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抄録1『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』 第1~第3章

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全217話からなる長編『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』の第1~第3章のうち、これは是非にという話を選び、抄録にしてみました。【000】は全編の目次とあらすじ、【001】~【0…
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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[000]目次とあらすじ

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[000]目次とあらすじ

安達智彦 著 

 目次 【各章の第1話に移動するためのリンク】

第1章 西の海を渡る        全7節_22話
第2章 フヨの入り江のソグド商人  全9節_29話
第3章 羌族のドルジ        全7節_25話
第4章 カケルの取引相手、匈奴   全5節_17話
第5章 モンゴル高原        全9節_33話
第6章 北の鉄窯を巡る旅      全11節_35話
第7章

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[001]     第1章 西の海を渡る       

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[001] 第1章 西の海を渡る       

                          安達智彦 著 

【この章の主な登場人物】
ナオト ∙∙∙∙∙∙∙∙∙ 日本列島の北のヒダカ、陸奥湾西岸で生まれ育った青年。日本海を渡ってフヨ国に至り、匈奴国を目指す
カジカ ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ ナオトとともにヒダカの善知鳥の浜の青年
ハル ∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙∙ ナオトの幼馴染み。ヒダカの娘
カエデ ∙∙∙∙∙∙∙∙ ナオトと五つ違いの

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[004]十三湊へ 

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[004]十三湊へ 

第1章 西の海を渡る 
第2節 突然の旅立ち

[004] ■1話 十三湊へ              【BC92年5月15日】
 強い南風が吹いて夏が近いと告げる朝、ナオトは少し早く起き出して母に声を掛け、十三湊まで急いだ。前から母に頼まれていたのを思い出し、一度、姉のカエデが嫁いだ先を訪ねてみようというのだ。
 ナオトは、長い髪を丸めて頭の上で結っている。麻布で作った尻が隠れるほどの長さの衣を

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[005]ハルの思い出

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[005]ハルの思い出

第1章 西の海を渡る 
第2節 突然の旅立ち

[005] ■2話 水田とハルの思い出
 この物語の初めの舞台である十三湊や十三湖の位置と大きさは、現在の同名の地形、あるいは、これまでに発掘された遺跡が示すものとは多少異なっている。
 また、水田で作る籾殻付きの米をこの物語ではコメと表現する。脱穀してまだ糠が付いたままの玄米をコメと記すこともある。 
 もとより、稲穂から摘み取ったばかりのコメは、

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[006]姉のカエデを訪れる

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[006]姉のカエデを訪れる

第1章 西の海を渡る 
第2節 突然の旅立ち

[006] ■3話 姉のカエデを訪れる
 十三湊の浜から少し上る。
 ナオトの村では見ることのない板戸をどうにか引き開けて呼ばわった。
「カエデ姉い……!」
「あれーっ、ナオト……?」 
 問うような声が奥の方でして、草履で土間を摺る足音が近づいてきた。 
 すっかり大人になった弟の突然の訪問に少し戸惑った姉だが、すぐに懐かしさがこみ上げ、両手を広げ

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[008]カケルが生まれた象潟と黒泥の交易

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[008]カケルが生まれた象潟と黒泥の交易

第1章 西の海を渡る 
第3節 カケル

[008] ■2話 カケルが生まれた象潟と黒泥の交易
 鳥見山――いまの鳥海山――は、西の海の沖合いからでもよく見える高い山だ。
 大昔から、舟乗りはこれを大事な山当てとしてきた。西の海を陸に沿って南北に行き来するとき、鳥見山は欠くことのできない目印の一つだった。その目印に命を救われることもある。勢い、舟人はこの山を信仰の対象にした。
 出羽の地は、いまで

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[010]渡を後に、利尻島の沖へ

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[010]渡を後に、利尻島の沖へ

第1章 西の海を渡る 
第4節 三つの海境

[010] ■2話 渡を後に、利尻島の沖へ
 いつも通りに西側から大きく回り込んで、日の沈む頃に北の島――北海道――に着いた。いつもならば、二人の航海はひとまずそこで終わる。一晩休んで荷を集め、南に戻る。
 しかし、このたびは違った。渡の舟寄せの杭に舟を舫うと、十三湊で尋ねたのと同じことを聞いて回った。ようやく納得すると、明日は早いと、すぐに舟宿で休ん

