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【短編小説】異世界:剣士が雇われて・下

彼が取引を持ち掛けたのには理由があった。

彼が修行した流派・ルーフェン流では剣技を繰り出す際、『その技名を叫ぶ』のが決まりとされていた。だが、技名は何とも恥ずかしいものが多く、『銀河崩壊斬』とか『寝釈迦ねしゃか払い斬り』などセンスがまるで感じられない。

とは言え技名を叫ばないと何故か威力が半減してしまうので、ここぞという時には叫ばざるを得なかった。
そんな決まりのせいで彼には心に深い傷があった。

帰郷した際に気になっていた幼なじみとデートをした時のこと。上手くいきそうな時に限って魔物に襲われてしまう。
彼は幼なじみを守りながら魔物を撃退したのだが、その時に『昇竜剣』という技を放つ。

その技は片手を腰に当て、もう片方は剣を持ちながらジャンプしつつ切り上げるどこかのゲームに出てきそうな技で、端から見ると(この人大丈夫?💦)という動きにしか見えなかった。

結果、幼なじみは感謝の言葉を述べてはいたが、明らかにドン引きした様子で逃げるように去り、恋は成就しなかった。他にも冒険初心者の頃にパーティーを組んだ際、『超絶獄炎斬』という技名で魔物にトドメを刺したところ、仲間に「燃えてねえだろう」とツッコミを入れられ、かつ大爆笑されたこともあった。

そんな事が繰り返された為、いつしか彼はソロの冒険者として活動するようになったのだった。

「(あ、あれをか?)」

「(ええ、いいでしょう!?)」

迷う元師匠に彼は尚も詰め寄る。彼が究極奥儀に固執する理由は、その究極奥儀が『無詠唱』だと聞いていたからだった。

「(お、お前・・・本気か?)」

「(当たり前です! ずっと探し求めていたものなんですよ!)」

元師匠が驚く理由がわからなかったが、彼は必死の形相で迫っていく。

「(そ、そうなのか・・・。わかった、お前に渡そう)」

これで交渉成立。つばぜり合いのまま、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、元師匠は冊子を依頼人には見えないようにオズワルトへと渡した。
受け取った瞬間、彼は心の中で歓喜の声を上げた。

「(じゃあ、後は私が技を繰り出しますから、やられた振りして逃げてください)」

そう囁くと、少し距離を取って剣を大上段に構える。

「えーい、往生際が悪い。 これでも食らえ! 『天上天下唯我独尊斬りぃ!!』」

大袈裟な技名を叫ぶが何てことはない、ただの剣の振り下ろしである。

「う、腕がぁ~~~、た、助けてくれ~~」

元師匠はやられた振りをし、元気にどこかへと走り去っていった。

(ああ・・・これでやっと、この恥ずかしい剣技から解放される)

オズワルトは一人、感慨にふけっていた。

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「一人逃げてしまいましたが、もう一人はこの通り捕まえられましたね、イーネさん」

「は・・・はい・・・。父も、喜ぶと・・・思います」

イーネは礼を言っているが目を合わせてこない。明らかにドン引きしているのが伝わってくる。

(耐えるんだ、俺。こういうのもこれで最後だ)

オズワルトは心の中で泣いていたが、顔には出さず微かに笑っていた。

捕まえた一人を牢屋へ引き渡した後、イーネは報酬を渡すとそそくさと立ち去っていった。オズワルトは若干空しさを感じたが気を取り直し、究極奥儀の冊子を開く。

前半にはルーフェン流の発端や歴史が記載され、読み進んでいくとお目当ての文言が出てきた。

『我が流派の究極にして最大の奥儀。その名も・・・』

(来た~~~~!! そ、その名は?)

無影むえい・SHOW!』

(は?)

一瞬理解が出来ず、オズワルトは読み進めていく。

『影が生まれないほどに素早く、かつ躍動しながら斬るのだ! 無論、この技名は力強く叫ぶのだ! 鼓膜が破れるほどに! 血管がはちきれるほどに!! フォ~~~~~~!!!

そこには恥ずかしい説明文とともに、奥儀の動きを示したとても人前でするのは憚れるような珍妙な絵が紹介されていた。

(・・・・・・)

彼は冊子を持ったまま膝から崩れ落ち、しばしの間動く事が出来なかった。

おわり

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