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第11章恩讐の彼此−2

Vol2

 僕は、アルバイトを終え家路につくことにした。帰りの電車の中、報道され続けるブルーガーデンのニュースをスマートフォンでチェックしながら。ニュースは、様々な企業がブルーガーデンと繋がっており、寄付金と言われるものを与えたり、もらったりしているものだった。大手の通販サイトの社長が追求されていたニュースが報じられていた。滑稽だった。社会とはこんなにも宗教団体なんかに癒着しているのだと思うと。いつもとは少し違う感情の中で、いつもと同じコーヒーを飲みながら僕は本を詠んだ。


ー私のうたは砂の砦だ

海が来て

やさしい波の一打でくずしてしまうー


ふと、手に取った本が三好達治の詩集だった。僕は、その詩集を最後まで詠んだことがなかった。途中で飽きてしまったという方が都合がいいのかもしれない。なんだか、この詩集を読んでいると寝てしまうのだ。「今日は読み切れるだろうか。」言葉を滑るように永い永い夜の始まりで、僕は詠んだ。

 気がつくと、窓から木漏れ日が僕の頬を撫でていた。ー朝だ。また、僕は詩を読み切る前に寝てしまったようだ。寝ぼけ眼で時計をみると、講義まであと30分しか猶予がなかった。僕は、急いで支度をしてキャンパスへと急いだ。講義には、ギリギリ間に合い息を整えながら講義を聞いた。90分とはとても退屈のような退屈じゃないような教授の話が続く。

「えーであるからしてー。」

キーンコーン。チャイムがなった。

「もうチャイムがなったのか。それでは、みなさん。このところテストにでるので、しっかりと覚えておくように。レポートは、今週中に提出なので、メールで送っておいてください。」

教授がその場を立ち去るよりも早くみんなは教室をでた。僕もその流れに乗って教室を出て、ゆっくりと次の講義の教室に向けて移動し始めた。外に出ると北風がビューッと吹いていた。朝、急いで出てきたせいであまり防寒対策をしていなかった。ロングTシャツにスラックスという僕の服装では少し肌寒い。アウターの一枚でも羽織ってくるべきだった。冬の面影が見えるキャンパス内を歩いていると、白弓先輩が話しかけてきた。

「セレン、見たかブルーガーデンのニュース。」

先輩は少し焦った様子で話しかけてきた。

「ええ。見ていますよ。ロリコン総理ですよね。」

「そうそう。こんな物語みたいなことがあるんだな。」

「そうですね。でもこれは現実です。」

僕は、少し嬉しそうな顔をしていたかもしれない。

「ーそうだな。しかし、困ったことになった。」

「どうしてですか。先輩もブルーガーデンの信者なんですか。」

「いや、そういうのではないんだが。・・・・。」

珍しく、先輩が黙っていた。こんな先輩を見るのは初めてだった。先輩が口をつぐんでいると、後ろから黒奈がやってきた。

「あら、二人ともこんなところでなにをしているの。」

「ただの立ち話だよ。」

僕が黒奈にいうと、「そう。」と言って返事をした。相変わらず、先輩はダンマリしていた。

「セレン。それにくろなちゃん。今日の夜は暇?。」

僕と黒奈は、顔を見合わせて「暇です。」と答えた。

 ブルーガーデンのニュースが報じられ、東京の街は少し騒がしくなっていた。僕と黒奈は、先輩に呼び出され新宿の思い出横丁に来ていた。ここは、昭和レトロな空間のようになっており、飲み屋が立ち並んでいた。多くのサラリーマンやらが集まっている。

「お待たせ。」

先輩が小走りで思い出横丁の入り口にやってきた。

「今着いたところなんで大丈夫ですよ。」

「そうか。じゃあ、早速行こうか。」

先輩は予め予約をしていたお店へと先導して進んだ。しばらく歩くと、赤い暖簾のかかったお店へと歩いた。お店の中に入ると、店の中は昭和の雰囲気を残した店の作りになっていた。中では、おでんがグツグツと煮立っていた。だいぶ夜が冷えてきたので、おでんはとても美味しいだろう。僕はそう思いながら席についた。ビールとおでんをいくつか頼み、僕らは注文した料理がやってくるのを待った。それまで軽い雑談をしながら待っていた。

