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#日記

難民になってしまった、ひと。

難民になってしまった、ひと。

「植物になりたいと、真剣に悩んだ時期があるんだよ。」

そう話すのは、40代後半の、髪に混じる少しの白毛を染める事もしない男性でした。
コットン地の白シャツの上に、グレーの質の良いニット、茶色のダウンベストを着ています。
ダボっとしたワークパンツの足元はスニーカーで、どれもビンテージものです。着崩した様子がとても似合いますが、上品さを感じさせます。生まれは東京では、ないのかもしれません。

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年の瀬川

年の瀬川

年の瀬の東名高速道路の渋滞は、絢爛たる川だった。

フロントガラスの半分より上には、世界が逆さまでない隠れた恩恵を覗かせるように、底のない暗い空がまたがる。

さらに三分の一の高さには、光る橙を灯した一本草が並び、宙にもう一枚の滑走路を浮かべるも、そこを走る車は一台も見えない。

誰も走れない滑走路の下で、ようやく、尻に赤を灯す車たちが等間隔に流れていく。

これほどの赤い蛍を見る

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「約束」に恐怖を抱く優子さん

「約束」に恐怖を抱く優子さん

寝付けない夜や、どこかの帰りの電車、人を待つ時間に、よく頭の中に人物像が浮かび、気になって仕方がないことがあります。
だいたい、人混みに出掛けた後が多いです。

髪の長い、栗色の毛をした色白の優子さん。全体的に肌が乾燥しているように見えるし、胃腸が強くない人に見られる体格だなぁと思います。
ピンクの薄いウールのカーディガンに、オフホワイトのインナー。下半身はテーブルの下でよくわかりません。

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その落し物はもう拾わない。

その落し物はもう拾わない。

どの文章も書き終わらなくて困っている。
分岐が次々と生まれ、あちらこちらに向かう電車は増え続け、いつのまにかどこかへ去ってしまう。乗りかけた乗客を置き去りに。
そんなこんなで、いくつもの下書きが眠ったまま、鍵のかかったロッカーで借り主を待っている。

どこで鍵を落としたのだろう。ポケットを叩いてもビスケットひとつ出てこない。いつのまにか列車とホームの隙間に、落としたのかもしれない。

この動かない

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