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2022年ベストアルバム〈国内ヒップホップ/ラップ編〉

かつてないほどの規模で国内のヒップホップ/ラップシーンは巨大化している。実際、これまで特に音楽の話をしたわけでもなかった友人から「日本語ラップ」にハマり始めたと言われたり、今年から行き始めたクラブの現場でも「日本語ラップのこれから」的な話題を持ちかけられることがたびたびあった。そして、規模だけでなくシーンに放たれる作品の質も量も“爆発的”なものであるらしい。

「らしい」と書くのは、自分がこの「日本語ラップ」を積極的に追い始めたのは今年のことにすぎないからだ。具体的に言うと、今年の3月リリースのAwich『Queendom』以降である。この作品を聴き終えたとき、僕は迷わず3月14日の単独武道館ライブのチケットを購入した。これは必ずこの目に焼き付けなければならない。そう直感した。

ブルーハーツにのめり込むことで音楽を聴き始め、ロックバンド以外一切受け付けないような保守的な音楽の聴き方を数年前まで長らく続けてきた自分にとって、いくつかの例外を除いて、ラップという表現は全く馴染みのないものであった。しかし、マック・ミラーの遺作『Circles』(2020)によってラップ・ミュージックへの“苦手意識”のようなものが洗い流され、そこから徐々にケンドリック・ラマー、アール・スウェットシャツ、ラン・ザ・ジュエルズ、タイラー・ザ・クリエイターなどのUSヒップホップを好んで聴くようになり、今年はリル・ウージー・ヴァートやプレイボーイ・カーティもよく聴いた。しかし、「日本語ラップ」については、曲単位でかっこいいと感じることはあったとしても、依然として遠くにあるもののように感じていた。自分の周りに“ヘッズ”がいなかった(いや、実はいたのだが)ことも大きいだろうが、やはり心のどこかで色眼鏡で見ていたのかもしれない。

 40年近くにも及ぶ豊かな「日本語ラップ」という文化と歴史について、自分はあまりに無知すぎる。それでも今年は国内の作品にもそれなりに接してきたつもりだ。そして、このあまりに”速すぎる”と感じざるを得ない状況では特に、今が今であるうちに記録しておくことは重大であると信じている。

そこで今回は今年発表された国内のヒップホップ/ラップ作品のうち、特に”くらった”アルバム、EP、ミックステープから25作品を、個人的な趣味や思い入れを重視して選出し、順位付けをした上でそれぞれにコメントを付した。掲載作品をまとめたプレイリストも記事末尾に載せた。

