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一文物語 2016年集 その9

本作は、手製本「一文物語365 海」でも読むことができます。

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ついに完成した海中列車の先頭は魚の頭で、内装はどんな水圧にも耐えて客室をしっかり守るあばら骨工法のくじらを輪切りにしたような体内デザインだが、トンネルなしで海底を走る車窓からは、魚たちが空を飛んでいるかのように見え、暗い青や明るい青で描かれた油絵の中を走っているようだった。

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部屋の白い壁に黒い蝶が群がっているように見えたので、死に招かれているのかと思って恐る恐る近づいてみたら、それは黒い渦のブラックホールで、体が吸い寄せられてもう引き返すことができない。

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風と葉がこすれる音しか聞こえない野原で本を読んでいると、すすすっと顔を出したヘビといっときにらめっこした彼女は、チロっと出たヘビの舌の可愛さに、ニコッと笑ってしまった。

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パンパンにつめ込まれて気持ち悪い表情をしているたい焼きの口から餡がもれている。

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鏡の前で自分の未来をふと思い浮かべてしまうと、鏡越し絵師によって猛スピードで描かれた年をとった自画像が郵便箱に入れられ、これまた疲れた顔が似ていて怖い。

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売れば高くつく魚を釣って笑顔の彼は、網の中でのたうち回るのを見ていると、まるで自分のようだとボートの上で一人思っている。

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季節外れでも花火が咲くという噂を確かめるために、青年は年老いても探し続け、ついに深夜の山奥で火を舞い放つ花を見つけて、今までの苦労を打ち消すその秀麗な花火とともに彼の魂は天へと打ち上がった。

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忍者屋敷に住んでいる友達の家に遊びに行った少年は、お手洗いを借りようとしたが、涙目で一時間以上お手洗いの隠し扉を探している。

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自由にかいていいと手渡された紙に、少年は考えるのも面倒だと思って、紙に向かってどこがかゆいか聞いた。

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隣の席の彼が、気が抜けたと言ってしぼんでしまい、彼女は慌てて空気入れの先を彼の口に突っ込み、空気を送り込んだがふくらまず、彼には塞がらない穴があるようだ。

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骨を集めながら旅をしている男に声をかけられ、さすがに頭蓋骨をあげることは断ったが、彼は忽然といなくなった想い人を甦らそうとしていて、すでに半分ほど集っている。

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これから使おうと手を伸ばしたスプーンのふくらみが突然二重になって、きらめきを生む羽音をたてて、銀の虫のごとく飛び去った。

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鳥の求愛ダンスを真似て、大腕をふって派手に彼女へ愛を最大限表現した彼は、身を引かれてしまったが、それを見ていた周囲からは拍手喝采で、瞬く間に世界の男たちは彼の虜になった。

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建設が途中で終わったしまったビルの上に残されたクレーンを助けたい少年は、クレーンを操縦して左右に振り、ワイヤーの先につけた鉄骨ハンマーをビルにぶつけて高さを削っていくだるま落とし作戦を決行した。

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自分を見る美術館ができたというので行ってみると、順路を進んでも進んでも鏡張りで、好きなところで立ち止まって、作品として映る自分を見ることができる。

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尻を叩かれたら、もうひとつ割れた。

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彼の自宅には毎日、頼んでもいないのに箱が送られてきて、その箱の中には使用済みの歯ブラシが入っていて、今日はカバ用かと思わせるほど大きいものだった。

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大人たちが自分の都合で起こした悲劇の舞台となった廃屋敷で、純粋なまま透明度をもつ体になってしまった少年たちが、丸まった綿埃を蹴って遊んでいる。

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階段の踊り場で見えない段差につまづくと、階段の裏側へ入り込んでしまい、左右あべこべの世界が広がっていた。

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糸繰り人形が、演劇の途中で手にしたはさみで自分の糸を切り、軽やかな足取りで舞台を降りていなくなってしまった。

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腰を痛めて、体を休めるついでに心も落ち着けようと癒やしの音楽集を聞き始めたら、腰が激痛をともなって悲鳴をあげた。

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その裁縫職人は、川を広げたいと言われればハサミで地を切り開き、谷を埋めたいと言われれば山を縫いつけてしまい、こじれてこんがらかった夫婦の赤い糸すらもほどいてしまうのだった。

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思いもつかない発想の空想話で周囲を楽しませていた彼は、結婚式に多くの友人たちを呼ぼうとしたが、妻以外知り合いがいないことに気づいた。

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彼の言葉は空気であるかのように、彼女は目を覚まさない。


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自営スナイパーは、暗殺の求人を探していたがなかなか見つからず、宣伝も兼ねて暗殺を請け負う広告を出したら、見えない同業者から狙われてしまい、背中に気をつけながらライフル片手に高層ビルの窓掃除をしている。

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ラブレターを差し出されたのだが、受け取るにも読むにも重すぎて適わい。

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晴れ、ドキドキ、石、と占われた彼は、ワクワクと少しの高揚感を持って学校に行くと、昨日まで普通に話してい友人たちから理由もわからず小石を投げつけられている。

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毎日、日が暮れるまで裏庭の土を掘っている小さな息子の様子を見に行くと、いつの間にか庭は大きな穴となっていて、どこまで掘っても全貌が見えてこないビルが埋まっていた。

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周囲の人々から押し出された彼女は、廃業寸前の水族館で、水だけがただ循環している水槽をしずかにながめていると、彼女の魂が水の中を苦しそうに泳いでいるのが見え、めいいっぱい力を振り絞ってもその厚いガラスを叩き壊すことはできず、魂は沈んでしまった。

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画家の夫婦が純血の色で揉め、殺し合いになるまでの喧嘩をした真っ白な屋敷では、遺体は見つかっておらず、体を爆発させたような派手に飛び散ったカラフルな液体がアートとして残されている。

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