「お待たせしました。」

店員さんがおでんを運んできた。乾杯を済ませた後、僕らは、おでんを摘んだ。僕は、大根を箸で掴み口の中へと頬張った。大根は、ホクホクでとても出汁が染みていて美味しかった。

「ここのおでんとても美味しいですね。」

「そう。ここのおでんは出汁が効いていていいんだよ。」

「さすが先輩ですね。こんな穴場スポットを知っているなんて。」

おでんが美味しく、お酒も進み僕らは一時間位を飲んだり食べたり喋ったりをしていた。僕は、そろそろここに先輩が呼び出した理由を聞こうと切り出した。

「先輩、そろそろ何の話をしにきたのか教えてくれませんか。」

「そ、そうだな。…。」

先輩は少し気まずそうにしてビールのグラス見つめた。しかし、先輩は話をしようとしなかった。

「…。」

「先輩、ダンマリしてても何もわかんないですよ。なんか言ってくださいよ。」

僕がそういうと、先輩はゆっくりと口を開いた。

「実は、俺の就職先の社長がな。ブルーガーデンと癒着しているようなんだよ。」

「えっ。そうなんですか。」

僕は、驚いた。

「その事実がわかってな。株価は急落ー。それによって結構な人たちがリストラされている現状なんだよ。」

「それは大変ですね。」

黒奈が言った。

「昨日なんだけどな。新卒を雇っている余裕がないということで内定が取り消しになってしまったんだ。」

「そ、そんなことあるんですね。」

「ああ。そうなんだよ。」

先輩は、ビールをグッと飲み、哀愁を少し漂わせていた。僕は、複雑な気持ちに襲われた。ブルーガーデンへの復讐心と先輩への申し訳ないという気持ち。二つの感情が押し寄せてくる。

「でも、先輩ならすぐ次の内定見つけられるんじゃないですか。」

黒奈が言うと、先輩は少し困ったような顔になった。

「いや、どうだろうな。正直、昨日の今日であまり次のことなんて考えてられなくてな。」

「そ、そうですよね。」

僕は、先輩の言葉に追従することしかできなかった。先輩は、再びビールのグラスを持って残りのビールを一気に飲み干した。そして、新しいビールを1つ注文した。

「すまんな、こんな格好悪いところを見せてしまって。」

「そう言う日もありますよ。」

僕はそういってビールを飲んだ。黒奈は、先輩の話を聞いてどう思っているのか。僕は気になり黒奈の方を見ると黒奈は何を思っているのかわからないような顔をしていた。興味がないんだろうか。いや、多分興味を持たないようにしているんだろう。そうしないと、きっと思いとどまってしまうと言うことに気づいているからだろう。僕も興味を持たないように意識した。だが、僕にはそんなことができなかった。僕と先輩の関係は、そんな簡単に意識したところで消えることはないのだ。そう思った瞬間に僕はもう口に出していた。

「今日は最後まで付き合いますよ。」

「じゃあ、今日は朝まで飲むぞ。」

先輩と僕は意気投合した。

「じゃあ、私はそろそろ帰りますね。先輩もセレンくんもあんまり飲みすぎないでね。」

「釣れないなあ。」

「男の友情には女は邪魔ですから。」

「そんなことないよ。友情は果実と一緒よ。男女なんて関係ないのに。なあ。セレン。」

「酔いすぎですよ。アリストテレスみたいなこと言わないでくださいよ。」

そういって、僕らは勘定を済ませて店を後にした。黒奈はそのまま家に帰り、僕は先輩とそのまま飲みにBARへと出かけた。BARに着くとカウンターに二、三人座っていた。僕と先輩はカウンターに座り、スコッチを飲むことにした。正装のバーテンダーがグラスに香りを移し、スコッチを注いだ。

「お待たせしました。スコッチです。」

僕と先輩は、スコッチをちびちびと飲み始めた。おつまみにはミックスナッツを添えた。スコッチのグラスをなぞり、グラスの滑らかさに心を奪われながらも、僕は最初の一口を飲んだ。先輩はもうすでに二、三口飲みながらミックスナッツを食べていた。