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[011]北限の海に昇る陽

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[011]北限の海に昇る陽

第1章 西の海を渡る 
第4節 三つの海境

[011] ■3話 北限の海に昇る陽
 翌朝、カケルは昇る日と競うようにして起きた。
 ――急がないと明けてしまう。
 ぐずるシタゴウをどうにか起こし、舟を改めた後で、足元を確かめながら岸に沿って北に進み、東の森へと分け入った。
 登った小山を下り掛けたとき、海が見えた。日は、東の彼方、大きな海原から昇ってきた。
「おおっ!」
 二人は、思わず抱き合っ

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[013]カケルの航法

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[013]カケルの航法

第1章 西の海を渡る 
第5節 双胴の舟

[013] ■1話 カケルの航法
 カケルは潮と風とを巧みに利用して西の海を渡る。それは、他人にはなかなか真似のできない航法だった。
 幼いときに父の仕事を手伝いはじめて以来、父の知り合いの浜の古老の話をよく聞き、時折り漂着する大陸人とも身振り手振りで気軽に交流して聞き取った話の端々を組み立てて、独自に編み出したものだ。
 それに、陸乗りの舟人ならば一生

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[017]ナオト、カケルと会う

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[017]ナオト、カケルと会う

第1章 西の海を渡る 
第6節 岩木山の鬼

[017] ■1話 ナオト、カケルと会う
 ナオトが善知鳥の里を発ち、十三湊で姉に再会した日の暮れ近く。
 深浦の先の岬を回って南に進んだナオトは、高台に立ち、夕日が水平線に沈むのを見届けた。
 途中の岩場で立ち止まって海の方に目を遣ると、ちょうど、二艘の丸木舟を横に並べて繋いだように見える舟が沖合いからゆっくりと深浦の入り江に向かっていた。夕闇が迫る

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[018]海を渡りたいと頼むナオト

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[018]海を渡りたいと頼むナオト

第1章 西の海を渡る 
第6節 岩木山の鬼

[018] ■2話 海を渡りたいと頼むナオト
 その夕べ、問わず語りに、大陸に渡るときの舟の上の様子をカケルが話した。カエデにとっても初めて聞く話ばかりだった。夜、無理にも休もうと、潮に濡れた身体を拭って、舟の暗い小屋の中に横たわるときが一番つらいと言って、ちらっとカエデを見た。
 ナオトは目を輝かして聞いていた。西の海を渡る長く苦しい航海の後に、「入

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[020]十三湊を発つ

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[020]十三湊を発つ

第1章 西の海を渡る 
第7節 船出

[020] ■1話 十三湊を発つ         【紀元前92年5月下旬】
 舟を出す、出さないを、カケルは星、日、雲、波、潮などを目安に決める。外海がうねり、水戸の砂洲を越えて波が寄せてくるようなときには、どれほど日が照っていようともカケルは決して舟を出さない。
 浜の者たちは、鳥や蝉の鳴く声を聴いて、雨は上がると知る。それと同じようにしてカケルは、十三湖

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[021]浜に集まる人々

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[021]浜に集まる人々

第1章 西の海を渡る 
第7節 船出

[021] ■2話 浜に集まる人々
 集まって来ていた浜人や女たちに向かってか、己に向けてか、舟子たちが声を上げる。
「よぉーっし!」
 男たちが鎮まるのを待って、カケルが大きな声で「押すぞー!」
 と、舟出を告げた。
 ナオトを入れた舟子十二人が左右に分かれ、カケルの「えーんやーっ」の声に合わせて舟を浜から一気に「せーいっ」と押し出した。舟の底が砂地に敷い

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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[022]舟の進む向きを変える

『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[022]舟の進む向きを変える

第1章 西の海を渡る 
第7節 船出

[022] ■3話 舟の進む向きを変える
 六日目の朝。日は指三本分だけ昇っている。なおも帆走を続け、ときおり西に向けて力を合わせて漕ぐ。これをしばらく繰り返した。
 日が中天を過ぎた頃、潮の色と日の位置とを見比べ、風向きをしきりに気にしていたカケルが、大きな白波はないと確かめた後で、
「えーんやーっ」
 と、声を掛けた。気配から察していた舟子たちが、
「せ

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