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〈偏読書評 番外編〉「『翻訳者で選ぶ』新しい読書体験」補足版(英語圏篇)

2019年10月末に発売された雑誌『Numero TOKYO』2019年12月号(扶桑社)の巻頭特集「いいね! がつなぐ未来」「あの人がナビゲートする、知る喜び」にて書かせていただいた「『翻訳者で選ぶ』新しい読書体験」の記事がウェブでもお読みいただけるようになりました。

とはいえ原稿を書いていたのが9月だったので、この3ヶ月で各翻訳者さんが手がけた新刊が発売されたり、今後の刊行予定の情報が公開されたりもしているので、情報としてはちょっと古く感じられるかもしれません。

こちらの投稿では「補足版」として、記事中でご紹介した作品に加えて、個人的に推したい作品、さらには12月21日に開催された『第58回豊崎由美アワー読んでいいとも!ガイブンの輪(年末特別企画)「オレたち外文リーガーの自信の一球と来年の隠し球」』にて各出版社の方々が“来年の隠し球”として紹介された作品をリストアップしてみました。

書影が表示されるのでamazonへとリンクさせていますが、特にアフィリエイト設定とかはしていないので、安心してクリックしてください。あと読みにくくなるので、出版社名は敬称略としています。あらかじめご了承ください。

ちなみに『第58回豊崎由美アワー読んでいいとも!ガイブンの輪(年末特別企画)「オレたち外文リーガーの自信の一球と来年の隠し球」』のPDFファイルは、よだみなさんの以下のツイートより閲覧(とダウンロード)できます。

まずは英語圏の翻訳者としてご紹介させていただいた、岸本佐知子さん、松田青子さん、藤本光さんのお三方に関して。

岸本佐知子さん

岸本さんが翻訳された作品は名作ぞろいですが、誌面にて代表作としてピックアップした3作品はこちら。

ちなみに岸本さんが編纂&翻訳された『変愛小説集』ですが、日本作家編もあり、こちらも作家さん&作品のセレクトが非常に素晴らしい(素晴らしいとしか言いようがないほど本読みのツボをついてくる)ので、あわせてオススメしたいです。

あと今年、大きな話題を呼んだルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』。なんと12月5日の時点で7刷(!)が決定したそうです。ちなみに年10回ほど書かせてもらっている新刊レビューでも「おすすめの9月の本」の中で、ご紹介させていただきました(ちなみにミランダ・ジュライの『最初の悪い男』は2018年の「おすすめの9月の本」にてご紹介しています)。

そして上記3作品に加えて個人的に推したい作品ですが、まずショーン・タン氏の絵本は外せないかと。「興味はあるんだけど、何から読めば良いのかわからない……」と、お悩みの方は、まずは岸本さんが翻訳した絵本から入るのもアリだと思います。なお『セミ』に関しては「おすすめの6月の本」の中でもご紹介させていただいています。

ちなみに河出書房新社の“来年の隠し球”の中には、ショーン・タンの作品も!(もちろん翻訳するのは岸本さん) 以下、“隠し球”リストからの抜粋です。

ショーン・タン『内なる町から来た話(仮)』(河出書房新社)
どこでもないどこか、日常を超えた新しくも懐かしい魅惑の世界を描き続けるショーン・タン、待望の新作。12月21日から宮城・石ノ森寓画館で巡回展開催中!

あと翻訳書ではないのですが、岸本さんのエッセイはべらぼうに面白いので、もし読んだことがないという人がいたら、ぜひ読んでいただきたい。今年10月には岸本さんが筑摩書房のPR誌『ちくま』にて18年(!)にわたり連載されている「ネにもつタイプ」から、3冊目となる単行本『ひみつのしつもん』(筑摩書房)が刊行されています。

読むとお判りいただけるのですが、どのテキストもいわゆるノンフィクション的なエッセイとはちょっと違っていて、ふとした瞬間から不思議な世界に迷いこむ内容。『ひみつのしつもん』の特設サイトでは「いっそうぼんやりとしかし軽やかに現実をはぐらかし、机の上から宇宙の果てまで自在にひろがるキシモト流妄想術」と紹介されているのですが、もうまさにその通りなんですよ!(この文章を書いた人もすごいな……) 

このエッセイシリーズの魅力は、自分があれこれ書くよりも実際に読んでいただいたほうが100倍早く&良く伝わると思うので、ぜひ一度、特設サイトなどで試し読みを。そして『ひみつのしつもん』を読んで“キシモトワールド&キシモト流妄想術”にノックアウトされたら、どうぞ既刊のねにもつタイプなんらかの事情(ともに筑摩書房)にも手を伸ばしてみてください。こんな面白い文章、読まずにいるなんて勿体ないですよ!

しかし岸本さんといい、米原万里さんといい、村井理子さんといい、なんで翻訳/通訳をされている方々は、こうもユーモアあふれる傑作エッセイも書けるんでしょうねぇ……(翻訳も通訳もできなきゃ、ユーモアのセンス皆無の文章しか書けない自分の手のひらを見つめながら)。

松田青子さん

松田青子さんが手がけられた翻訳書の代表作として、ピックアップしたのは以下の3作品になります。

3作品とも新刊レビューを書かせてもらっていて、『問題だらけの女性たち』のレビューは2018年の「おすすめの5月の本」にてお読みいただけます。

さてさて、松田青子さん+カレン・ラッセルさんの組み合わせといえば『狼少女たちの聖ルーシー寮』(河出書房新社)もありますが、注目は松田さんが8月末にされていた、以下のツイートですよ……!

