【長編小説】二人、江戸を翔ける! 6話目:筆は刀よりも強し①
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、茶髪の少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。今回は、読売屋と一騒動起こすお話です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
■本文
ある曇り空の日のこと。
『土左衛門店』という物騒な名の裏長屋に住む藤兵衛は、内職の傘張り仕事に集中していた。
日頃の喧噪を忘れ、一つの事に没頭出来るのは良いことだ、と思っていた矢先、外から誰かが駆けてくる足音が近づいてきた。
「藤兵衛さん! たいへん! 大変よ~!」
ピシャアン!
自分を呼ぶ声とともに部屋の引き戸が勢いよく開けられると、建付けが悪いのかはたまた開けた力が強すぎるのか、引き戸が外れそのままゴトゴト、バタンと倒れてしまう。
声の主は凛という茶髪の娘であった。姿かたちからは想像も出来ないほどの怪力の持ち主であり、藤兵衛の裏稼業の助手かつ傘張り仕事の管理監督者でもある。
(ああ、この間直したのに・・・)
倒れた引き戸を見て藤兵衛は恨めしく思ったが、凛の慌てようも気になった。
「どうした? また、新しい食べ物屋でも見つけたのか?」
「そうそう、この前『かりん糖』っていう新しいお菓子が売られてたのね。それが、もう甘くて甘くて・・・ って違うわ!」
藤兵衛に乗せられたことに気付いて、自分でツッコミを入れる凛。
その後、気を取り直して懐からゴソゴソと紙を取り出した。それは『瓦版』というもので、今で言う新聞である。その瓦版にはこう書かれてあった。
『江戸城に侵入者あり! 空から忍び込んだ鬼二匹が公方様の寝室でくつろぐ。『次は文鎮以外を頂きすとりいと』との書置きが』
「・・・これって、もしかして?」
「そうなのよ! 多分これ、ひさ子さんと忍び込んだ一件だと思うのよ!」(第四話参照)
興奮しているのか、凛は勢いこんで話す。
「でね! そしたら、別の所でこんなのも配ってたのよ!」
そう言って懐から別の瓦版を取り出し、藤兵衛に見せる。
『光る妖怪出現か!? 些細な粗相に激怒した妖怪が、善良な市民を稲妻で攻撃!』
瓦版には稲妻を発する鬼のような人物が、首の取れた小人を抱きかかえながら大暴れする絵も描かれてあった。
おそらく、先日の源内の一件であろう。(第五話参照)
「・・・う~~ん、最近は頻繁に活動したからなぁ」
藤兵衛がボソッと呟くと、
「何、悠長なこと言ってるんですか!」
と、凛はさらに別の瓦版を出してきた。
(まだあんのかい!)
そう思いながら手に取った瓦版を見て、驚きのあまり目を剥いてしまった。
『白光鬼は生きていた! 最近の騒ぎは全てこやつの仕業、次は江戸の町を火の海にすると予告あり!』
「・・・な、なんだこれ!?」
「でしょ!? あたしもこれを見た時は、びっくらこきまろだったわ!」
凛の変な言葉は置いておいて、『白光鬼』という固有名詞がはっきりと出ていることに驚いてしまった。
江戸に戻って以来そう名乗ったことなど一度もなく、記憶にあるのは凛を助け出した時に、吉佐とかいう元町役人にバレたぐらいだったからだ。
しかも後半には、火付けを予告する文言まである。そんなことをするつもりは毛頭無いので、なおさら驚いてしまった。
「火付けなんてする訳ないってこと、私はわかってるけど」
凛は心配そうに見上げる。
「・・・これ、どうする? 結構、騒ぎになってたわよ?」
「え“・・・」
騒ぎが大きくなり、奉行所が動き出すまでになると今後の裏稼業がやりづらくなってしまう。
そうなると困る藤兵衛はどうしようと考えるのだが、結局出てきた案は、
「・・・とりあえず、お梅婆さんに相談してみるか」
という丸投げ案であった。
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そうして凛と藤兵衛は連れだってお梅婆さんのいる『よろづや・いろは』へと向かう。その道中のことだった。
「いい加減諦めねえと、そのうち痛い目を見ることになるぜ、兄ちゃん?」
「ん? なんだ?」
いかにもな脅し文句が聞こえたので、二人は声のする方に目を向けた。すると、一人の若い男がガラの悪そうな男数人に囲まれていた。
「何度言われても、私は諦めるつもりなどない! 真実を追求することの何がいけないというのだ! 私は悪いことなど何一つしていないのだ!」
若い男の方は、囲まれても気丈な態度で言い返している。
「わからねえ奴だな。いいか? 良いか悪いかじゃねえんだよ。俺たちゃあ忠告してやってるんだぜ? これ以上、このことに首突っ込むと・・・ ホントに首が無くなっちまうぞ?」
正面に立っている男が、手で首を切る仕草をする。それでも、若い男は毅然とした態度を崩さなかった。
「ふん! やれるものなら、やってみろ! 真の読売屋とは、暴力には決して屈しないのだ!」
「・・・どうやら、ホントに痛い目に遭わねえと、わからねえらしいな!」
埒が明かないことに苛立ったのか、男が拳を振り上げる。
「あ、藤兵衛さん、喧嘩だよ。止めないと」
「待て。・・・もう少し、様子をみよう」
藤兵衛は若い男が平然としていることが気になっていた。きっと腕っぷしが強いのか、何か奥の手があるのだろうと眺めていると、
「瓦葉里矢――――!!」
と、若い男が大声を上げ、紙のようなものを前に突き出す。
「「おぉっ!?」」
それを見た藤兵衛と凛は、思わず注目する。しかし、
バリィッ!
ボゴォ!!
「うごぉ!」
どうやら突き出したものは本当に紙だったようだ。あっさりと突き破られ、そのまま若い男の顔面に拳がめり込む。それを見た二人は、思わずガクッと崩れた。
そして、そのまま若い男は数人からボコられまくる。
「なんだこいつ。口だけでてんで弱えじゃねえか」
「このまま、フクロにしちまえ!」
さすがにこれを放って置くのはまずいと、凛が止めに入った。
「ちょっと、ちょっと。止めなさいよ、あんたたち! 数人がかりで卑怯よ!」
「なんだぁ?」
振り返った男達は藤兵衛たちを見て、知っている顔だったのかぎょっと驚く。
「ちっ、次はこれくらいじゃ済まねえぞ!」
男達は若い男に向かって捨て台詞を吐くと、逃げるようにその場を去っていった。
凛が心配そうに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
すると、若い男はうなされながらも、
「・・・なんの、これぐらいで私は負けない! 『筆は刀よりも強し』だぁ!!」
と、力強く叫ぶと、そのまま気絶してしまった。
「ちょ、ちょっと! しっかりして!」
こうして凛と藤兵衛は、男を介抱する羽目になったのであった。
つづく
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