見出し画像

ニーのお弁当

 私がベトナムに移住したのは2014年の夏。大失恋から人生を考えるようになり、「暑い国に住みたい」と思い立ったのがきっかけだった。暑い国ならどこでも良くて、でも今まで海外に住んだことがなかったので、あまり日本から離れ過ぎるのも不安だと思い東南アジアへの転職活動をしていた。
 内定をもらったのはベトナムにも支社のある、日系の旅行代理店だった。親も知っている企業で、ビザや福利厚生もしっかりしていたので、とんとん拍子に移住が決まった。今まで海外旅行には結構行ってはいたが、ベトナムを訪れるのは移住する日が初めてだった。ホーチミンのタンソンニャット空港に着いた途端、蒸し暑さと聞き慣れないベトナム語の喧嘩か?!と感じるようなの勢いに圧倒された記憶がある。
 初めての海外生活と旅行会社の忙しさで、正直ベトナムに来たばかりの頃の記憶はあまりないのだが、鮮明に覚えているのがニーとの出会いだった。

 移住して1ヶ月程が過ぎて仕事にも生活にも慣れてきた頃、私はいつも同じ部署のベトナム人スタッフや日本人スタッフとランチに行っていたが、正直あまりウマが合わなかった。ランチの時間くらい好きに過ごしたいと思っていた頃、違う部署のベトナム人スタッフ、ニーからチャットがきた。
 あまり話したことはなかったのだが、毎日「おはよう」とか「ベトナム料理の◯◯はもう食べたか?」とか日本についてなど、チャットはよくきていたので、日本に興味があるのかな?と思っていた。
 
 「明日の休みは何するの? 」
ベトナムは9月2日が建国記念日(国慶節)で祝日だった。
 「家でゆっくり過ごすかなぁ」
 「じゃあ家まで迎えに行くから、一緒に出かけよう」
 「お、おう」
 急遽ニーと出掛けることになり、本当に家までバイクで迎えに来た。彼女は遠くのショッピングモールや親戚の家、人気のランチスポットやカフェに連れて行ってくれた。途中バイクのタイヤがパンクするハプニングもあったが、道端の修理工に直してもらい、事なきを得た。夜は彼女の学生時代の親友たちも呼び、みんなでローカル居酒屋をハシゴし、朝から夜まで一緒に過ごした。
 そしてニーは帰り際に「明日からマミのランチは私が作るからね、約束ね」と言った。特に私から何か話したわけではなく彼女は突然提案してきたので、今思うと私が日々のランチ時間に疲れていたのに気づいていたのかもしれない。
 
 それから彼女はほぼ毎日私の分も手作りのお弁当を作ってきてくれ、一緒にランチを過ごすのが日課になった。菜食の日(ベトナムの仏教では旧暦の1日と15日は“アンチャイ”という菜食の日がある)はニーが野菜のみのお弁当を作ってくるので、私もそれに倣った。彼女の作るお弁当はとても美味しくて、外で食べるベトナム料理よりも私は彼女の料理が好きだった。
 いつもお弁当を作ってもらってばかりだったので、食費を出すよ、と何度か言ったが、「好きで作っているし、自分の分のついでだから」と、ニーは頑なに受け取らなかった。代わりにオフィスで飲むシントー(ベトナムのフルーツスムージー)やタピオカミルクティーをたまにご馳走することにした。

菜食の日のお弁当

 しかしお弁当以外にも、朝ごはんを食べない私を心配して、朝デスクの上に「朝ごはんに食べて!」とお菓子やフルーツが置かれていたり、外回りから戻ると、「おやつに!」とフルーツやジュースが置かれていたりで、何だか結局私の方が与えられてばかりだった気がする。

朝ごはん食べて!のメモ付き

 はじめは「なんでこんなに良くしてくれるのだろう?」とも思っていたが、彼女曰く、「絶対に気が合うと思った」のだそうだ。彼女の読みは当たっていて、実際に私たちは気が合った。お互い母国語ではない英語で話していたが、何が言いたいかなど全部聞かなくてもすぐにわかるし、ベトナム語や日本語で何かボソッと言ったことも“今こう言った”というのがわかるのだ。ベトナムで過ごす初めての12月は一緒に台湾へ旅行に行き、私の台湾の友人たちにも紹介し、本当の姉妹のように過ごしていた。仕事では大変だと感じることが多く、行きたくないと思う日もあったが、ニーが私の分もお弁当を作っていると思うと、頑張ることができた。 

 その後1年が経とうとしていた頃に、私のダナン支店への異動が決まり、ホーチミン支店での最後のランチもニーが作ってくれた。「これが一番好きだよね」と、ニーのお弁当の中で私が特に気に入っていた、かぼちゃとひき肉のスープ(トップ画)もあった。
 ダナンに異動してからも私がたまにホーチミンを訪れたり、ニーがダナンに来たりもしていたが、現在ニーはドバイでベトナム料理店を営み、私は相変わらずベトナムにいる。料理上手なので、きっとドバイでも変わらず美味しい料理を作っているのだと思う。
 たまに連絡を取っては「ニーの料理がまた食べたいなぁ」なんて言うけど、「何回も食べたからもう自分で作れるでしょ! 」なんて言われてしまう。でも自分で作るのと、ニーが作るのでは何か違う。
 私がベトナムで一番元気をもらったのは、間違いなく彼女の作るお弁当なのだ。

ニーと、ホーチミンのカフェにて

#元気をもらったあの食事

フォローしてくれたら喜びます。サポートしてくれたらもっと喜びます! (猫のおやつ代にします🍪)