このジャンルにおいては入門したての若輩者だが、そのぶん愛と敬意をもって記録を残したい。


25.Dos Monos『だんでぃどん』

※フルでの配信なし。

24.野崎りこん『We Are Alive』

23.PUNPEE『Return of The Sofakingdom』

22.Kamui『YC2.5』

21.JUBEE『Explode』

Dos Monosは「日本語ラップ」に馴染みのなかった自分でも2年前から愛聴していた。Dos Monosのリスナーにはそういう人が自分以外にも多いのではないかと思う。つまり「日本語ラップ」の地図で見たとき、彼らの存在は主流ではない(良し悪しの話ではない)。もちろん「東京のオルタナティヴを担う」と自称する以上、それは周知の事実だったのかもしれないが、ある程度俯瞰的にシーンを眺めようとしたことでようやく自分にはその真意が分かるようになった。つまり、Dos Monosという存在がある意味自分の中で”正しく”相対化されたのだ。これは個人史的には大きな出来事だったし、同時に少なからず疑問も出てきた。しかし、アルバムとしてはCD限定でリリースされた『だんでぃどん』は、まぎれもなく「カッコよさの定義を揺さぶ」っている。フィーチャーされているのは言わずと知れた小説家・筒井康隆で、とにかくその声の渋さがカッコよすぎる。それは思わず「ズルい!」と言いたくなってしまうほどである。もちろんビートもラップも的確にツボをついてくるような魅力(特にM16「DOG EATS GOD」のTaiTan!)に満ち満ちている。M6「CLARINET 1」、M9「QUICKSTEP」、M10「GO HOME」、M14「POPS」などにおけるサンプリングの嵐(?)は笑ってしまうほど強烈で、とにかくまるで聴いたことがないようなサウンドが詰まっている。にしても筒井康隆の声が良すぎる。2022年秋には、もともと交流のあったロンドンの怪物バンドblack midiとのヨーロッパツアーを成功させた彼らだが、ポエトリー・リーディング的なボーカルも多いロンドンの現在の潮流に位置づけられる作品(なので配信して欲しいが、確かにちょっと難しそう!)とも言えるかもしれない。
 次に置いたのは”ネット・ラップ界の異端児”ともいわれる野崎りこんの〈夏〉をテーマにしたというEPだ。正直「ネット・ラップ」も「ニコニコ動画」も、僕にとってあまりに未知すぎる領域なので、そのラベリングそのものには全くピンとくるものがない。それとは関係なく良いから聴いていただけである。例えば、M4「「We Are Alive」CM SPOT」のようなギミックが違和感なく施されているのが特に新鮮だった。そういったコンセプトアルバム的な魅力もあり、するっと飲めるけどしばらく味が自分の中に居残るような、清涼飲料水的な作品だった。Kamui『YC2.5』も日本特有の空気感をキャプチャしたような作品だったと思う。とにかくサウンドが先鋭的で洗練されたM6「BAD Feeling」のような曲から、鋭いラップの快楽にあふれたM9「KANDEN」やM11「Tesla X」なども素晴らしい。後半は割に直球なセンチメンタルを感じさせる瞬間もあるが、このエモーションは表現されるべくして表出したものだろう。Creative Drug Store所属のJUBEEは、今年閉店した渋谷のクラブContactで見た。その際曲間で「ヒップホップでもロックでもないミクスチャー」と宣言していたのが印象的だった。今作『Explode』は、その発言の意味を理解するのに十分な作品である。”アジカン”の再解釈がこのようなかたちで進んでいるのも非常に馴染みやすかった。PUNPEEの12月リリースのEP『Return of The Sofakingdom』は、単純にすごい!めっちゃいい!と思わされた作品で、かなりリピートした。あまりプロモーションに力が入っているようには見えなかったし、リリース時期も形式もあって、習作のような位置づけにも見えていたが、だとしたらこのクオリティの高さはなんなのか…。

20.Skaai『BEANIE』

19.Osteoleuco『いっそ死のうか、いや創ろう。』

18.MFS『style』

17.MIYACHI『CROW』

16.¥ellow Bucks『Ride 4 Life』

アメリカ生まれで大分出身のラッパーSkaai(スカイ)のデビューEP『BEANIE』は、タイラー・ザ・クリエイターからの影響も色濃く感じさせる、短い尺ながらも挑戦的で多彩な作品である。渋谷WWWXでのワンマンライブはチケットが全く手に入らなかった。すでに人気と実力は抜群だ。Daichi Yamamoto(今年の客演すべてがホームランでやばい)を迎えたM6「FLOATING EYES」が特にお気に入り。多彩な作品という点では、曽我部恵一の主宰するレーベルにも所属するKeisuke Saitoと現役サーファーでもあるShimon HoshinoからなるデュオOsteoleuco(オステオロイコ)の2ndアルバム『いっそ死のうか、いや創ろう。』も、バラエティ豊かな音が楽しめる作品である。不思議と統一感を感じるのは各楽曲のコード感によるものでもあるが、どことなくハッピーなヴァイブスが終始漂うこの作風も大きな要素だろう。今年良作をリリースしたシカゴのR&Bシンガー・KAINAが日本語で歌う「永イ夜ノムコウニ」がとりわけ白眉だ。
 また、2022年日本発のアーティストとしては前例のない※「Spotifyバイラルチャートでのグローバル1位」という快挙を成し遂げた東京出身のMFSによる『style』、NY出身のMIYACHIによる『CROW』、岐阜出身で名古屋を拠点とする¥ellow Bucksによる『Ride 4 Life』の3作品は、日本語と英語の響かせ方が面白かった。MFSは、マンブルラップを経由したような、英語と日本語の境界が分からなくなる響きが独特だった。MIYACHIは本場のブルックリン・ドリルのビートを日英織り交ぜて縦横無尽に乗りこなす凄まじさを持ちながら、どこかコミカルなキャラクターが絶妙。国会議事堂を背後にしたジャケも政治への意識を打ち出していて良い。次は本当に都知事選に立候補して都政を掌握し、そのまま国政へ繰り出して内閣総理大臣になるのもいいだろう。一方¥ellow Bucksはここまでやるか!というほどの西海岸どっぷりなサウンドで、そこに極めて自然なかたちで日本語を乗せている。渋いラップのカッコよさを余すことなく堪能できる作品だ。