「セレンは、宗教についてどう思う。」

「え、急にどうしたんですか。」

「いや、そういうものにハマる人たちの気持ちだよ。」

「僕は、宗教について、昔はそういうものあってもいいんじゃないかなと思っていました。」

「今は違うのか。」

「ええ。今は、無い方がいいと思っています。」

「その心は」

「ブルーガーデンもそうですが、宗教なんてあるから世界では宗教の違いによって殺し合いをする。過激派組織によるテロだってある。それに、ブルーガーデンのような汚職や性犯罪だって起こる。最初からなければよかったのに。」

僕は、今の感情を素直に吐露した。先輩がどう思うかはわからないが、ここで変な気を使ってしまうと、逆に失礼な気がしたからだ。

「逆に先輩はどう思っているんですか。」

「俺か。宗教なんて考えたこともなかったよ。正直、空気みたいな存在だった。でも身近には存在しているみたいな。初詣も除夜の鐘も全部宗教的なものだし、仏像に手を合わせたりなんかも日常の中に溢れている。その程度のものだと思っていた。」

「そうですね。」

「だが、高校生、大学生とどんどん進むにつれて、宗教というものがどんどん明確になってきた。自分は何も宗教なんて興味が無かったが、周りの人間は宗教にのめり込んでいく人がいた。危ないからやめろなんてなかなか言えないよな。」

「先輩の友達ってもしかして。」

「いや、幾人かはブルーガーデンの信者だよ。でも、それは別にいいことだ。」

「いいことですか。」

「ああ。それは、彼らの判断だからな。俺は、宗教なんてもんは、人間の本質的に必要だと思っている。」

「必要なもの。それは一体どういう意味ですか。」

「ヒト。ーホモ・サピエンスは、他のサピエンス種を根絶やしにして、勝ち残った種族なのは知っているよな。」

「ええ知っています。ネアンデルタール人やホモ・エルガステル、ホモ・ルドルフェンシスなんかのたくさんのホモ族がいたんですよね。その中で、僕らの祖先のホモ・サピエンスだけが生き残った。」

「ああそうだ。その中の我々は、別に他より賢かったわけでも、体が大きかったわけでもない。なんなら、ネアンデルタール人の方が我々よりも脳が大きく賢かったとされている。」

「じゃあなんで、僕ら、ホモ・サピエンスは生き残れたんですか。」

先輩は、スコッチを一口飲んでから僕の方を見ていった。

「妄想力だよ。」

「も、妄想力。」

「そうだ。妄想力がホモ・サピエンスをここまでの仕上げらせた。」

僕は、信じられなかった。妄想力だけで人が強大な他人種に勝てるのだろうか。そんな、馬鹿な。

「そんな馬鹿なって顔してるな。」

「揶揄っているんじゃ無いですか。僕のこと。」

先輩が少し面白がっているように感じ、僕は少しムスッとした。先輩は、「そんなに怒るなよ。」といってアーモンドを口に頬張った。僕もそれに釣られて、ピスタチオを一つ口の中に入れた。

「揶揄っているわけじゃ無いんだ。本当にそうなんだと言われているんだよ。」

「本当なんですか。」

僕は、聞き返した。

「ああ。本当だ。かつて、ホモ・サピエンスは、食料争いなんかで他の人種を根絶して、自分たちの人種の繁栄を求めて世界中に進出していった。しかし、身体も大きく、賢い人たちにどうやって立ち向かっていたんだろうかということを研究者が考えたらしい。調べていくと、認知能力を司る脳の部位が、他の種よりも発達していたことがわかった。」

「つまり、妄想力が優れていた。」

「そういうことだ。共通の認識によって、他人種が敵だとか、崇めるような神を祀ることでホモ・サピエンスは強大な他人種を虐殺することができたんだ。認知能力は、ある意味虐殺のための器官なのかもしれないな。今でも、その妄想力によって今度は同じホモ・サピエンス同士で戦争をしているわけだ。」

