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この本を読んで考えた

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【この本を読んで考えた】とんこつQ&A

【この本を読んで考えた】とんこつQ&A

4編からなる短編集。

『とんこつQ&A』

「大将」と呼ばれている店主と大将の息子が切り盛りしている中華料理店で働き出した主人公の「わたし」
言えなかった「いらっしゃいませ」が言えるようになり仕事にも慣れてきた頃、新たに女性が雇われる。

不器用で直球に次ぐ直球。目的に向かって努力する健気な姿勢の今村夏子ワールドにあって、今回はどう収まるか。
予測して答え合わせする読み方も面白いかも。

『嘘の

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【この本を読んで考えた】残穢

【この本を読んで考えた】残穢

Twitterでフォロワーさんが怖いと言っておられたので興味を持ち読んでみた。

確かに怖かった。
自分も怪談好きなので、怖い話はそれなりに見聞きしてきたが、この小説の怖さはその「起こった出来事」に留まるのみならず、今後の怪談との付き合い方に影響を及ぼしかねないというところだ。

今までは、たとえば廃墟に行って怖い目に遭った話を聞いたら「そんな所に面白半分に行くからだ」

人を殺して化けて出られた

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【この本を読んで考えた】ルビンの壺が割れた

【この本を読んで考えた】ルビンの壺が割れた

新たなメッセージを読む度にこの男性はどういう人間かこの女性はどういう人間か?
そして過去の二人の関係の見え方が変わってくる。

これは自分達の身の回りでもよくあることではないだろうか。

例えば何か事件が起きた時、ニュースなどを観て、まだ詳細がわかっていないにもかかわらず、与えられた情報だけで「あの人が犯人だろう」と直感で思ったら、その人がインタビューに答えている映像を見てもそういう目で見てしまう

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【この本を読んで考えた】妊娠カレンダー

【この本を読んで考えた】妊娠カレンダー

三編の短編からなる本。

ネットを通じて新品を購入したのだが、届いてまず気になったのはカバーの絵の背景のインクが擦れたような跡。
上部の左右に擦れたような汚れ、そして下部の右側には染みのような汚れ。
汚れるのが嫌なので本を購入すると毎回透明のブックカバーを付けている私は、アルコールを含ませたティッシュで拭いてみるが、汚れは落ちない。

もしかしてと、ネットに上がっている写真を見ると同じく黒く掠れた

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【この本を読んで考えた】博士の愛した数式

【この本を読んで考えた】博士の愛した数式

数論専門の元大学教師だった博士は交通事故に遭ったせいで記憶を80分しか保つことが出来ない。

この博士の元に家政婦として通うことになった主人公と、彼女の10歳の息子は博士を通し、数字や数式の面白さ、美しさを知っていくのだが、博士の数式を愛おしむ気持ち、そして大切なもののように博士と親子の間を数字が行き来する様子が伝わってくる。

博士は忘れてはならない事柄はメモし、背広のあちらこちらにクリップで留

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【この本を読んで考えた】おらおらでひとりいぐも

【この本を読んで考えた】おらおらでひとりいぐも

 文藝賞を経て、2018年に芥川賞を受賞したこの作品。気になりながらも読まないうちに2022年日本人としては初めてのドイツの文学賞「リベラトゥール賞」を受賞とのこと。

 この小説は一人称は東北弁、三人称は標準語で書かれていて、東北弁に馴染みのない自分は目に入る情報を聞きかじりのイントネーションで再現し、それを普段の言葉に変換しながらの読書という形になった。

 子ども二人は家を出て、夫が亡くなっ

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【この本を読んで考えた】ライ麦畑でつかまえて(野崎孝 訳)

【この本を読んで考えた】ライ麦畑でつかまえて(野崎孝 訳)

最初この本を読んでみようかなと思ったのはなんとなく、心がソワソワしていた若かった時代。

「おかしいと思ったらたとえ一人でも声をあげる!」などという環境に身を置く反面、薄暗いジャズ喫茶に入り浸って世を拗ねたような少年たちとたむろってたりと、自分の中に明るいのと暗く気怠いのが同居していた時代。
この本の存在を知って「読んでみようかな……」なんて母親に言ってたら、「暗いの読むんやなー」と。
(私の記憶