※追記:松原みき「真夜中のドア〜stay with me」の前例があるとのご指摘を頂きました。(2023/1/2)
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/29093

15.V.A.『Monday Beat Cypher Mixtape (vol.1)』

14.C.O.S.A.『Cool Kids』

13.Oll Korrect『UNITY』

12.MÖSHI『BABEL』

11.般若『笑い死に』

驚異的な更新量の音楽ブログ「にんじゃりGang Bang」を運営するアボかど氏とTwitterのスペースで話した際、「日本語ラップ」という呼称そのものの話になった。初歩的な話だが、「ヒップホップ」と「ラップ」が指し示すものは異なる。本記事のタイトルでも「ヒップホップ」と掲げる以上は、ビートメイカーによるヒップホップ作品も取り上げるべきだろう。というわけで氏のブログで紹介されていて、今年僕が比較的よく聴いた作品、”DJ兼プロデューサーのKMが創案したビートコンテスト、「Roland presents KM BEAT CYPHER 2021 supported by OTAIRECORD」の参加楽曲をまとめたコンピレーション”を推したい。コンテストの優勝作品は2曲目のJoshunend「Stay in my eyes,Forever」で、僕のお気に入りは9曲目Feline Teck「Graduation」だ。当然ながら全曲作家が違うのだが、アルバムとして通しで聴く上で何の問題もなく、作業中によく流していた作品だった。他にもビートメイカーによるアルバムは良作が多く出ており、その点についてはアボかど氏のブログを参照されたい。
 愛知県知立市出身のC.O.S.A.による単独名義では2作目となる『Cool Kids』は、聴き取りやすくパワフルで豪快なラップが聴ける重厚な作品であった。国内と海外のビートメイカーがどちらも参加し、それらのビートも分厚さを補強している。1月にリリースされた本作は、その重さ故しばらく聴かないままになってしまっていたが、再び冬に入るとやけに染みる。東京都中野区のheavysickZEROを拠点に活動するコレクティブOll Korrectの2ndアルバム『UNITY』も、ブーンバップマナーに則ったクールさをもった、ハートフルな作品だった。今年から渋谷へ行くときは代々木公園から宇田川町を通って歩いているのだが、まさにそんなときに聴きたくなるアルバムだった。特に今年一度ライブも見たJ’Da Skitの声とフロウがお気に入り。一方ニューヨーク在住のミュージシャンでファッションデザイナーでもあるMÖSHIのデビューアルバム『BABEL』は多岐にわたるサウンドをヒップホップのフォーマットに落とし込んだ力作である。主にインダストリアルな質感が目立つが、ドリルやインディーポップを思わせる瞬間もある。低めの声で這うようなラップも渋くてとても良い。それでいてASOBOiSMkiki vivi lilyを客演に招くしなやかさも兼ね備えている。どことなく全貌が見えにくいながらも確かな魅力に満ちた、不思議な作品だと感じた。
 年の瀬まで見逃してしまっていたのが般若による13thアルバム『笑い死に』だ。ミュージック・マガジン2020年10月号「特集甲本ヒロトと真島昌利の35年」で、般若は「ヒロトとマーシー・私の3曲」というコーナーにて、ブルーハーツの「街」、「1000のバイオリン」、「TOO MUCH PAIN」の3曲を挙げ、強力に心を揺さぶる名文を寄稿している。ブルーハーツについての「熱い語り」は、正直そのほとんどが表層的で聴くに値しないものだが、般若のそれは違った。本作の9曲目「じんせいさいこおお」は邦楽史に残るあの名曲を引用したビートに、リリックはどこか「日曜日よりの使者」を思わせる。そう、本作はタイトルからしてなんとなくハイロウズ的で、ブルーハーツからの影響をハイロウズ的なユーモアで昇華しているような作風になっているのだ。だから僕はこの作品を心から信頼できる。