「妄想力恐ろしいですね。」

「ああ。そうだな。でも、スポーツ選手なんかが自分のプレーをイメージトレーニングしてそのプレーを実現したりする時だって妄想力を使っている。悪い面だけじゃない。」

「確かにそうですね。それに、自動車や飛行機、スマートフォンもそういった妄想力の産物なのかもしれませんね。」

「そう。そういった様々な産物を生み出せた。まあ、どんな武器よりも強力なんだよ。」

先輩は、スコッチをまた一口、口に含み、話を続けた。

「その妄想力から、宗教は生まれたんだ。ヒトは、自分たちの想像力を超えるような事象があるときや大規模な厄災が起こった時、妄想力の産物である神を崇めた。神という存在をいたことにすることでその事象を認識していたんだ。」

「つまり、妄想力を妄想力で補っているということですか。」

「そうだな。メタ妄想とでもいうべきなのだろうか。妄想力を超えるから妄想力の次元を1次元高いものにした。という方がヒトにとっては自然だったんだろうな。」

「じゃあ、ヒトの根源である宗教だから本質だということを先輩は言っているんですね。」

「うん。」

「でも、だからと言って宗教を許容することはできませんね。」

僕は、少し強い口調で先輩に返答した。少し酔っているのかもしれない。

「どうして、そこまでセレンは宗教を毛嫌いするんだ。前のお前はその辺、寛容だったように思っていたが。」

「そ、それはー。」

未来のことを先輩に話すべきだろうか。僕は一瞬迷ってしまった。このままブルーガーデンのことを言ってしまっていいのだろうか。でもー。先輩に隠しておくことも何か悪い気がする。

「隠すなよ。今日は朝まで飲むって言ったんだから。隠し事は無しで行こう。」

「うう。わかりました。言いますよ。」

先輩はニヤニヤしながら僕の方を見て、ラムを追加で二つ注文した。マスターは、手慣れた手付きで後ろの棚にある年代物のラムを取り出し、2つのグラスに注いだ。サービスでチョコレートを添えて僕らにラムを提供してくれた。僕と先輩は、ラム酒を一口飲んでチョコレートを齧った。ラムとチョコレートの相性は抜群に良かった。カカオとラムの香りが広がり、口の中で濃厚な舌触りがクセになる。家でもこの組み合わせは試してみたい。と思った。

「じゃあ、教えてくれよ。セレンがなんでそんなに宗教を嫌うのか。」

「誰だって、問題に直面しなければそれを問題だって認識しない。そういうものです。」

「そうだな。」

「彼女が、ブルーガーデンの2世でした。そのせいで、色々と問題を抱えていました。宗教から逃げ出したい。そんなよくある話です。今思えば、幼い頃から聖杯や親からの歪んだ思想に対して疑念があったんでしょうね。僕は、彼女と一緒にブルーガーデンに行って彼女をここから辞めさせてくれと訴えました。そこで、彼らと論争になりましたが、結局言い負かされてしまった。奴らは、僕らに猶予をくれたんでしょうか。いや、きっとそんな甘っちょろいことじゃない。彼らは、ずっと僕らが鳥籠から出たつもりでいたことを勘違いしていることを、ゆっくりと観察していたんでしょうね。本当は、ただ少し大きな鳥籠に入れ替えただけだったのに。」

先輩の方を見ると、先輩は黙って僕の話を聞いていた。ラムを一口僕は含み話を続けた。

「ある日、彼女は交通事故に遭って死にました。僕の目の前で。高齢者ドライバーの運転事故、本当にただの偶然だと思っていた。けれど、それは偶然では無かった。釈放されたその運転手は、ブルーガーデンの信者だった。僕は、その後ブルーガーデンの幹部に会いました。そこから、彼らが未来を殺したことを聞かされました。彼女は、ブルーガーデンに囚われたまま死んでいったんです。そんな、ことがあって憎しみを抱えずに生きていけるほど、僕は穏やかな人間じゃ無いんです。だから、ブルーガーデンなんてものを許すわけにはいかないんです。」