この”新刊”というのは、おそらく柴田元幸さんが『考える人』での連載「亀のみぞ知る―海外文学定期便―」の第14回「名文芸誌の最終号とカレン・ラッセルの新作」の中でも触れていた、ラッセルの第3短篇集となる"Orange World : and Other Stories"のことだと思われます。刊行時期がいつになるのか非常に気になるところですが、アナウンスなどはまだ何もない状態(河出書房新社から刊行される予感はしますが)。あぁ、はやく続報が聞きたい……っ!!(心の叫び)

あと「松田青子さんが翻訳された作品は読んだことあるんだけど、松田さんの小説は読んだことないんだよね……」という人も、もしかしたらいるかもしれないので、俺がイチオシしたい松田青子さんの作品を以下にリストアップしておきます。どれも文庫になっているので、3作品とも手に入れてもお財布にやさしいですよ!

藤井光さん

英語圏、3人目の翻訳者は藤井光さん。彼の代表作としては以下の3作品をピックアップいたしました。

こちらの3作品も過去に新刊レビューでご紹介していて、『戦時の音楽』のレビューは2018年の「おすすめの8月の本」の中でお読みいただけます(でも超、超、超イチオシなのは『すべての見えない光』!! もう作品そのものについてはもちろん、これ以前のドーア作品の翻訳を手がけられていた岩本正恵さんから藤井さんが受け取った“バトン”についてとか、書き始めたら止まらなくなりそうなので、ここでは書かないでおきます)。

藤井さんが手がけられた翻訳書は本当に傑作ぞろいなので、3作品にしぼるのにか〜なり悩みました。もし、もう1作品プラスして良かったのであれば、確実に加えていたのがテア・オブレヒトの『タイガーズ・ワイフ』(新潮社)。実はこれ、自分にとって忘れられない(かつ“My First SONY”ならぬ“My First HIKARU FUJII Translation”の)一冊だったりもします。

今でこそ各国の作品をあれこれ読んでいる(悪くいえば乱読している)自分ですが、以前はそこまで積極的にはガイブンに手を出していませんでした。ポール・オースターやピンチョンなど、北米やヨーロッパ圏の名の知れた作家の作品は読んでいたものの、若手の作家や、知らない(=大学時代に授業などを通して出会わなかった)作家の作品は、そこまで関心が持てずにいたんですよ。なけなしのお金をはたいて買うんだから、絶対に(自分にとっての)“ハズレ”の本は買いたくない、みたいな気持ちがものすごく強かった

だけど、この『タイガーズ・ワイフ』表紙のビジュアルに一目惚れしてしまった。あと、ちょうど藤井さんの存在が気になり出していたというのもあり、当時の自分にしては本当に珍しく(本の)衝動買いをしたんですよ。

で、読んだら、もう自分がそれまで知らなかったタイプの世界(物語)が繰り広げられていて「ぎゃーーっ!!」と衝撃を受けたんですよ。「えっ、ガイブンって、こんなに面白くて自由な世界だったっけ!?」って。

この強烈な読書体験によって自分の中の何かが変わってしまい、それまで洋服やら飲食にかけていたお金を本にかけるようになり、家のあちこちに本の山ができる暮らしをするようになってしまいました……ある意味、人生を変えた一冊ともいえます。ちょっとオーバーかもしれませんが。

末端ライターの与太話はさておき、藤井さんが手がけた翻訳書で今年あちこちで話題となった一冊といえば、グラフィック・ノベルとして初のブッカー賞ノミネート作品となったことでも知られるニック・ドルナソの『サブリナ』(早川書房)でしょう。

『サブリナ』については、あちこちでレビューも書かれているので、そのタイトルを耳にした or 目にしたことがある人も多いのではないでしょうか(かくいう自分も、そろそろ公開されるであろう「おすすめの12月の本」の中でレビューを書いています)。

どんな内容か気になっている人は、以下の早川書房のnoteにて掲載されている冒頭6ページの試し読みをどうぞ。とはいえ冒頭6ページだけでは、このあとに続く出来事については知ることができないので、投稿の末尾にリストアップされているレビュー記事にも目を通すのが良いかと。手を出すには、ちょっと勇気のいるお値段の一冊ですが、お値段以上の——かつ“今”しておくべき——体験をできる一冊ですよ。マジで。

あと来年刊行される藤井さんによる翻訳書のうち、同じく早川書房が“来年の隠し玉”として挙げているのが以下の作品。

コルソン・ホワイトヘッド『The Nickel Boys(仮)』(早川書房)
1960年代フロリダ。矯正施設に送られた二人の黒人少年は、想像を絶する虐待を目にする。『地下鉄道』のコルソン・ホワイトヘッドが実在した学校をモデルに著した最新作。

こちらも『サブリナ』ばりに話題を呼ぶ一冊になる予感が……!(ちなみに自分は『地下鉄道』が刊行されてから2年経っていることに、まず衝撃を受けましたよ……)

岸本さん・松田さん・藤井さんに関する補足は以上になります。非英語圏の翻訳者の方々に関する補足は、別投稿において近々しますので、ご興味あられましたら、ぜひ併せてお読みください。


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