ーTOP10の前に
良かった曲10選のコーナーですー

ここに挙げた曲もプレイリストに入れてます。

STUTS「Expression (feat.Daichi Yamamoto,Campanella,ゆるふわギャング,北里彰久,SANTAWORLDVIEW,仙人掌,鎮座DOPENESS)」

壮大なマイクリレー。全てのヴァースと全体の流れ、STUTSのビートの全部が良い。

doooo「閻魔 (feat. 鎮座DOPENESS & BIM)」

僕は鎮座DOPENESSが好きすぎます。

PanDeMiCs「Welcome To PanDeMiCs」

福島出身の3MCクルー。ハードなドリル、めっちゃカッコいい。

Kojoe,Bohemia Lynch「Trouble」

もし僕がラッパーでこんなビートが送られてきたら引退しちゃうかも。ってつぶやいたらBohemia Lynchさんが「i'm a nightmare for rappers」って返信してくれました。恐ろしい曲だよ。

凌平「Vice」

緩急の付け方が狂うほどカッコいい。PayPay。あと音が超良い。それもそのはず、アジカンのGotchが関わってるとか。

舐達麻「BLUE IN BEATS」

インタビュー含め本当にカッコいい。アルバムも出すと言っているので楽しみ。今年CD全部買った。

Yohji Igarashi「Love Myself feat. kZm & Cony Plankton」

これはとても好きなシューゲイズだった。kZm『Pure 1000%』の布石だった?

BAKU「PLAYER ft. Daichi Yamamoto, Shing02」

さっきも言ったけどとにかくDaichi Yamamotoの存在感がすごかった。アルバム出たのは2021年だけど、2022年もなんかずっとすごかったです。Shing02も最高。『緑黄色人種』の配信解禁は20220222でしたね。

guca owl「DIFFICULT」

やべー。極上のリリシストすぎてラップの曲を聴いているという気分とは別の、別の何かを摂取しているかのような気分に。

柴田聡子「雑感」

柴田聡子がこの枠に入っているのはなぜか?それはラッパー顔負けのパンチラインを多数繰り出したからです。それに、印象的なギターのフレーズのループに流れるようなフロウ、同じ言葉をほとんど繰り返さないストイックさ…。これはヒップホップの枠に入れてみても良いんじゃないかなと思います。

☆良かった曲10選のコーナーおわり☆


10.Contakeit『WILLMA』

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名古屋を拠点に活動するラッパーの1stアルバム。ビートが多彩で聴き飽きないというと単純すぎるだろうか。トラップひとつとっても一筋縄ではいかない工夫が随所に施されているし、一曲ごとにビートもラップのスタイルもだいぶ違うのだ。同じく名古屋を拠点としたNEIを客演に迎えた「GET BACK」はチップマンクソウルのビートに歯切れの良いフロウで言葉を乗せているし、やや不穏な「DEBTA」ではミニマルなビートの隙間を縫うようにしてラップしている。続く「RAINBOW」はポップな魅力もあり、聴いていて非常に心地よい流れがこの3曲に限らず全体に保たれている。

9.Watson『FR FR』

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徳島県の小松島市出身で突然シーンに現れた、今最もセンセーショナルなラッパーで、間違いなく今年の顔であるWatsonによるミックステープ。と、言っても最初に書いた通り、今年から「日本語ラップ」を聴き始めたような自分にとっては全てが突然でセンセーショナルだったのだが、それでもやはり彼の魅力は「reoccurring dream」のMVを見るだけですぐに伝わってきた。このMVと螺旋でのWatsonを見せた知人はもれなく全員くらっていた。メロウなビートに乗る日本語は強烈に輪郭がくっきりしていて、とにかく耳から離れない。言葉の力が凄まじい。