僕は、力強く語った。この世の理不尽に対して許せないという思いで。

「そんなことがあったんだな。すまん。気づけてやれずに。辛かったろう。」

先輩は僕に同情しているようだった。僕は、同情なんて欲しく無かったので「別に大丈夫ですよ。」と短く返答した。

「もしかして、今回の週刊誌へのリークってセレンか。」

先輩が、恐る恐る僕に聞いてきた。僕は、少し迷ったが、ここまで行ってしまったのに違うなんてことは言えなかった。

「はい。僕ですよ。復讐がしたかったんです。ブルーガーデンに。」

「そうか。」

「先輩には、悪いと思っています。僕が投じた波紋が先輩に被害を被るなんて、その時は思ってもいませんでした。責任を今は感じています。でも、あのままブルーガーデンがのうのうと過ごしているのだけは耐えられなかったんです。」

僕は、先輩にこれだけは伝えたかった。申し訳ないという気持ちを。その思いを正直に伝えた。

「別に、お前のせいじゃないよ。」

先輩は笑って僕に微笑んだ。

「え。僕のこと恨んでいないんですか。」

「恨んでなんかいないよ。それは、仕方のなかったことなんだろう。運がなかった。ただ、それだけだ。」

「そんな。嫌味の一髪でも言われるかと・・・。」

「言ってどうするんだ。結果は変わらないだろう。それに悪いのは、就職先の企業だろう。そうゆう悪い癒着をしていたわけだ。」

「そうですけど。」

「もういいんだ。もうー。」

そう言って、先輩は残りのラム酒を飲んだ。

「今日は俺の奢りだ。マスター勘定を。」

「承知しました。」

「悪いですよ先輩。」

「いいんだ。今日はそういう気分なんだ。」

そう言って先輩と僕は、店を後にした。店を出ると、先輩はネオンの光る方へと足早に帰っていった。僕は、先輩の背中をずっと目で追っていた。僕の中の復讐心がどんどんと複雑になっていく。ただのお酒がカクテルに変わっていくように、その姿を変え全く別の飲み物になるようだった。

 目覚ましの音がキーンと響く。気がつくと、僕はベッドの上にいた。昨日は先輩と別れた後、いつの間にか家に帰って寝ていたのだ。飲みすぎたせいだろうか。頭が回らない。とりあえず、水を飲んで一呼吸おいた。ぼーっとしていると、剣崎からメッセージが入った。「少し会えないか。」そう、短いメッセージが送られていた。僕は、「いいよ。」とだけ返事をした。なんだろうか。剣崎から誘われることなんて、あんまりなかった。僕は、手早く支度を済ませて剣崎との待ち合わせ場所に向かった。

 剣崎とは、下北沢のカレー屋さんで待ち合わせた。店内に入ると、もうすでに剣崎がいた。あと、木工ボンドの剣崎の同級生が座っていた。

「あ、木工ボンドの方ですね。」

「覚えててくれたんですね。ありがとうございます。」

「いえいえ。」

そういて僕は、羽織っていたアウターを脱ぎ、席についた。

「セレン。すまないな。わざわざきてもらって。」

「いや、別に構わないけど。なんで呼び出されたのかな。理由が全然思い当たらないんだけど。」

剣崎は、少しまを開けてなんだか勿体ぶっていたので、早くしてくれと急かした。剣崎は、照れくさそうに口を開いた。

「実は、槍と俺はつき合っているんだ。」

「おお良かったじゃん。」

なんだ。そんなことかと僕は思った。そんなすぐわかるような事を言うためにわざわざ呼び出されたのだろうか。僕は、少し剣崎という人間がわからなくなっていた。

「いや、別に、自慢するためにお前を呼んだわけじゃないぞ。」

「うん、自慢話のためだけに呼ばれたんだったら、一発殴ろうかと思ったよ。」

僕が冗談を言うと、剣崎は笑った。

「セレンの冗談はもしろい。まあ、それはさておき、お前に確認したいことがあるんだが。」

「何。確認したいことって。」

僕は、剣崎がわざわざ直接確認してくることなんてあるのかと疑問に思った。すると、剣崎は自分のスマートフォンを取り出し、僕にSNSのアプリを開き見せた。

「このSEってアカウントってセレンのアカウントなのか。」

「えっ、何それ。」

僕は全く身に覚えがなかった。なんの話だ。それに、なんで剣崎はこれが僕だという認識に至ったんだろうか。気になった。

「なんで、剣崎はこのアカウントが僕だと思ったの。」

「それは、このアカウントが投稿している音声データだよ。それが、セレンの声に似ているから。」

僕は、恐る恐るそのアカウントの投稿している音声データを確認した。その声は間違いなく自分の声だった。どう言うことだ。自分ではない人が僕の音声を利用している人がいる。なんのメリットがあってそんなことをしているのだろうか。僕は全くわからなかった。

