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【長編小説】二人、江戸を翔ける! 4話目:江戸城闖入騒動②

■あらすじ
 ある朝出会ったのをきっかけに、少女・りんを助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛とうべえ。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。

■この話の主要人物
藤兵衛とうべえ:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
りん:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
ひさ子:藤兵衛とは古い知り合いのミステリアスな美女。
お梅婆さん:『よろづや・いろは』の女主人。色々な商売をしているやり手の婆さん。
えり、せり、らん:いろはの従業員で、凛の同僚。

■本文

「ごめんなさいね、私までご飯頂いちゃって~」

 あの騒ぎの最中、隣で寝ていた女性が目を覚まし藤兵衛の無実を説明した。名は『ひさ子』といい、藤兵衛とは古い知り合いでたま~に会いにくるそうで、昨夜訪ねると藤兵衛が既に寝ていたことからついイタズラで布団に忍び込んだ、という内容だった。

 藤兵衛も凛に起こされるまで全く気が付かなったと必死に弁明していたが、凛は半信半疑であった。

(本当に、そんな事ってあるの? 大体、イタズラにしても半裸で添い寝って、おかしいでしょ!)

 たが、藤兵衛の知り合いだという点は事実のようで、それなら追い返す訳にもいかず、凛はひさ子の分も含めて朝ご飯を準備したのだった。

「あら、おいしい。あなたって、料理が上手なのね~。とうが羨ましいわ」

「い~え~。お口に合ったようで、よかったです」

一口食べるとひさ子は料理の腕を褒めるが、凛は素っ気なく返す。

(この人は一体何者なの? 藤兵衛さんの知り合いだっていうけど、どういう関係なの?)

凛の頭は混乱し、料理の味がわかる状態ではなかった。
それでもなるべく落ち着こうとして、ひさ子をちらちらと観察する。

 彼女は凛が初めて見るほどの綺麗な人だった。
目尻が少し下がった切れ長の目で左目の脇に泣き黒子があり、鼻筋はきれいに通って口元は涼やかである。
長い髪を後ろで結って下に流し、胸は大きく、柳腰で、妖艶な色気が醸し出ていて女性の凛でもつい見惚れてしまうほどであった。

 そして容姿よりも凛が気にかかったのは、藤兵衛のことを『藤』と略称で呼んだことであった。
略称で呼ぶということは、『相当親しい』間柄であることを意味する。

(一体どういう関係!? 随分親しげだけど・・・)

 ぎろっと藤兵衛を睨みつけると、藤兵衛は変な汗をかきながらご飯を黙々と食べている。
おそらく彼は今、味を感じてはいないだろう。

(も、もしや・・・ いや、落ち着くのよ凛! ここは冷静にいかないと・・・)

そう自分に言い聞かせて深呼吸を始めるが、次の瞬間、

「藤、食べさせてあげよっか? はい、あ~~んして♡」

と、ひさ子が藤兵衛に近づいたものだから、凛の理性は吹き飛んでしまった。

「ちょっと! 何やってるんですか!」

バン!

箸を床に叩きつけ、ひさ子を睨みつける。
しかしひさ子は平然とし、それどころか凛をじいっと見つめてきた。

「な、なんですか・・・?」

「もしかして・・・ あなた、藤の恋人なの?」

「え? な、なな、何を言ってるんですか? 私はそんなんじゃありません!」

思いがけない問いが返ってきたせいで凛は大いに動揺し、全力で否定する。

「あら、そうなの? じゃあ、私が何したっていいじゃない?」

ひさ子は笑顔で答え、そのまましなを作って藤兵衛に寄りかかろうとする。
藤兵衛はそれを体を傾けてかわした。

「ぐ・・・ ぬ・・・」

何も言い返せない凛。物凄い勢いでご飯を口にかきこむと、

「どうぞ! 二人でご勝手に!」

と、凄い勢いで戸を閉め、どこかへと走り去っていった。
足音が聞こえなくったところで、

「あら、行っちゃったわね、彼女」

「誰のせいだと思ってんだ!」

ひさ子が悪びれもせず言うので、藤兵衛は少々声を荒げる。

「なによ~。ちょ~っと、からかっただけじゃない」

「お前のは、度が過ぎてるんだよ! ったく!」

藤兵衛は不機嫌にご飯を食べ続け、その様子を見ていたひさ子は若干驚いた表情をした。

「・・・で? なんか用があって来たんだろ? どうせ、お前が持ってくる話なんて、ろくでも無いやつだろうけど」

「あ~ら、随分な言いようね。ま、いいわ。実はね・・・」

未だ仏頂面の藤兵衛に、ひさ子は本当の用件を話し始めるのだった。

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 土左衛門店どざえもんだなを飛び出した後、凛はよろづや『いろは』に戻って開店準備をしていたのだが、大いに荒れていた。

(ったく、何なのよ! あのひさ子って女は! ちょっと美人でスタイルもいいからって!)

 凛はこんな風にムカムカする時は、とにかく体を動かす。という事で、水汲みに使う樽をいつもよりも大きめにし、井戸と店の間を大きな樽を背負って何往復もしている。

その様子を遠巻きに見ていた娘たちがいた。

「凛はどうしたのよ? 今日はかなりご機嫌斜めじゃない?」

「そうだね。久しぶりに見た、凛ちゃんの『斗令忍倶とれいにんぐ』。お店は助かるけど、あれをやられると近づきづらいんだよね」

「・・・あの男の人と、何かあったのかも」

「あ~、もしかして、昔の恋人が現れたとか?」

 『いろは』の三人娘であるえり、せり、蘭が凛の様子を見て、荒れている理由をひそひそと言い合う。
 ひそひそ話は凛の耳にも入っていたが、頭の中はひさ子の事で一杯だったため、あえて聞こえない振りをして水運びに集中する。暫くそうしていると、

「凛。水はもういいよ」

お梅婆さんの言葉ではっとした。

「あんた、ここを銭湯にでもする気かい?」

ここで凛は、満杯になった甕がそこかしこに置かれていることに気付いた。

「あ、あれ? じゃあ、次はお漬物の仕込みでも」

漬物石を持って振り回すのも、いい運動になる。体を動かし足りないと感じた凛は、次の種目に移ろうとするが、

「間に合ってるよ。それより、何かあったのかい?」

と、お梅婆さんに止められた。

(そうだ! お梅さんなら、あのひさ子って人のこと知っているかもしれない)

咄嗟に思いついた凛が尋ねようとした瞬間、

「あら、あなた、ここで働いてたの?」

聞き覚えがある声がしたので振り向くと、なんと今朝会ったひさ子が立っていた。

ええ“! な、何でここに!?」

「何でって、それはもちろん用事があってだけど・・・」

凛が驚いていると、

「お~、やっと来たかい。まあ、上がんな」

今度はお梅婆さんが親しげにひさ子に話しかけたので余計に驚き、固まってしまった。

「何してんだい、凛? そうだ、時間があったら、茶を持ってきておくれ」

棒立ちしている凛にそう言うと、お梅婆さんはひさ子と並んで部屋へと向かう。

(・・・もしかしてあの人、お梅さんとも知り合いなの?)

ようやく思考が戻ってきた凛は、慌ててお茶の準備を始めるのだった。

つづく

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