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市川猿之助丈の一件とメディアリテラシー、報道について考える

市川猿之助丈の一件が世間を騒がせている。大手メディアの報道、スポーツ紙の報道、テレビニュース、ワイドショー、各種SNSの個人の感想、玉石混交の情報が行き交っている。何が嘘で何が本当なのか、わからない状況である。

ひとつわかっているのは、「市川猿之助は意識がある状態で搬送され、父の市川段四郎は病院で死亡確認、母はその場で死亡確認」ということである(NHKニュース)。

この状態からはあらゆる可能性が考えられる。あらゆる可能性を考えた上で、報道にあたる必要がある。市川猿之助は大きな名跡だ。大きく報道したくなるのはわからなくもない。しかしここであえて抑える必要があったのではないか。

例えば、厚生労働省からは「自殺報道のガイドライン」が出ている。

自殺未遂であっても自殺行動に関する報道には注意が必要です。特に「有名人」に関して、 「センセーショナルな見出し」で伝えたり、「自殺の手段・場所」を詳しく報じることは、WHO の 『自殺報道ガイドライン』において「やってはいけないこと」とされています。

厚生労働省「自殺に関する報道にあたってのお願い」令和5年5月18 日版

これは、市川猿之助丈の件を踏まえて出された最新の「お願い」に記載されている。これをきちんと守っているメディアがどれほどあっただろうか?もちろん、このあたりの基準は明快なものではなく、個々の判断基準に任される部分が大きい。しかしそれでも、この「お願い」を無視するような形での報道がなかったと言えるか?

続報では、以下が報道された(時事通信)。

 歌舞伎俳優市川猿之助さん(47)の自宅で倒れているのが見つかり、死亡した両親の死因は、向精神薬中毒とみられることが19日、警視庁捜査1課への取材で分かった。

時事通信 2023年05月19日20時33分

この情報は、自死を願う人達に火を付けるには十分だった。Twitterを見ていると、オーバードーズ(薬の過量服用)自慢(大量に飲んだが死ねなかった等)が次々と投稿されている状況である。この影で、実際に死ねるか試して死んでしまった人がいないとは言い切れない。死んでしまったらSNSへの投稿はできないから、確かめようがない。

ここで、もう一度厚生労働省の「自殺報道のガイドライン」を思い出してみたい。

《自殺に用いた手段について明確に表現しないこと》(WHO 自殺報道ガイドライン P6) 自殺リスクのある人が行為を模倣する可能性を高めてしまうため、自殺手段の詳細な説明や議論は避けなくてはならない。例えば、薬の過剰服用を伝える際には、服用した薬のブランド/薬品名、性質、服用量、飲み合わせや、どのように入手したのかを詳細に伝えることは、人々に害を及ぼす可能性がある。

厚生労働省「自殺に関する報道にあたってのお願い」令和5年5月18 日版

これを守ったメディアがどれほどいただろうか?

厚生労働省からは、主に精神科関連分野で働く人向けに、「向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について」というお願いが出ている。

最近の報道にもみられるように、向精神薬等の適切な処方について国民の関心が高まっていること等も踏まえ、自殺念慮等を適切に評価したうえで、自殺傾向が認められる患者に向精神薬等を処方する場合には、個々の患者の状況を踏まえて、投与日数や投与量に注意を払うなど、一層の配慮を行っていただくよう、貴会員に周知方お願い申し上げます。

厚生労働省「向精神薬等の過量服薬を背景とする自殺について」平成22年6月24日

すでに10年以上前になるが、このような「お願い」を踏まえ、精神科医療領域では適切な薬物処方がされているはずである。なおかつ、現在処方される向精神薬は、過量服用(オーバードーズ、OD)してもそう簡単には死なないようになっている。

SNSに散見されるオーバードーズ自慢を見てもそれはわかる。大量に飲んでも、胃洗浄されたり、しばらく眠り続けたりしてから眠りから覚めたりしている。致死量があっても物理的に飲みきれない、ということをこれらのSNS投稿は如実に表している。

