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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[000]目次とあらすじ

安達智彦 著 


 目次
 【各章の第1話に移動するためのリンク】

第1章 西の海を渡る         全7節_22話
第2章 フヨの入り江のソグド商人   全9節_29話
第3章 羌族のドルジ         全7節_25話
第4章 カケルの取引相手、匈奴    全5節_17話
第5章 モンゴル高原         全9節_33話
第6章 北の鉄窯を巡る旅       全11節_35話
第7章 鉄剣作りに挑む        全6節_22話
第8章 風雲、急を告げる       全6節_21話
終章   別れのとき          全4節_13話

この物語は全部で217話からなります。
各話のタイトルの前においた数字の[001]~[217]は、全話の通し番号です。

【この物語の主な登場人物】
ナオト ∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 古代の日本列島の北、ヒダカの善知鳥うとう――陸奥湾西岸――で生まれ育った青年。日本海を渡ってフヨ国に至り、匈奴国を目指す
ハル ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ ナオトの幼馴染み。ヒダカの娘
カエデ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ ナオトと五つ違いの姉。ツガルの十三湊で舟長のカケルと暮らす
カケル ∙∙∙∙∙∙∙∙∙ カエデと暮らす象潟生まれの舟長。大陸と交易している
シタゴウ ∙∙∙∙∙ 幼い頃にカケルと知り合い、北の島のなお北にあるという大地を丸木舟でともに目指した友
オシト ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 漁に出たまま戻らなかったナオトの父。象潟の生まれ
ハヤテ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ フヨ国の海際の湊でカケルの交易を助けるヒダカの商人
ヨーゼフ ∙∙∙∙∙ アムール湾の入り江に住むバクトリア生まれのソグド商人
ダーリオ ∙∙∙∙ ヨーゼフの弟。中央アジア、モンゴル、フヨと旅し、日本海を渡った
ウリエル ∙∙∙∙∙ ヨーゼフの息子。匈奴の東に住む
セターレ ∙∙∙∙∙∙ アルマトイのソグド商人。昔、ヨーゼフ兄弟を助けた従弟
ドルジ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ ヘブライの経典を読むキョウ族の若者。ナオトにソグド語を教える
アーイ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ ソグド人が営む商人宿の娘。ドルジの許婚
エレグゼン ∙∙∙ ナオトが会った最初の匈奴。乗馬と遊牧民の暮らしを教える
ザヤ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 匈奴の娘、エレグゼンの従妹。ナオトを慕う
メナヒム ∙∙∙∙∙∙∙∙ ザヤの父、エレグゼンの伯父。匈奴・左賢王の守備隊長
バフティヤール ∙∙∙∙ ザヤの兄。メナヒムに従い、匈奴国巡回の旅をともにする
バトゥ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ メナヒムが信頼する古い戦友。匈奴国を他の四騎とともに巡る
匈奴の左賢王 ∙∙∙∙∙∙∙∙∙ メナヒムの部隊が守護する、匈奴東部を統括する王族
李陵リリョウ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ いまは匈奴に住む漢の元将軍。李廣将軍の孫
イシク ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ タンヌオラ山脈の北、トゥバに住む腕のいいニンシャ人鍛冶

第1章のはじめへ

この物語の主人公のナオトは、当時、ヒダカとして知られていた日本列島の北の十三湖を発ち、西の大陸のフヨの国に渡る。そこで商人たちが話すソグド語を学び、さらに西の匈奴の国を目指す。

