見出し画像

水と読書 『渇きの考古学 ~水をめぐる人類のものがたり~』

水を軸に本を紹介するシリーズ『水と読書』。
今回は『渇きの考古学 ~水をめぐる人類のものがたり~』をご紹介します。


どんな本か

考古学的アプローチから、様々な古代文明の盛衰と水の関係を紐解き、現代の水管理のあり方を考える重要性を提起している。

著者

スティーヴン・ミズン(Steven Mithen)
1960年イギリス生まれ。レディング大学 考古学教授。認知考古学の分野で功績多数。

要約

場所や時代が違えど、古代文明において”水の管理”が生活基盤、権力、癒し、信仰と深く結びついていた点は共通している。
数千年前には、各所で現代と変わらないレベルで水利事業が行われ、文明発展を支えた。
一方で、農地の塩害化や洪水、干ばつ、水を利用した戦争など、水管理と文明衰退に関する考古学的な研究も数多くある。
水に関する神話や哲学者の思想も交えながら、豊富な具体事例とともに、古代文明と水の関係性を著者独自の解釈で探求していく。

以下、本書で特に興味深かった内容を記載する。

・狩猟採集時代における水管理の形跡はこれまで発見されていない。人々は特定の土地に長期滞在しないので、水を管理する必要性が乏しく、自然の水利システムに依存していたと考えられる。

・世界最古の水管理の形跡として、キプロスで紀元前約8300年前の井戸が見つかっている。井戸の中からは、儀式の形跡と思われる人骨や動物の骨が見つかっている。

・メソポタミア文明は”過度な灌漑”が招いた農地の不可逆的な塩害化がきっかけで食糧難に陥り、文明が衰退したという説がある。

・現在のイラクに位置する古代バビロン王朝では、運河の輸送網や、各村落への引水量などを管理する『グアルカム』という役人が置かれ、シュメール文化の発展を支えた。

・紀元前6世紀ごろの古代アテナイの都市では、約25万人の人口を支える井戸、貯水槽、導水管、排水管を組み合わせた高度な水インフラが整備されていた。水質に応じて飲用水や洗濯、雑用水を使い分けることで、効率的に水を使用していた。

・アリストテレスは著書の『政治学』で、戦時における貯水槽の設置場所の重要性に触れている。プルタルコスは、無秩序な井戸の掘削等で水供給が偏らないように、水源と住居の距離に応じた合理的な規制や、水源のシェア等、水利用に関する法律を制定した。

・アテナイとスパルタの戦争では、スパルタが川を意図的に洪水させることでアテナイ軍の陣形を乱し、主戦場に誘い込んだ。結果としてスパルタが勝利。

・古代ローマでは、浴場が文化の中心として機能していた。浴場に水を供給する水道橋は、富や権力の象徴として、ローマ人の美徳を包含した雄大なデザインで建設された。

・7世紀ごろ、隋王朝は揚子江下流から洛陽までの運河ルートを建設した。陸路に比べて穀物の大量輸送、交易、情報交換が盛んになり、経済が発展した。

感想

水を軸に古代文明の盛衰を横串で見ていくと、複雑な古代に対する解像度が上がる。
特に、著者の『労働力・資材・金を大量に必要とする水利事業のニーズ自体が、古代文明の中央集権化を促進し、結果として文明発展に寄与したのでは』という視点は示唆に富む。現代の水管理の在り方を考える上で、大変参考になる。

近年、人口増加、衛生環境改善、経済発展といった社会的ニーズを背景に、特に先進国において、国がトップダウンで浄水場、下水処理場を急速に普及させてきた。わずか100年足らずで、確かに社会は衛生的で豊かになった。

一方、現代は人口減少、設備の老朽化、自然災害の激甚化といった新たな問題に直面している。社会の前提条件が急激に変化する中で、従来の集約型水インフラの維持が困難になりつつある。

本書では古代文明衰退の要因として、目先の利益を優先した過度な水管理や洪水、干ばつ、水を利用した戦争等が挙げられている。古代文明と同じ過ちを避けるべく、今こそ地域特性や社会変化、自然のスケールに合わせて、”分散型”と”集約型”を適切に組み合わせた”新しい水インフラ”の再構築が重要ではないだろうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?