市川猿之助丈に関する続報は次々と出ている。しかしここでは、それらはあえて引用しない。厚生労働省の「お願い」を無視する形になるのは本望ではない。また、どこまでが嘘で、どこまでが本当か、センセーショナルさを争うような報道を見るにつけ、わからないからである。

メディアリテラシーについて紹介しておく。これらを頭に置いて情報を受け止めることで、冷静に頭の中で情報を整理できるようになる。

白鴎大学特任教授で、元TBSキャスターの下村健一氏の提唱する、情報を受け取るにあたっての「四つのハテナ」である。

1:[ ソ ] 即断しない... いったん止める習慣づけ
2:[ ウ ] 鵜呑みにしない...意見印象を峻別する力
3:[ カ ] 偏らない..ほかの見方、考え方もありうると思いつく力
4:[ ナ ] 中だけ見ない...スポットライトの外側に隠れているかもしれない情報を、想像し見いだす力

東洋経済オンライン

この記事は子ども向けの教育を題材に取っているが、この「四つのハテナ」つまり「ソ・ウ・カ・ナ」は大人にも十分有効だ。

さらに、ここでひとつ動画を張っておく。全編で5分弱だ。一見支離滅裂な内容のアニメに見えるが、情報リテラシーについてわかりやすく説いている。

もうひとつ動画を紹介する。これは全編見ると1時間45分近いが、前述の「四つのハテナ」他、それに関する情報への向き合い方「スイスイスイッチ」や「熊里に人が出た」等を丁寧に説明している。

さらに有効なのが「ファクトチェック」である。すでに発表された情報に疑義が生じている場合、検証することで真偽判定し発表する。市川猿之助丈の件については今のところ、ファクトチェックにまで至るような情報は把握されていないが、いつ出てくるともわからない。

ファクトチェックについては、日本でもTwitterの「コミュニティノート」機能が本格導入され、一部の真偽不明情報には、真偽を明らかにした情報が付与されるようになってきている。それらを参考にするのも良いだろう。

今、この件に関する情報は錯綜している。冷静に情報を受け止め、頭の中で整理し、振り回されないようになることを願うのみである。

最後に、自死したいと思っている方へ。今すぐ決行しなくてよい。明日に伸ばそう。明日になったら気が変わっているかもしれない。毎日、毎日、明日に伸ばそう。それでもつらい時は、こちらに相談してほしい。

自殺や事件等に関する報道でつらい気持ちになった読者や視聴者が、こころを落ち着けるための Web ページ「こころのオンライン避難所」(当センター作成。相談窓口の情報も有)
・こころのオンライン避難所 https://jscp.or.jp/lp/selfcare/

電話やSNS による相談窓口の情報
・#いのちSOS(電話相談)https://www.lifelink.or.jp/inochisos/
・チャイルドライン(電話相談)https://childline.or.jp/index.html
・生きづらびっと(SNS 相談)https://yorisoi-chat.jp/
・あなたのいばしょ(SNS 相談)https://talkme.jp/
・こころのほっとチャット(SNS 相談)https://www.npo-tms.or.jp/service/sns.html
・10 代20 代女性のLINE 相談(SNS 相談)https://page.line.me/ahl0608p?openQrModal=true

相談窓口の一覧ページ
・厚生労働省 まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
・いのち支える相談窓口一覧(都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧)https://jscp.or.jp/soudan/

孤独・孤立対策の支援制度や相談窓口の検索サイト
・あなたはひとりじゃない 内閣官房 相談窓口等の案内 https://notalone-cas.go.jp/
・ 支援制度・相談窓口の検索 https://notalone-cas.go.jp/search/
・ 18 歳以下の方向けの検索ページ https://notalone-cas.go.jp/under18_chatbot/

厚生労働省「自殺に関する報道にあたってのお願い」令和5年5月18 日版
(一部絵文字を中黒「・」で代用)


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