【各章別のあらすじ】

「第1章  西の海を渡る」のあらすじ             第1章へ
 日本列島の北がまだヒダカと呼ばれていた頃、西暦でいえば紀元前92年、善知鳥うとうの海――いまの青森県陸奥むつ湾――の西岸にナオトという青年が母と二人で住んでいた。近くには一緒に育ったカジカがいて、また、幼馴染みのハルという娘の家がある。
 ひい爺さんが大切にしていたという、遠い昔から伝わるほのおが昇り立つような形をした土器が震えるほどに好きで、ムラの内では、土器を焼く仕事を選んで就いている。周辺の里でナオトは、真似のできないいい器を作る若者として知られていた。
 初夏のある日、ナオトは西の山を越えたツガルに広がる十三湖とさのうみ近くのみなとに姉のカエデを訪ねた。
 姉がともに暮らす義理の兄カケルは、双胴の舟カタマランを操って日本海――ヒダカの海――を渡り、大陸むこうのおかと交易している。この頃は、ヒダカのコメと交換に鉄を手に入れることが多い。
 その舟でナオトは海を越えることになった。海に出ればきっと使うからとカケルが、大陸のフヨという国のはがねだと言って小刀をくれた。それまで石製の利器しか見たことのないナオトにとって、初めて手にする鉄器だった。
 以後、ナオトは、その小刀をいつも手元に置くようになる。
 カケルは、いつかヒダカで鉄を作るという夢を持っている。
 十三湊とさみなとを発つ前に、義理の弟を連れて岩木山の麓まで、昔、鉄を作っていたと言い伝えられている鬼の棲み処を探しに出た。丈の高い草をかき分けて進んだ先が開けており、その灰色に汚れた地面の脇を流れる小川に生える水草の根はなぜか黒ずんでいた。
 
「第2章 フヨの入り江のソグド商人」のあらすじ      第2章へ
 およそ九日間の航海の末に、ようやく大陸が見えてきた。ナオトが夢にまで見た輝くようなおかだった。
 その頃の沿海地方を、ヒダカの舟人はフヨの陸と呼んだ。フヨの国では、時機を定めてバザールが立ち、各地から人が集まってくる。
 南北に長く、冬には凍るアムール湾岸の湊とその北にあるハンカ湖にもそうした市が立つ。シベリアから降ろす冷たい風に、手袋の中の指先が紫色に変わるような凍てつく季節がやってくる前にと、陽ざしを惜しむようにして南と西から商人が集まり、ヒツジの毛の叩き布フェルトや木でできた道具、鉄とフヨのはがねとその製品、穀類や乳製品などの食料を持ち寄っては交換し、また、金銀を介して売買取引している。
 そうした商人のうちに、西の彼方のペルシャからやって来てフヨの入り江に住むヨーゼフがいた。ナオトは、兄カケルの取引相手だというその老いたソグド商人から言葉を学び、また、北と西に広がる匈奴キョウド国や中央アジアの地理と人々の暮らし、それに、ヒダカでは見ることのないいろいろな動植物と物産について一から教わった。
 ある日、いつもの磯で腰を下ろして浜の動きを眺めていたとき、浜辺を馬で駆けるソグド人の娘を見た。幼馴染みのハルに似たその横顔を、ナオトは目で追った。
 
「第3章 キョウ族のドルジ」のあらすじ           第3章へ
 義兄のカケルがヒダカに戻る日、入り江の浜でナオトは大陸に残ると決める。
 火焔かえんのような形をした器とそれを作る陶工が見つかるかもしれないと、入り江の商人ヨーゼフの伝手つてで西の川沿いにある窯場を訪ねた。
 窯元の老人から、そういう形の器はフヨでもハンの国でも見たことがないと聞かされたナオトは、フヨの入り江に戻り、ヨーゼフのために働くドルジという名のキョウ族の若者と親しく話をするようになる。
 漢の海際の山東半島に生まれ、幼い頃にフヨの地まで一家で逃げてきたというドルジは他のフヨ人とは顔かたちが異なり、ソグド語と匈奴の言葉を話す。
 一族に伝わるタナハという巻物を持つドルジは、自らをアブラムの子と呼ぶイスラエルという氏族の末裔だという。ナオトは混乱した。ドルジは羌族なのだろうか。それともイスラエル人か?
「吾れにもよくわからないが、羌族に混じって生きるイスラエル人だと生前に祖父が言っていた」と、笑いながらドルジが応えた。
 ドルジは、漢という国の事情や昔あった大きな戦さのこと、フヨの都の造りとその西にあるヒンガン山脈にいる父母のこと、ウマやロバなどの生き物のこと、そして、遊牧民の暮らしぶりについて話してくれた。
 戦さどころか、人が人を殺すなど聞いたことすらないヒダカびとのナオトにとって、ドルジの話はどれも、ヨーゼフの話と同じように、初めて聞くことばかりだった。
 嵐が去った後の浜でドルジが吹いてくれた羌族の笛の音もまた、初めて耳にするものだった。
 