8.Catarrh Nisin『Co-op』

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兵庫県神戸市を拠点とするラッパー、ビートメイカーのカタルナイシンによる3rdアルバム。グライム、ドリルといったビートの数々はUKの色合いを強く感じさせる。とにかく早口で鋭利なラップが印象的で、客演の面々もそれにつられてなのか、もともとそうなのか、全員速い。リリックは他のラッパーに対してもかなり挑戦的だ。Nワードへの無理解やホモフォビアを糾弾する内容のリリックも見逃せない。

7.Tohji『t-mix』

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「Super Ocean Man」は今年最も衝撃的な曲のひとつだった。夏の清涼感と平成のゲームセンターのような懐かしさといかがわしさとが混在したbanvoxによるビートは、ある意味とても”日本らしい”ものだと思う(もちろんそれはこの楽曲に限らないのだが)。楽曲はもちろん、特に衝撃的だったのはMVだ。サイドカー付きのバイクが法定速度を忠実に守りながらゆっくりと進んでいる。水中から湧き上がるTohjiの身体能力があまりに良すぎてどういう顔して見ればいいのか分からないようなあの感じ。水着の姉ちゃんたちが登場するものの、彼女らと戯れるようなありがちな演出はない。Tohjiは彼女らと一切触れあうことなく、視線さえ交わらない。彼女らもTohjiの存在などおかまいなしで、本当にただそこにいて遊んでいるだけなのだ。一体何を見せられているんだろう?と思わせられるが、これら全てがヒップホップの価値観そのものに揺さぶりをかけているようにも思える。

てかスーパーオーシャンマンって何?

6.ゆるふわギャング『GAMA』

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Ryugo IshidaNENEのラップがどちらもとても好きだ。客演でどちらかの名前がクレジットされていると期待値が跳ね上がる。今年1月と3月にリリースされたシングル「Alissa」と「Unforgettable」はいずれもドリーミーな実験作で、ずっとリピートしたくなるほどの破格の出来であった。Automaticによるビートがとにかく実験的で冴え渡っていた。しかし、リリースされた今作『GAMA』にはその2曲は収録されず、より一層実験的で尺も1時間越えという予想外の内容であったため、正直はじめはかなり面食らった。しかも客演で見せるような種類のラップとは明らかに違うように感じた。それでもしばらく聴いているうちに、こんなに面白いアルバムもないだろうというような感想に移り変わっていった。あまりに正気とは思えないほどのサイケデリックなトラックの数々に、ちょっと可笑しくなってしまうような大団円を迎える「Tomodachi」で締めるのが愛らしく、面白く、切ない。

5.Awich『Queendom』

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冒頭でも書いたように、この作品が僕を「日本語ラップ」の世界へと本格的に引き込んだ。沖縄出身のラッパー、Awichによるメジャーデビュー作。もう率直に言って1曲目の表題曲「Queendom」の語り口に圧倒されてしまった。M2「GILA GILA」、M7「口に出して」、M8「どれにしようかな」、M11「Link Up」等のキャッチーなヒット曲も持ち、RADWIMPSへの客演もこなすという、ある意味「お茶の間」への訴求力も持っているのが稀有な存在たらしめている。
正直なところ、『Queendom』には余白があまりになく、つまりはそれほど堅牢で、僕が語るべきことはあまりないようにも思える。あまりこう片付けたくはないが、"聴けば分かる"傑作だと思う。

