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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

12 神の行く末(1)

 公儀の直轄領だった長崎は、鳥羽伏見での敗戦を受けて奉行が退去していた。そのため、無政府状態だったところ薩摩、長州、肥前、土佐といった長崎にいた藩士たちがとりあえずの行政機能を担っていた。その状況の改善が朝廷に働きかけられ、九州鎮撫総督の沢宣嘉の参謀として聞多は長崎に赴任することになった。
 総督府や裁判所(県庁)を開庁し、行政機能を図ることになった。五箇条の御誓文といっ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#78

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#78

16廃藩置県(4)  馨はまた木戸に面会をするべく動いた。すると、江藤新平のもとに居るということがわかった。面倒なところだと思ったが、時間も惜しいので、江藤の家に行き木戸に話をした。すると帰宅した木戸から馨の家に使いが来て、7月9日木戸の家で薩摩方と会議をするので来るようにと告げられた。もちろん行きますと使いに伝言を頼んだ。
 7月9日は物凄い暴風雨が東京を襲っていた。それでも夕刻、木戸の屋敷に西

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#88

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#88

18 秩禄公債(5)

「伊藤くん、呼び出してすまない」
「聞多のことですね。辞職を願い出ているのですか」
「そうだ、止めて欲しい」
「先日、本人から聞きました。公債発行や約定書の事、条約改正の委任状の件もあわせてなんとかします。大久保さんの助けも当然必要ですが」
「それは当然だ」
「大隈さんにも相談する必要があります。それでは失礼します」
簡単に要件だけ話をして、伊藤は出ていった。
 業務の終了

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#91

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#91

19 予算紛議(1)

 銀行が渋沢たちの尽力で形になった。三井組と小野組による合本での第一国立銀行は、それぞれの利害を越えさせ、渋沢の意図通り設立された。本店とした建物は三井組が建設したものを買い上げていた。こうやって、考えていたことが一つ、また一つと形になるのは喜ばしいことだと思えた。
 ある日大蔵省は、江藤が率いる司法省の建議に対して、正院から下問を受けていた。
「井上さん、よろしいでしょう

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#92

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#92

19 予算紛議(2)

 その頃ある問題で英国駐日大使が、外務卿宛に書簡を送っていた。ペルー船マリア・ルス号の清国人苦力が脱走し、英国軍艦に保護され、清国人苦力に対する虐待を神奈川県にある英国領事館に訴えた。このことが契機となり他の苦力も虐待を訴えてきた。日本国政府としてマリア・ルス号の実態を把握し、善処するように求めてきたのだった。
 次に米国代理公使からは解決のための手助けをするとの書簡も送ら

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

19 予算紛議(3)

「定額」を一刻も早く決定していかなくてはならない。時間は待ってくれない。大隈と結局西郷隆盛の協力を得て、「定額」に関する会議を開くことになった。
「概要は私、渋沢がご説明いたします」
「定額とは、一年間の必要経費のことになります。基本筆記具などの消耗品から官員の出張旅費、新規の備品、事業費などを計上することです。これらの必要項目には計上の理由をつけてください。たとえば工具は

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#94

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#94

19 予算紛議(4)

 今日は晴れがましい日になった。鉄道が新橋と横浜の間だが開通した。馨は博文と大隈の資金に関する相談にはのったが、具体的には関係していなかった。それでも、工部省の責任者の山尾と井上勝は、イギリス密航仲間だ。二人の力があればこそ開通できたのだと思うと誇らしかった。
「狂介、流石に直垂姿は様にならんの」
「そういう聞多さんも、布にくるまれているようですよ」
「ふん、まぁええ。そう

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#95

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#95

19 予算紛議(5)

 次に出席者は蒸気機関車に乗り込んでいった。
 馨は山縣、陸奥や江藤と同じ車両だった。席を動かなければ、特にこれといったことはないので、車窓を楽しんでいた。
「狂介、江藤と同じ車両とは」
「聞多さん、席はあちらですから」
「まぁ。渋沢が鳥尾や梧楼に囲まれているよりはましじゃの」
「山尾と勝が席決めをしたのでしょうな」
「あいつら何も考えておらんな」
「気にかけておったら大変

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#96

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#96

19 予算紛議(6)

 「定額」の問題は、次の段階に行っていた。各省から予算と執行計画、算定理由書が提出されていた。これを、大蔵省で検討し額を決定する。各省の希望通り積み上げると、歳入額を遥かに超えてしまう。したがって、軒並み削減させた額が通知されていた。
 太政官の会議では、大蔵省井上馨対司法省江藤新平という論戦が繰り広げられた。他にも馨は文部省や工部省と対立することで、議論の相手には事欠かな

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#97

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#97

19 予算紛議(7)

  馨と渋沢は、大蔵省の執務室へと戻ってきた。
「それで、司法省以外ですとどこが問題に」
「一番は工部省じゃ。なにしろ鉄道の金がかかりすぎる」
「市中に金を求めるんはどうじゃと思うちょる」
「カンパニーですか」
「そうじゃ、会社を立て、資本を民から求める。その資本をもとに鉄道を作り、開業後は利益を分配・投資するんじゃ」
「こうすることで、国庫からは支援金程度に収めることがで

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#98

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#98

19 予算紛議(8)

 定額問題の裏でもう一つ馨が主導している事が進んでいた。
「アメリカからの報告があった。2分金の外国での売却価格が100円のところ107円でいけるとの話じゃ。それで、これを密かに買い占めようと思っておる。その売却益を貨幣の準備金とするのじゃ。そのためには資金調達の方法じゃが」
「事前に大輔により、方法を考えるようご指示を頂いておりました。兌換証券を発行するのが理にかなってい

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#99

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#99

19 予算紛議(9)

 馨には重大な変化も起こっていた。母婦佐子が亡くなった。父親の厳しさとは違い母親からは、ずいぶん甘やかされていた。金の無心は日常茶飯事だった。そんな母に悲しい思いをさせたのは、長州藩での内訌の中心にいたことだったろう。膾切りにされ死んで当然のところを、たまたま居合わせた外科手術のできる医者に救われた。そのときには兄に介錯を頼んだところ、母が身を呈したのだった。その後の座敷牢

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#100

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#100

19 予算紛議(10)

 佐伯に呼ばれた渋沢が馨の執務室にやってきた。
「おう、渋沢。母の喪中の間色々すまんかった。沢山の面倒をやらせてしもうた」
「それも私の仕事です。陸奥さんや芳川さんもおられますし、大丈夫です」
「それで、呼び出したことじゃが。暦を至急西洋の太陽暦に変える必要があると、思い至ったのじゃ」
「それは、忙しいことになります」
「いままでなんで気が付かんかったのかと思うのじゃが。

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#101

19 予算紛議 (11)

 陸軍は薩摩が大勢を占めていたことから、山縣はその進退が問題になっていた。馨は、西郷隆盛と大隈の力も借りて、山縣の処分が寛大になるよう調整をした。とりあえず軍籍はそのままに陸軍大輔の辞任で済ますことができた。
 このことで馨は、以来表立って山縣の支援は請けられず、太政官で孤立を深めることになった。
 誰も入れるなと怒鳴っては、自分の執務室にこもった。
 そして机の上に置

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