「まあ、声もそうなんだけどさ。その内容がやばくて。」

「やばいってどうやばいの。」

剣崎は槍さんと目を合わせながらこちらの方に気を使いながら話し始めた。

「今、流行りのブルーガーデンの話さ。お前の彼女がブルーガーデンに始末されているって言うのをこないだ笛吹さんと揉めている様子なんだ。聖杯?とかがどうたらとか。とにかく、今の週刊誌の話を裏付けるようなことがたくさん。それもショート動画で少しづつ投稿されている感じなんだ。まだ、投稿始まって日が浅いから注目はされていないけど。」

「え、なんだよそれ。」

「いや、セレンが知らないなら、こんなことするの誰なんだろうな。」

僕は、困惑していた。声が少し震えていたかもしれない。自分が知らないところで、こんなふうに情報が拡散されていたなんて。

「セレンさんは、ラグナロクでも起こしたかったんですか。」

それまで、黙っていた槍さんが僕に話しかけてきた。

「それは、どう言う意味ですか。」

「北欧神話の神々の滅亡の日のことです。ブルーガーデンという神に滅亡を与えようとしているのかと思いまして。」

「そんなお伽話のような話が本当にあると思いますか。」

僕は、はぐらかすように槍さんにいうと、彼女は僕の目をみんながら言った。

「以前お会いした時より、何かに囚われている感じがしています。ただ、そう思っただけです。」

「そんなスピリチュアルな。雰囲気だけでここまでつながりますか。」

僕は、詰将棋のような、刑事に追い詰められていく犯人のような感覚に陥った。このまま否定し続けるのにも限界が来そうだった。

「そう、私の勘です。でも、音楽を通して他人の心を感じることは他の人よりも長けていると感じることがあります。だから、セレンさんに言いたいのは、復讐なんてろくなもんじゃないですよ。」

「槍さん。それ、復讐した人が言わないと説得力ないよ。」

槍さんは、少し俯いた。そうだよ。復讐なんてそこら辺の人が経験するようなものじゃないんだから。そんなことを思っていると、槍さんは決心を決めた様子で、僕に語り始めた。

「私、中学生の頃にいじめを受けていました。悪質なヤツです。スクールカーストって知ってますか。学校内の序列があって、気に食わない人はハブられたり、物を隠されたりしました。ひどい時は、お弁当ひっくり返されたり、お金盗まれたりトイレに閉じ込められたりしていました。ほら、私ってコミュ障で声も小さいし集団生活にとって面倒くさい人間なんですよね。だから、標的にされちゃって。でも、先生も見て見ぬふりをしていました。誰も助けてくれないし、学校に行きたくないなって。そこであると鍛えれなくなって、不登校になってずっとギターばかり家で弾いていたんです。そんな辛い3年間を過ごしました。それから、私をいじめていた人たちと、私のアルバイト先で出会いました。あ、ファミレスの方じゃなくて掛け持ちしている楽器店の方です。私は、彼女を見た時、「あっ」と思いました。だけど、彼女は私のことなんて一つも覚えていませんでした。私のことなんて見向きもせずに、店内を練り歩くばかりでした。私ばっかりヒヤヒヤしちゃって。その場は、それきりでしたけど、私の心臓は恐怖でいっぱいでした。また、私のことをいじめるんじゃないか、幸せな今の日常を壊されるんじゃないかと。それで怖くなって、3日くらい寝込みました。まあ、バンドのメンバーが介抱してくれて回復しましたけどー。あの時はしんどかったな。胃酸がすごく出たしな。まあそういう、発作的なものがあるんですよね。それくらい、青春のコンプレックスは私にとって大きいものなんです。」

