見出し画像

川上未映子『乳と卵』を読んで

言わずと知れた芥川賞受賞作。

東京に住んでいる妹の家に、大阪から子連れの姉がやってくる。三人の女性のたった三日間の物語である。

妹目線で語られる物語の中で、姉の巻子と娘の緑子との関係が次第に明らかになっていく。

思春期を迎えて、自分の体の中に赤ちゃんの元がたくさんあることへの嫌悪感、初潮を迎えれば大人の女になってしまう恐怖心に苛まれる緑子。そこには母みたいにはなりたくないという強い思いがある。緑子にとって母の巻子は不幸の象徴になる。自分を生んでしまったから、自分を育ててくれるために必死に働く巻子の姿を見て、緑子は母に対して「なんであたしを生んだん」と疑問を投げかける。

それからというもの、母親にきつい言葉を浴びせてしまわないようにしゃべることをやめる緑子と、子どもに無視されているという恐怖心と戦っている巻子との関係は悪くなる。しかし、母と娘は心の中ではお互いに大切に思っている。もっと素直な自分を出せれば、すべての問題は片がつくはずなのに。そう思ってしまうが、やはり親子関係というのは人間関係の中で一番難しいものなのだろう。

豊胸手術をすることで自尊心を取り戻そうとする巻子に対して、そのこだわりに反発する緑子は、ついに母に自分の思いをしぼりだすような声で云った。「お母さん、ほんまのことをゆうてや」
そして、近くにあった卵を自分の頭に何個もぶつけて、卵だらけになる。それを見た母も同じように卵を自分の頭にぶつけ始める。

いい年をしてまだ女であろうとする母への娘からの答えが卵を割ること、つまりは卵子を破壊するという表現として現れる。その娘の気持ちを理解した母も同様に卵子破壊の象徴として、自分に卵をぶつける。ここで初めて二人は和解できたのだろう。
だからこそ結局巻子は豊胸手術を受けずに大阪に帰る。

それにしても川上未映子の小説は一文が長く、句読点を省いて文章が綴られていく。早口でしゃべり続け、息をつぐときに初めて読点をつける、いわゆる関西弁の会話をそのまま文章にしている。だからリズムがあり、句読点がなくても自然に読めてしまうから不思議だ。

初のエッセイ「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」を読んだときの衝撃は忘れられない。こんな文章もありなんだとびっくりした。川上未映子は過去に誰も作らなかった文体を作り上げた。これはやはり歌手としてアルバムを作ってきた影響があるのだろう。

今後も他の作品を読んでみたい作家の一人である。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?