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Paris 24

 旅先の宿で酒を呷れば、自然と散歩に出たくなるものだ。歓楽街ではネオンの光線に非日常の刺激を求め、温泉街では風光明媚な里の奥の小さな街の夜の顔を、一目、いや二目拝もうと路地を縫う。ではガブリエル・ペリでは? 何ひとつ思いつかなかった。数々の旅を経てきたが、こんな旅先もなかなかないだろう。

 煙草を吸うために裏口へと出た。真っ暗闇の静けさに、所々で街灯がポツリポツリと灯っている。友人とヨナスと顔を見合わせた。酒に酔った男が三人集まればたいていの夜は楽しめるものだろう。しかしそこには、酒の勢いを借りても楽しむことの難しい何かがあった。いや、むしろそこには何もなかったのだ。同じ暗闇でも、それは酒に酔った男と女の駆け引きの舞台装置となるような暗闇ではなく、退屈と気の迷いから廃墟に肝試しに来てしまったときのそれのようだった。

 これはチキン・レースしかないだろうーー。行こう、と二人を促した。いったい何をしに行くんだ、とでも言いたそうな訝しげな表情が返ってくる。当然の反応だと思った。私自身、これから何をするのか分かっていなかったのだから。寂れた街の暗闇のスリルを味わうだけだ。今からすればそれは馬鹿げた判断だったが、酒の酔いが私に刺激を渇望させていた。

 職安通りを歩いてみて気づいたことがあった。人手がやけに多い。しかもそのほとんどが、ヒジャブをまとったムスリムの人々だ。ああ、そうだったかーー。何が起こっているのかを一瞬で理解することができた。季節はすでに5月の中旬を回っている。年に一月のラマダンの時期が始まっていた。

 これは正真正銘のチキン・レースになったな、と思った。その当時、欧州で何かが起きるのは決まってラマダン月だと言われていた。事実、その前年のラマダンにはロンドン・ブリッジでテロが発生し、10日ほど前にはパリのオペラ座近くで刃物によるテロが起きたばかりだった。そして何の因果か、私はその両方ともテロの舞台となってしまった街に居合わせていた。ラマダン月の私は、言うなれば歩く災厄だったのだ。

 ムスリムの人々に混ざって深夜の通りを練り歩いた私たちは、役所前のがらんとした広場へと行き着いた。近くでは、やんちゃそうな数人の若者のグループがいわゆるチル・アウトをしている。それを見ると、ヨナスが興味を示して、急に私にあることを尋ねた。

 「フランス語で『マリファナ買いたいんだけど持ってるか』って何て言うんだ?」

続く

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