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小説『羊と鋼の森』に思う音楽と世界の関係性

『羊と鋼の森』宮下奈都
 
2016年本屋大賞受賞作。初版6,500部からの異例の出世というこの作品。山﨑賢人くんが永遠真剣な表情を見せ続けてくれる予告編をテレビで見かけるようになって、「あ、そろそろ」読まなければと思い、秋のはじめにようやく読了。12月19日に映画のBlu-rayとDVDが発売されるこんなタイミングに、今さらの原作レビュー。

※映画は観ていません!あくまで小説の感想です。

見習い調律師の主人公 外村が、ピアノの音色に魅せられてから一人前の調律師になるスタートラインに立つまでを描く"お仕事小説"。
 
外村は目立った才能もなく、成長スピードも遅いながらも、森で生まれ育ったことによる豊かな感性と、調律に向き合う根性で、少しずつ一人前に近づいていく。

個性際立つ先輩調律師たちに刺激を受けて成長していく姿や、外村の調律師としての生き方に影響を与えることになるピアノを弾く双子の高校生姉妹とのやり取りが物語の魅力。

でも私は、この作品の何より、「音」が世界の美しいものを切り出している様子を見せてくれるところに惹かれていった。

”美しいと言葉に置き換えることで、いつでも取り出すことができるようになる"
"その辺に漂っていた音楽をそっとつかまえて、ピアノで取り出してみせているみたいだ"
"僕には何もなくても、美しいものも、音楽も、もともと世界に溶けている"

言葉が目の前にある世界を切り出して表現するように、音楽はその音階と流れ、速度で世界を切り出している。気づかなかったなぁ。

今目の前の景色を表現するとして、言葉を使うこともあれば音楽を使うこともあるということだけれど、言葉も語彙があり、音楽も音階がある。制限された武器をいかに使うかで、目の前の景色の切り出す濃度が変わる。だから私は、時々言葉にするのが怖い。切り出したものを自分で見て、目の前の景色と見比べて、がっかりするかもしれない。表現しきれていないことに苛立つのかもしれない。

それでも、武器を置いてしまったら二度と表現できなくなってしまうから、両手に持つ武器を毎日丁寧に磨いて、今自分のできる最大の切り出し方をする。すこしずつ、目の前の景色に近づけていると信じて。

世界にある美しいものを、それを聴かせてくれる音楽を、切り出して物語にしてくれた『羊と鋼の森』。音楽を読んでいるように美しい物語。

ただ、私には「長編小説が原作の映画」を観ているように感じてしまったのも事実。シーンの間あいだに語られてない物語があって、短くまとめられてしまったように。それだけ深く、彼らの物語を知りたいと思わせる作品なのだと思う。若しくは、「音」について伝えたいことが多すぎて、物語が走りすぎてしまっているのかもしれない。

著者の宮下さんの実家にはピアノがあり、小さな頃から調律師との触れ合いがあったそう。また、北海道の山奥に一年間移住した経験も。そうした実体験から、言語化されていく想いが溢れていて、人の体温を感じる作品だった。


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