そういえば、身近に凄まじいパラレルワーカーがいた。
私は、音楽家・ライター・写真家・会社員の4つの顔を持つパラレルワーカーとして働いています。
もともとそういう属性(というのか?)の家系かというとそんなことは全くなく、父母は普通の会社員、兄は公務員です。
親戚は決して多い方ではありませんが、どこをたどってもフリーランスとか自営業の人は見当たりません。
私は一体、どこから影響を受けてこうなったんだろう?
そもそも「複数の仕事を並行する」なんて方法を、どうして知っていたんだろう?
何気なく今の働き方に落ち着いているものの、そのルーツがどこなのか、自分でもまったく分かっていませんでした。
……が。
いました。めちゃめちゃ身近に。
私のトロンボーンの先生が、ゴリゴリのパラレルワーカーだったことを思い出しました。
私が高校時代に習っていた師匠は「トロンボーンの先生」以外にも、たくさんの顔を持っているのです。
その①、うどん屋。
私の出身は四国・徳島県鳴門市。
四国といえば香川の讃岐うどんが有名ですが、鳴門市には讃岐うどんとは対象的な柔らかい食感の「鳴門うどん」があります。
私の先生は手打ちの鳴門うどん屋さんを営んでおり、夕方前には売り切れてしまうほど、その界隈では人気のお店です。
その②、高校の非常勤講師。
今も勤めているかは分かりませんが、私が習っていた当時は県内の高校の非常勤講師としても勤務していたと聞いています。
うどん屋が休みの日、もしくは午後の店番を奥さんに任せて学校へ出勤していたよう。
その③、フリーランス音楽家。
フリーランスの音楽家として、音大受験生のレッスンや吹奏楽部への指導、コンクールの審査員なども行っています。
一時期は一般吹奏楽団の指揮者も務めていたことも。
その④、レコーディング・編集。
会社を立ち上げて、コンクールやコンサートの録音・編集、CDの制作も行っています。
私の母校の定期演奏会も録音してもらったし、地元のコンクールの録音が先生の会社だった年もありました。
音の編集のみならず、CDのジャケットデザインまでこなしてしまいます。しゅごい。
……そんなこんなで、何足も草鞋を履いている先生を3年間そばでずーっと見続けてきたわけです。
その当時は「複業」とか「パラレルワーカー」なんて言葉は当然知らなかったし、先生もそのように名乗っていたわけではありません。
でも、仕事をひとつに限定せず、いくつもの道を切り開く生き方は、私にとっては決して珍しいものではなく、身近なものだったみたい。
真似をしていたつもりはないけれど、自分の好きなこと・できることを追求していくうちに、私も気が付けば先生のようにいくつもの顔を持っていました。
私が先生から教わったことは音楽だけじゃなかったんだなぁ、と今さらながら思ったり。
まあでも、先生自身が働き方まで教えたつもりがあるのかどうかは不明ですが(笑)
もう長らく先生には会えていませんが、次会ったときは「トロンボーンの先生」としてだけではなく、「パラレルワーカーの先輩」として色々教えてもらいたいな。
そんなことをふと思った、秋の夜でした。
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