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北村早樹子のたのしい喫茶店 第17回「本所吾妻橋 珈琲専門店デルコッファー」

文◎北村早樹子

 2週続いて個人的な色恋沙汰を綴ってしまうことを、まずはお許しいただきたい。
 少し前まで、わたしは浅草在住の60代の小説家とお付き合いしていた。いえ、在住というと少し語弊があるかもしれない。なぜなら彼は家ではなく、浅草の雷門のすぐ向かいにある自遊空間、要するにネットカフェで暮らしていたからだ。自分は小説を書くだけだから、家はいらない、パソコンと椅子があれば事足りる、というたいへんストイックな小説家で、著作はかなり売れているので稼ぎはきっとだいぶあるはずなのだが、頑なにネットカフェ在住を貫いておられた。その小説家との顛末は、荻窪邪宗門の回に詳しく書いているので、今回は端折らせていただきます。
 そんなこんなでわたしは少し前、よく浅草に通っていた。わたしはおでかけついでには喫茶店に寄らないと気が済まない人間なのだが、彼は別に喫茶店が特段好きな人ではないので、デートの前にひとりで喫茶店、というのがわたしの密かな楽しみだった。しかし当の浅草にはなんだか観光客狙いの喫茶店が多く、あまりわたしの好きなタイプの喫茶店がない。そんなあるとき、ぼんやりインスタグラムを見ていたら、とてもわたし好みの素敵な喫茶店の投稿が流れてきた。
 場所は本所吾妻橋。都営浅草線の駅だけど、浅草からも歩いて10分ほどらしい。これは行くっきゃない。わたしは少し足を伸ばして、浅草から本所吾妻橋を目指した。
 浅草駅から隅田川を渡って、首都高速を潜って浅草通りをしばらく歩くこと徒歩10分。本所吾妻橋駅のすぐそば。緑の庇にコーヒーカップの絵が描いてある。看板には「茶色い純喫茶 デルコッファー」。そっと扉を開けて入店すると、確かに全体的に茶色い。カウンターのバックは煉瓦造りになっているし、床や椅子も味わい深い茶色をしている。

 メニューを見て、何にしようかしばし悩む。食事はパン系がメインのご様子。ちょうどランチタイムで、週替わりランチというものがあった。今週は照り焼きチキンの和風ピザトースト。よし、それにしましょう。飲み物は決めてあった。少し寒くてもアイスコーヒー。
 しばらくして料理が運ばれてきた。アイスコーヒーは、そう! アデリアレトロのグラスに入ってやってきた! これを待っていた! アデリアレトロ、喫茶店好きの方はご存じの方も多いことでしょう。かつて昭和の家庭で使われていた、創業200年にもなる石塚硝子株式会社のグラスウェアを、リメイクして現代に復活しているシリーズの食器で、デザインがとにかくめちゃくちゃ可愛い。かくいうわたしも、三つほどおうちで愛用しているアデリアレトロのグラスを、このデルコッファーは使っておられるのだ。この日わたしのアイスコーヒーが入っていたのは、脚付きのラプソディーという名前のグラス(柄の名前もそれぞれ素敵)。ピザトーストが乗っているお皿も、ピンクのバラの絵付きでとても可愛い。食器が可愛いと、胸の奥がぽっとあったかくなる。

 まあるい小皿にはミニサラダ。そしてピザトーストはチキンにトマトまで乗っていて、甘辛い照り焼き味にマスタードがぴりりと利いていてとてもおいしい。わたしはナポリタンと同時にピザトーストもかなり好きなのだけど、照り焼きチキンが乗ったピザトーストははじめて食べた。チキンはちゃんとしっかりぷりぷりしていて(モモ肉かな?)、食べ応えがある。わたしの中の、おいしいピザトーストのひとつとしてランキングされた。
 また、ある日の週替わりランチはコロッケ風サンドイッチだった。コロッケ風って? どんなサンドイッチだろう。わくわくしながら注文し、到着しましたものは、サンドイッチまるごとをコロッケと見立てた斬新な一品だった。トーストしたパンに、マッシュされたおいもとひき肉が挟まっていて、上からケチャップがかけてあるのだ。ぱくっとひとくちいただけば、確かにトーストされたパンはコロッケの外の衣に食感が似ていて、中身の具はコロッケのまるめた具そのもの。食感と味が調和したそれは思わずコロッケを食べているのかと思い込んでしまうおいしさだった。

 デートの前に、デルコッファーでひとりでしっかりおいしいものを食べていたので、その後彼と会ってごはんを食べに行っても、わたしは既におなかも心も充たされていたので、あんまり箸が進まなかったのも事実。
 毎週毎週、こんな手の込んだオリジナルメニューを食べさせてくれる喫茶店が、近所にあったらいいのにな~。うちは残念ながら浅草からも本所吾妻橋からも小一時間かかる場所。ちなみにその後、件の60代小説家の彼とは別れた。これからはデートついでではなく、デルコッファー目的で本所吾妻橋に訪れようと思います。
 

今回のお店「本所吾妻橋 珈琲専門店デルコッファー」

■住所:東京都墨田区吾妻橋3―1―10ローヤルジュン1階 
■電話:03―3829―2070
■営業時間:月~金8時から17時 土日祝9時から17時 
■定休日:年中無休

撮影:じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。

■北村早樹子最新情報

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