4.OMSB『ALONE』

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今年最も聴いたアルバムのひとつ。これが日本語ラップの入り口になったなんていう音楽好きも、きっとたくさんいるに違いない。
結局のところ人間は独りで、本当の意味で完全なかたちで考えている伝えることはできない。この悲しき大前提がタイトルに表れている。ずっしりとした重厚なビートと力強くもどこかキャッチーな魅力もあるOMSBのラップに、なんといってもいちいち突き刺さってくるパンチラインの数々。ドトールで人を待つワンシーンを、様々な回想で膨らませる傑作M7「大衆」に救われたような気持ちになった人はきっとたくさんいるだろうし、フィジカル媒体含め僕も何度聴いたか分からない。触発されてこの曲をもとに日記のような文章をブログに書いてみたこともある。
僕は生まれも育ちも現住所も”Gami Holla City”だが、M12「LASTBBOYOMSB」を聴くまでタワーレコードが家の近くにあったことを知らなかった。僕が小2の頃に閉店したことがネット上のブログ記事でかろうじて把握できたが、母に訊いてみたらそういえばあったねくらいの感じで、その記憶もおぼろげだった。でも徒歩圏内のあの”ブックオフ”はいまだによく行くし、今日も行ってきた。ラップに記録される街の記憶。地元に特に思い入れがないまま過ごしてきたが、こんなに誇れる素敵なアーティストがいたんだと感慨深くなった。もっともっと早く知りたかった。そういう意味でも、僕にとって非常に特別な作品である。

1月中に本作について書いた(と言っても短いのだけど)文章がどっかから出るのでぜひ読んで欲しい。出たらその旨追記します。

3.hyunis1000『NERD SPACE PROGRAM』

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神戸を拠点に活動する気鋭のラッパーによるフルアルバム。驚異的な傑作だと思う。もちろん作品としての強度が驚異的なのだが、完全に自分と同世代の人間がこういうアルバムを作っているという事実に、僕はとにかく衝撃を受けた。ゲーム音楽的なビートに安定感抜群のフロウ。自身も代表曲として挙げるM2「RUN」からあふれ出る焦燥感、哀愁たっぷりのギターが鳴り響くM3「Highway」に、M8「khao nashi」のユーモアセンス、M11「Angel」での激情。間違いなく今最もフレッシュで、最先端を走らんとしている。
これまで何を目にしてきて、これから何を表現していくのかが最も気になるアーティストのひとりだ。

2.ID『B1』

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これほどリアルに現場の空気をパックした音楽はないのではないか。現場というのはもちろんクラブやライブハウスで行われるパーティーのことである。深夜の真暗闇にまとわりつく気怠い空気を、粘りの効いた四つ打ちのビートでキャプチャする。MCバトルで名を馳せた高知県土佐市出身のラッパー、IDによる1stアルバム『B1』はそういった”VR的”な傑作だ。IDのYouTubeチャンネルにはゲーム実況とMVが混在している。これでバトル出身のラッパーでモデルも俳優もこなすというのだからはじめは混乱したが、「地下1階の音楽ラボから、地上へ向かうフロア(楽曲)ごとに仮想世界のクラブを疑似体験できるような作品」という文言を見て、この場面の切り替え感覚は確かにゲームの仮想空間的な捉え方かもしれないと思った。クラブのサウンドシステムで鳴らして欲しい気もするし、そうしなくても十分に場を感じられる音響だと思う。
2022年の夏はハウスミュージックがドレイクとビヨンセによって一時脚光を浴びた(RealSoundで連載中の年間ベスト回でも書いた)。8月にリリースされた本作は、2年という制作期間から分かる通り、意図的にその流れにあったわけではないものの、同時代性を強く感じさせる。そして正直言って、サウンドの面白さで言えばどちらにも全く負けていない。ビヨンセの『ルネサンス』のことは愛しすぎているので言いにくいが、少なくともドレイクよりは確実に良い。 M5「o3」の冒頭は本当にその場に居合わせたかのような臨場感に満ちているし、M9「巌窟王」の喧騒も酒を片手に持って暗闇にいるような、あの場にいるような気分になる。まんまレイジビートなM7「YASUKE」のビートの強烈な展開にも耳を持っていかれる。ラストをドローンアンビエントで締めくくるのも、パーティーが終わって薄明るい街を歩いて駅に向かっているときのような情景が浮かんでくる。
クラブという最も同期的な空間を、ハウスという同期的なリズムと高度に構築されたローファイな艶感で表現した本作は、ある意味坂本龍一の”非同期”をテーマにした大傑作『async』(2017)を対極に置くことができるかもしれない。テクノロジーと徹底的に距離を置いた教授だが、安易なステレオでの表現に頼らない空間構築がなされた『B1』を悪くは思わないはずだ。いや、大袈裟でなくそれくらいの規模で語られても良い作品だと思う。バトルファンを音源に誘導するみたいな話ではなくて。もっと耳を傾けられるべき傑作だ。