「第4章 カケルの取引相手、匈奴 」のあらすじ       第4章へ
 カケルが海を越えて西の大陸に運ぶのは、十三湖の周囲の水田みづたれる籾米コメだった。それを、漢との戦争のために物資を集めている匈奴に売りさばこうとしている。ヨーゼフとその下で働く者たちの協力を得て、フヨのおかに在ってカケルを助けるハヤテが繋ぎを付けたのだった。
 漢の北に位置し、物資の流入を漢に妨げられている匈奴国は、東方にあって、同じく漢と対立するフヨ国の王と手を結んで輜重の騎兵隊を常駐させ、馬と荷車の車輪を替えるためにとフヨ国内に数多くの駅を置いていた。
 匈奴との取引は、カケルが舟を着けるアムール湾内の入り江の北にあるハンカ湖という大きな湖の西岸で行う。その地を目指して、南北に長い湾内を荷を乗せた小舟が帆走した。
 カケルが、武装した恐ろしい顔つきの匈奴との取引を無事に終えた日、ナオトはそこで別れて、西にあるモンゴル高原を目指すと決めた。そこは匈奴の国だった。
 なぜだとみなが息を吞む。どうしても一度見てみたいと言い張るナオトをカケルは引き止め、しかし、それまで幾日も側で働くナオトを入り江の浜で見てきたハヤテが後押しした。
 匈奴言葉の通詞として居合わせたドルジは、馬にも乗らず、未知のフヨの原を己の足で駆けていくというナオトに、そこここに潜む危険について教えた。 
 
「第5章 モンゴル高原」のあらすじ            第5章へ
 一月かけてフヨの原を渉り、ヒンガンの山々を越えたナオトは、地面から溢れ出た水が豊かな緑の草原を覆っているように見える大きな湖の西に佇んでいた。
 疎らな林の梢の上をトンビが円を描いて飛んでいる。見上げるナオトの前に、白い犬に先導されて、馬に乗った二人の男が現れた。匈奴の騎兵だった。
 捕らえられたナオトは、若い方の騎兵についてくるようにと命じられ、丘を越えた先にある屯所まで走った。並び立つゲルの一つに入り、身振り手振りで尋問を受ける。
 その者は、ペルシャのものだという短剣を革帯に挟んでいた。ソグド語はペルシャ語に近いとフヨの入り江でヨーゼフから教えられていたナオトは、ペルシャという音に応じて、試みに、ダリャーと覚えたてのソグドの言葉を発した。通じた。二人の間に会話が芽生える。
 幼い時に父を亡くしたその若い匈奴がエレグゼンというイスラエル人の名を持つと、ナオトは後に知る。
 匈奴がヒダカの者を見ることなどない。危害はないとわかるとナオトは、匈奴国の東の牧地に客人として留め置かれることになった。
 敵から身を隠すようにして渉ってきたフヨの原では、食はままならなかった。ずいぶん瘦せたナオトを気遣って、エレグゼンの従妹のザヤという娘がヤギやヒツジの乳から作った品を運んでくれた。
 ザヤは、ナオトが見た初めての匈奴の娘だった。その立ち姿はしかし、どことはなしに、ヒダカの浜でカケルと暮らす姉のカエデに似ていた。
 乗馬をエレグゼンに教わり、ヒダカで倣い覚えたやり方で木炭を焼くなどして短い秋を過ごしたナオトは、いよいよ、大陸に渡って初めての厳しい冬を迎える。
 
「第6章 北の鉄窯を巡る旅」のあらすじ          第6章へ
 年が明け、霜も解けた早春。エレグゼンの伯父のメナヒムは、匈奴の左賢王――王である単于ゼンウの弟――から匈奴国巡回を命じられた。
 まず北のバイカル湖に行き、そこから西のトゥバに転じて、アルタイ山脈の東麓を回って戻る。はがね作り再現の噂を確かめ、トゥバとハカスで産する黄金を運び出す経路をあらためるのが目的だった。
 左賢王の信頼が厚いとはいえ、守備隊長であるメナヒムは鉄作りについては何も知らない。エレグゼンの勧めを受け入れて、物作りを知り、馬を乗りこなすようになったナオトを同行させると決めた。
 南の敵国ハンにも、西の烏孫ウソンにも、匈奴が鉄や鋼を作りはじめたと知られるわけにはいかない。目立たないようにと、わずか五騎での隠密行だった。
 一行は、モンゴル高原の辺縁をおよそ一月かけて西回りに旅し、途中、タンヌオラ山脈の北にあって金を産するトゥバに立ち寄った。メナヒムがその地で育ったことを、ナオト以外のみなが知っている。
 この旅でナオトは、フヨの地にいたときに見逃した鉄作りの現場を、窯の作りから火の入れ方、それに、叩いて鍛える鋼の作り方まで間近で見ることができた。
 タンヌオラの山中、エレグゼンが初めて父の墓前で頭を垂れた後に、アルタイ山脈の東麓を南に下った一行は二手に分かれた。
 その後、エレグゼンとナオトは南の沙漠の北の縁に位置するオアシスの国ハミルに向かった。敵の追っ手の目をくらまそうというエレグゼンの計略だった。
 ハミルのバザールでナオトは、鉄を焼くのに使おうと様々なものを買い込んだ。二人はその後、新たに求めたラクダの背に荷を載せて沙漠ゴビを東に向かった。
 
