていました。 テーブルの上には、写真のようなまぁるいお盆の中に、お湯飲み、急須、お茶の葉が。 ジュース類を自宅で飲むことはほぼなくて、日本茶、麦茶、水、祖母お手製のどくだみ茶とかしそジュースとか。 毎食時、おやつの時、人がいる時。 必ずお茶があったんです。 大人になって茶畑に行った時。 頭の中に似た風景が出てきて、中学生の時に逝去した父方の祖父がいたような…。 昨年逝去した父方の祖母に、生前そのことを聞いてみたら、わたしが小学1、2年生

          受け繋いでいくもの。