1.Lunv Loyal『SHIBUKI』

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今年最も自分の耳に革命を起こしたのは秋田出身のラッパー、Lunv Loyal(ルナ・ロイヤル)による2ndアルバム『SHIBUKI』に他ならない。本作を1位にしたのは、極めて鬱々とした現状認識とそれに基づく快楽主義的で刹那的な表現が合わさることで、日本社会の歪みをありとあらゆる角度から指摘してしまっているからである。もちろん〈日本語があれば作り出せる流れ/このFlowだけで踊らせてみせる外タレ〉とあるように、歯切れの良い発声で繰り出される数々のフロウも大きな理由の一つである。M2「Flyin’」での〈俺はいらない王族の血/仲間と踏む同じ地/父母より自分に似る友達/力持ちより俺はなりたい金持ち〉の「ち」で繋いでいく言葉運びだけでも、トップレベルのスキルを持ったラッパーであることがすぐわかるだろう。また、同曲はエレキギターが激しく唸りを上げているのが特徴的だが、他にも「Famous」、「High Bridge」、「No Reason」、「Outside」、「Trust You」においてギターのフレーズを聴くことができる。そのサウンドから感じるのは「怒り」を通り越した「諦め」のようなものだ。そこから醸し出される「哀愁」が不自然になっていないのは、彼が義理堅く人情に厚い人間だからでろう。もちろん個人的に知っているわけではないが、歌詞に耳を澄ませばそれくらいのことは伝わってくるではないか。例えば、一際メロウなトラップ曲「High Bridge」の〈あの頃の自分に/渡すように使うキャッシュ/貯める事はない/仲間達にも分けてるあがり〉、〈できない事は簡単に口にはできない/口にしたなら絶対に/できるまでは死ねない〉、〈守るべきものは家族とか仲間〉などである。その義理堅さゆえに彼は決して止まらない。〈仲間を想うと今自由な俺には/今夜も止まる理由が全くもって/見当たらない〉や、リミックスにはネームドロップされるSEEDA――のヴァースも当たり前に良すぎる――も参加した本作のハイライト、M5「Gettin’ Money」での〈暇そうなら売ってくれよそのTime/使い切ってみせるMy Time〉など、随所に見られる彼の前進することへのこだわりは、僕にジョー・ストラマーを思い起こさせた。だからといって安易に「パンク」と結びつけるつもりは全くない。国家や社会というシステムをぶっ壊してやろうという気概に満ちているというよりもまず、彼は心から憂いているのだ。〈操られた街/鬱と首吊り/きっと待ってても助け舟は来ない〉、〈日本人は自分に銃口を向けてSUICIDE〉、〈貧困が隣 街の路地裏には愛もないよ/飲み込まれたらSuicide/明日は来ない/冷たいシステムと戦い続けてる〉というように、現状への認識は極めて暗い。〈とりあえず職質〉と執拗に繰り返す傑作M3「職質」は、警察権力へのシニカルな挑発である。〈日本いないテロリスト/暇そうなポリス〉と吐き捨てるこの曲のリリースから約5か後、元首相が撃たれた。犯人は元自衛隊員とはいえ、一般市民による自作の銃で、しかも至近距離で、しかも二発目の弾丸で、元首相ともあろう人間を殺めたのだ。それほど杜撰な警備だったのである。まさに、“政府は、いざという瞬間に、国民の生命を防衛しようとする意志などこれっぽっちも持ってはいないと判断せざるをえない”。この国では〈この国電波の上そこら中で/今も常に起き続けるテロ/捨てられて今すぐ首を吊りそうな/子供達を助けてやれよ〉というリリックすらも報われることはなさそうに思える。犯人の動機である境遇だって、元を辿れば、と思わず言いたくなってしまう。だから彼は厭世観を強めながら音楽で遊ぶのである。〈病んでる世界に捨てた希望/大麻があれば問題ないっしょ/だから俺ら吸ってる一生〉は、快楽に溺れることが善であるという主張に聞こえる。〈かましあげるしかないこの国の中で/マイク一本だけあれば海も越える〉というラインは、音楽によって生きながらえていることが伝わってくる。それでもM11「No Reason」では〈生きて死んでくそれだけ/別に理由はない〉と歌っているように、生きていくこと自体に大した意味はない。快楽や富の象徴として繰り返しモチーフとして出現するブランデーの銘柄「Hennessy」とNIKEのスニーカー「AIR FORCE 1」も、人生の無意味さを浮き彫りにしているように思えてくる。