「第7章 鉄剣作りに挑む」のあらすじ           第7章へ
 モンゴル高原の東端の牧地まで無事に辿り着いたナオトは、早速、エレグゼンの助けを得て、己の目で見てきたやり方に創意を交えて鉄を焼いた。
 鉄のようなものは確かにできた。しかし、それを叩いて鋼にしようと試みても、いつも手元に置いているフヨの鋼の小刀のような形にはならなかった。それに、何といっても十分な道具類がない。
 ならばと、メナヒムと相談して、トゥバにいる物作りが得意なニンシャ人の集団を匈奴に招こうとなった。
 もとはペルシャからはるばる漢の黄河上流のニンシャに移ってきて、しかしその後、強まる漢帝の支配を嫌って北の地に逃がれた人たちだった。それは、かつてメナヒムが属していた、自らをアブラムの子と呼ぶイスラエル人の集団だった。
 トゥバから招かれてやって来たニンシャの職人は十数人に及ぶ。それぞれの持ち場で、タタールの技というテュルク人の間に昔から伝わるやり方で砂鉄を焼き、鋼を鍛えている。
 もとはと言えば自らの手で構えを作ったその窯場で、ナオトは、ニンシャの職人たちを束ねるイシク親方を手伝いながら、鉄作りを自らのものとしていく。
 
「第8章 風雲、急を告げる」のあらすじ                                  第8章へ
 晩春、五月。全匈奴が夏の牧地へと移動する隙を突いて、漢の大軍団が沙漠ゴビと東ボグド山とを越え、匈奴国に攻め入った。左賢王を中心とする匈奴の騎馬兵団がオンギン川でこれを迎え撃った。
 漢兵が匈奴河とよぶこの川を挟んだ攻防戦において匈奴は、メナヒムの著しい戦功もあって、漢軍を退けた。
 この戦さの間にナオトは、前の年からずっと取り組んできた剣を完成させた。それは、漢兵が持つものに比べて短く、細身ながら、振り下ろすとしなるような手ごたえのある剣だった。
 遁走し沙漠に潜む漢の大将軍が見つかったという報が烽火のろしにて寄せられた。敗れて散らばる軍勢を拾ってまとめながら、南の居延キョエン城に向けて走っているという。
 左賢王はメナヒムを追捕の主将に抜擢し、逃げる漢の大部隊を追わせた。
 エレグゼンはこの追撃戦で、背に負うナオトの剣をはじめて抜いた。
 
「終章 別れのとき 」のあらすじ                                  終章へ
 鉄を作るためのタタールの技を身に付け、これまでにないような鋭い切れ味をもつ鋼の剣をものにしたナオトの口から、匈奴の鋼作りがハン烏孫ウソンに漏れる恐れがある。生かしておくわけにはいかないと匈奴のうちで決したとき、気配を察したナオトはモンゴルの地を去り、さらに西を目指すと決めた。エレグゼンがそれを助けた。
 別れの朝、ザヤは、ただ一騎草原を行くナオトの背を見送った。

第1章のはじめへ

第2章のはじめへ

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第4章のはじめへ

第5章のはじめへ

第6章のはじめへ

第7章のはじめへ

第8章のはじめへ

終章のはじめへ


この物語の中で、紀元前92年当時の日本列島の北部(および東部)をヒダカと呼んでいるのは、田中英道先生のご著書中の日高見国にならったものです。