槍さんは、お水を一口飲んだ。小動物のように水を啜っている。こんな、彼女が復讐なんてできるのだろうか。僕は疑問に思った。

「続けますね。そんな、ある日のことです。私をいじめていた一人が街中でサラリーマン風の男性とあっていたんですよ。楽しそうに腕組みなんてしちゃって。なんでしょうね、自分をいじめていた人が今どうなっているのか気になって、ついつい二人を尾行していました。カフェに行って楽しくおしゃべりでもするのかなって思っていたら、そんなおしゃれな所じゃなくてネオンが光るところに歩いていくんですよ。ホテルが立ち並ぶところにどんどん歩いていき、慣れた足取りでホテルに入って行きました。その後、40分くらいですかね。私はずっと彼女がホテルから出てくるのを待ったいました。今考えると、だいぶやばいヤツだなって自分を思います。でも、好奇心がそれを抑えられなかったんです。うー殺してくれ。」

槍さんは頭を抱えながらブツブツと呟き始めた。すると、横で剣崎が宥めて話を続けるように言った。

「あ、話逸れちゃいましたね。すみません。いつもの癖で。話に戻りますね。それからですね、出てきた彼女がサラリーマン風の男からお金をもらっていたんですよ。売春行為ー。今風にいうといわゆる、パパ活ってヤツですね。私はびっくりしました。本当にパパ活が行われている現場を確認したのは初めてでした。てっきり、ドラマの中だけのものかと思っていたんですよ。でも、それは目の前にあったんです。よく見ると、彼女の服やバックは高そうなものばかりでした。また違う日に、別の私をいじめていた人がいたんです。その人もパパ活をしていました。ある時なんてすごく芸術的な花束をもらっている人もいました。羨ましかったわけではないんですが、私をいじめていた事になんの罪の意識も感じず、ただ今も別の罪を重ねながら生きていて、しかも楽しそうに。そんな、人たちが許せなく感じました。どうしてこういう人には天誅が降らないのか。疑問に思いました。そう思ってから私は行動を始めました。今でも、その時の私はどうかしていたと思っています。私は、この罪を罰してやりたい。罪を犯した人間は、同等の罰を受けるべきだと思いました。それから、私は彼女たちがパパ活している事を写真や動画に納めました。半年くらいずっとですね。そういうことをしていくと、彼女たちの今のコミュニティも明らかになっていきました。ある人は、芸能事務所にも所属している人もいたし、彼氏がいる人もいた。また、ある人は看護師をやっている人もいたし、両親が政治家の人もいました。そんな人たちの職場や家族やコミュニティに私がとった真実という名の小石を匿名で投げつけました。すると、どうでしょうか。彼女たちは今の生活がたちまちできなくなり、職場をクビになったり、家族から罵られてりして行きました。最初にそれを見た時、私はせいせいしました。今まで自分を苦しめた人たちがどんどんどん底を見ていく様子がとても滑稽に見えて。復讐した甲斐があったな。そう思えていたんです。でも、なんなんでしょうね。だんだんと、その復讐したことが罪悪感に変わっていくんです。復讐した人の中には、交通事故で亡くなってしまった人がいます。自分とは、関係ないけれどどんどん人が不幸になっていく様子を見ているのがなんだか、恐怖するようになりました。あれほど復讐に固執していたのに。どうしてだろうって。ろくでなしな人たちがどうなろうと私には知ったことじゃないはずなのに。復讐した方が苦しめられるなんて。そう思っていくうちに私は気づいたんです。恩讐の此方で感じたのは達成感でしたが、彼方に私が辿り着いたのは罪悪感でしたー。罪を犯した人に復讐した時、その人もまた罪を握ることになるんです。罰を下していいのは、法というものだけなんだと思いました。もしかすると、人は罰というものの重さから法というものにその罪を肩代わりさせることで正義を振り翳すことができるのかもしれませんね。罪と罰が対義語なんてよく考えられていますよね。」

彼女が話を終えると、また小動物のように水を啜った。こんな人が復讐を犯していたなんて想像もできなかった。「復讐の先で何が待っているのかー。」その命題が、僕の頭を駆け巡っていた。


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