 異常に見えるかもしれないが、僕は大真面目にルナ・ロイヤルこそ、憲政史上初の東北出身の内閣総理大臣になるべき人物だと思う。彼は日本社会の問題点を的確に指摘し、憂えている。その義理堅さゆえ、執念深く目的を果たさんとする気概に満ちている。そしてM11「No Reason」ではロシアによるウクライナ侵攻のことと思われる〈あそこの国は今/戦地に突っ込んでく兵士/俺はさっき仲間と食べてたステーキ〉というラインがあり、そこには地球市民的な意識ものぞかせる。一方、ここまででお分かりの通り、歌詞からはどこか保守右翼っぽさも感じる。〈神社で宇宙と繋がりまた襟を正す〉というリリックや神社で撮影されたMV、そして義理人情に厚いという側面は、"古き良き"右翼を想起させるのだ。その点、自分とは相容れない側面があることも否定はできない。それでも、今の”東京のリベラル勢力“がこの体たらくであり続けるならば、彼がもし衆院選に立候補したとき、僕は迷わず票を投じるだろう。きっと投じてしまうだろう。僕は秋田県民ではないため、小選挙区では投票できない。なので政党を組織してくれれば比例で入れる心構えである。

いやはや飛躍しすぎた。念のため、これは提案ではなく願望的な妄想である。

ここまでで触れなかったが、客演によるリリックも各楽曲内で完璧なかたちでフィットしている。僕のお気に入りはElle TeresaによるM9「Famous」の〈あなたはリッチなのに後払い?〉だ。他の客演陣もルナ・ロイヤルの鋭さに負けず劣らず強力なヴァースを提供している。アルバムから読み取れるチームとしての一体感、そこからは彼の組織を統べる力を認めなければならない。ゆえにきっと政党も上手く組織してくれるだろう。比例はルナ・ロイヤル。


プレイリスト

byもこみ
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あとがき

なんとか年内に公開しようとしていたのですが、下書きが一度完全に消失し、全く間に合いませんでした。すみません。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。良ければいいねとかTwitterやインスタのフォローをお願いします。この記事についてはリンクさえ貼っていただければスクショしたものを広めていただいても構いません。
  冒頭書いた通り、日本語ラップについては全く知識がなかったけど、Twitterで繋がった詳しい人たちのおかげで色々と楽しめました。特にスペースで話してくれたり新曲をシェアしたりと、このリストにも多大な影響を与えている@nyang_chipsaさん、ありがとうございます。あと久世くんからも色々と刺激を受けました。また彼に加えて市川タツキさん朝田さんも、リトル・シムズの単独公演帰りに飲み会をして色々と教えてもらいました。ありがとうございます。

おすすめの書籍/参考文献

この記事を書く上でも、僕が日本語ラップに触れるにあたって指針となった書籍/記事です。どれも必読だと思います。

おすすめの書籍

ミュージック・マガジンの国内ヒップホップ/ラップランキングも必見でしょう。こちらはTOP10が5枚かぶっていました。

ele-king vol.30でのつやちゃん氏による日本語ラップ記事は必読。TOP10は僕と4枚かぶってました。本記事はこれを読んでから冒頭部を書き始めました。併せて読めば意味が分かる、かも。

そんなつやちゃんの書籍。実はまだちゃんと読み切れてないので、

こちらの本と合わせて読みたいですね。これも買ってからパラパラ読んでいましたが、2023年は順番に全部聴いていきたいと思います。

ついでに著者・韻踏み夫氏によるやば記事。


参考文献

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