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【この本を読んで考えた】猫を抱いて象と泳ぐ

【この本を読んで考えた】猫を抱いて象と泳ぐ

猫を抱いて象と泳ぐ?
いったいどんな状況なのだろうかと思ったら、チェスが出てくるお話だった。

チェスは子どもの頃読んでいた外国の話にも出てきたりして、お金持ちの大人の人のゲームというイメージがあるだけで、私はやったこともないし、ルールも知らないのだけれど、それでもこの小説は楽しむことが出来た。

祖父母と弟とで暮らす少年は学校では一人ぼっちで、空想の中の二人だけが友達だ。
そんなある日、ふと思い

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【この本を読んで考えた】薬指の標本

【この本を読んで考えた】薬指の標本

小川洋子さんは有名な作家さんだし、以前『星の子』の文庫版で今村夏子さんとの対談を読み、どんな小説を書いておられるのかなと気になりながらもそのままになっていた。そして先日往復2時間ほど電車に乗るのに本を持って出るのを忘れていたので、駅構内の本屋さんで何かないかなとキョロキョロ。
そして出会ったのがこの本である。
『薬指の標本』と『六角形の小部屋』
2編が収められていた。

『薬指の標本』
標本室で働

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【この本を読んで考えた】悲しみよ こんにちは

【この本を読んで考えた】悲しみよ こんにちは

この小説に初めて出会ったのは、おそらくまだ10代の頃だったと思うが、自分とそれほど変わらないような歳の女の子がこんなの書けるんだと感心した。

しかし、その時読んだのは朝吹登水子氏の訳で、今回は河野万里子氏の訳と、翻訳する人が違うとはいえ、読み進めていても、「そうそう、そうだった」と蘇るのは夏の海や松林、パーティの場というロケーションや、恋、気怠さなどの雰囲気のみで、ストーリーに関しては自分のあま

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【この本を読んで考えた】ヘヴン

【この本を読んで考えた】ヘヴン

思春期の、純粋で崇高でありたい思いと踏み躙られる自尊心。

「あの子たちにも、いつかわかる時がくる」

「君もわたしも、弱いからされるままになってるんじゃないんだよ。━━━
それはむしろ強さがないとできないことなんだよ」

という、主人公と同じく苛めを受けているコジマ。

これは試練で、これを乗り越えることが大事だと言うが、そう思うことで意味を見出し、なんとか自尊心を保っているのだろうか。

私の

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【この本を読んで考えた】あひる

【この本を読んで考えた】あひる

以前、『星の子』の文庫版での小川洋子さんとの巻末対談で、『あひる』の事を知り、気になりながらもそのままになっていた。

前回、今村夏子さんの作品に出てくる人を、自分は怪談に出てくる幽霊のようと例えたが、今回感じたのは「知恵のあるゾンビ」のようだなと。
そんな言葉しか思いつかないということに我ながらどれだけ語彙少なくて表現力に乏しいのかと思わず突っ込んでしまうけれど。

両親の、まるで何かに取り憑か

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【この本を読んで考えた】父と私の桜尾通り商店街

【この本を読んで考えた】父と私の桜尾通り商店街

今村夏子さんの作品にはちょっと変わっているというか、なぜかズレてて、そしてそのまま自分のやり方を押し通していくような人がよく登場する。

ただ、ズレてるって思うのは、一般的には目標に到達するためにその手段で良いかどうか、理性を通して道を選ぶけれど、この人達は小さい子どものように目標に向かっての進み方が直線的だというだけのことなのかもしれない。
自分の思いだけで動いて、まわりのことは目に入ってはいな

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【この本を読んで考えた】陽炎のほとり

【この本を読んで考えた】陽炎のほとり

人が読書という行為の中に求めるものは様々で、ある人は知識や技術を身につけるため、ある人は安らぎを求め、ある人はその中に起爆剤となり得るものを探す。
何かを取り込みたいのではなく、描写に身を委ね、その場の心地よさを求める人もいることだろうし、その時々で求めるものが違うという人も多いことだろう。

書く側も、自分の書きたいことを汲み取ってほしいと思って書く人もいるかもしれないし、どう捉えるのも読者の自

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