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【小説】愛の種

「ねぇ、ずっと好きでいてもいい?」

彼女の突然の告白に、ぼくの心臓は大きく高鳴った。


ぼくの彼女は、いわゆるみんなのマドンナだった。

クラス中の男子の憧れで、席替えなんてある日は

朝からずっとドキドキが止まらなくて、

女子みたいにチラチラ横目で見ちゃったりして

ソワソワしてたっけ。


あんなに大好きで、ぼくの方がずっと夢中だったのに

いつの日からか君がいるのが当たり前になって

横にいるのが普通になりすぎて

トキメキなんて言葉を忘れかけていた。


君からの言葉を聞いたのは、そんな時だった。


「ねぇ、ずっと好きでいてもいい?」


そう小さくつぶやいた君の声は、

喉の奥がぎゅっとしまったような

緊張した声で震えていて、

夕暮れ時の赤みを帯びた光がスポットライトのように

君の方に差し込み

ぼくを見上げる瞳には、ジワりと光るものが溢れかけていた。


ぼくは本当にバカだった。

いや、バカなんてもんじゃない。

大バカヤロウだった。


どうしてこの顔を見るまで、気づかなかったんだろう。

大好きな彼女にこんな想いをさせてしまうなんて、

とてつもない後悔の念と不甲斐なさで逃げ出したくなった。


誰もが君の隣にいたくて、ちょっとでも話したくて

近づいてただ見つめてみたくて、

少しだけ触れてみたいなんて思ってみたり、

君に恋い焦がれているのに、

ぼくと言ったら、そんなきみがぼくを好きって分かった瞬間

なんだかもう安心しちゃって、

努力なんてしなくなった。


きみはいつでも変わらず、一生懸命で

愛にあふれていて、優しくて暖かかったのに。


それなのにぼくは、

きみの僕への想いは当然のものなんて、

いつしか錯覚してしまっていた。


恋人になれたからって、

そこに約束なんてなくって、

信じられるのなんて、二人の間にある

見えない空気感や触れられない感情だけなのに。


それを守ろうとなんてしていなかった。

大事にしようなんて、思うこともなくなっていた。


キライだったわけじゃい。

彼女のことはもちろんスキだった。

いや、大好きだった。


でも、それだけだった。


ぼくは本当に子供だった。

目の前にある幸せの種に水をあげようなんてしなかったし、

毎日お世話して愛の種を育てようなんて寄り添うこともしなかった。


いつも自分のことばっかりで、

自分勝手で、かっこ悪いのも傷つくのも嫌だから、

ぼくから君へ好きなんてことも言ったことがなかった。


いつだって愛情表現をしてくれるのは、君の方からだった。

シャイな僕は、無口なことを言い訳にして、

可愛いなんていつも思っていたのに、

きみに直接言ったこともない。


きっとそんなぼくの態度に不安になっちゃったんだね。

君の笑ってる顔しか見たことなかった僕は、

夕焼けに染まる君の悲しそうで寂しそうな顔を見て

どうしようもなくなくなって、

廊下を通り過ぎる人影なんてもうどうでもよくなって、

なりふり構わず、彼女をぎゅっと抱きしめた。


僕よりちょっと小さい君は、すっぽりと腕の中に収まって、

いつもと違う様子に戸惑っていたけれど、

覗き込んだ顔には、満面の笑みがこぼれていた。


そんな顔見ちゃったらもう、心の底から愛おしくなって、

離したくなくなった。


ヒソヒソと遠くで指差し聞こえる噂話に恥ずかしがって、

僕の腕を振りほどいて逃げそうになる君をぐっと抱き寄せて、

はじめて僕から言った。

「今までごめんね。君のこと、ずっと好きでいてもいい?」


彼女は逃げ所のない小さな空間(僕の腕の中)で、

縮こまった腕と唯一かろうじて動く手首の先で

学ランの胸辺りを握りしめると、

そのまましばらく僕の心臓の高鳴る音を聞いていた。

※こちらのストーリーは、「ねぇ、ずっと好きでいてもいい?」
と、いう恋愛の思い出のセリフを元にインスピレーションで執筆しました。

思い出のセリフシェア協力:友人


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