彼を語るときに名プロデューサーの存在を忘れてはいけません。
宮沢賢治ほど研究書がたくさん出版されている作家は他にいません。
数百冊はあるでしょうか?
賢治の作品には、天文、地文、地質、鉱物、物理、化学、植物、農業、美術、音楽、文芸、心理、宗教、地名、人名、外来語、方言、色と光の独特の言い回しで書かれています。
【きっかけ屋☆映画・音楽・本ときどき猫も 第60回】
しかも、
イギリス語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ラテン語、ポルトガル語、スペイン語、オランダ語、梵語(サンスクリット)、それらの外国語の中からもっともその時の心象にふさわしい言葉を賢治は使い分けます。
そのため、幅広い知識と言葉の宇宙を自在に飛び回った宮澤賢治について各方面の専門家たちにより何百冊もの研究書が書かれています。
もう一つ。
賢治はいくつもの名言を残しています。
“永久の未完成これ完成である”
賢治は物語を何度も何度も時間をおいて原稿を推敲しました。
時には言い回しをかえるだけではなく物語をも変えてしまいます。
「銀河鉄道の夜」は未定稿のまま出版されたために現在2種類が出版されています。
どんな違いがあるかはこちらを。
巨大なトランクに収められていた初稿や手直し中のものなどを含め膨大な原稿を賢治の死後弟の清六が中心となり長時間かけて整理して発表しました。
ということで宮沢賢治全集ではなく[校本]賢治校訂全集という形で発売されています。
最終的に完成した作品とそれに至るまでの経過を丹念に解き明かした世界にもまれに見るマニアックな全集です。
宮沢賢治の最大の理解者は妹のトシでしたが、賢治を世間に知らしめたのは弟清六です。
賢治の死後清六はプロデューサーとして大活躍しました。
賢治はメモ魔なので膨大な資料が清六プロデューサーの手元には保管されていました。
賢治研究のためには清六の協力が必要でしたので研究者たちは賢治の資料を集めるために清六さん参りをしなければならなかったのです。
しかし清六の賢治情報は言わば大本営発表です。
そのため雨ニモマケズに代表される清廉潔白な人物像が形作られました。
例えば高校時代の賢治の同人誌仲間保坂嘉内(ほさかかない)と賢治は同性愛だったのではないだろうかということや妹のトシとの異常なまでもの仲の良さはもしかして・・・というようなキワドイ話題はすべて遠ざけられていました。
また、賢治はユーモラスでお茶目な面も持ち合わせていました。
例えば有名なこの写真。
畑に立つ賢治。
度重なる飢饉に見舞われた荒れた地面を見つめる宮沢賢治というイメージで捉えられていたのですが、カメラを持ってきた友人に賢治は「ベートーヴェンの歩き方を真似するから撮ってくれよ」と撮らせた写真だったのです。
賢治は四年間農業高校の先生をしていました。
賢治の教え子が話したエピソードです。
英語の時間に賢治は生徒たちに問いかけました。
賢治「最も長い英単語は何でしょうか?」
生徒たち「・・・・・・」
「正解はSMILESです」
「SとSの間にMILEもあるじゃないですか」
1マイルは1609メートルですから確かに長いのです。
賢治は教え子たち全員が褒めちぎるほど素晴らしい先生でした。
この本を読めば誰でもこんな先生に習いたかったと思うはずです。
ちなみに宮沢賢治のことを手早く知りたい方にはこの本がオススメです。
最後までお読み頂きありがとうございました。
次回もお寄り頂ければ嬉しいです。
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