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世界最大の独立系書店「パウエルズ・ブックス」(アメリカ・ポートランド)で日本マンガの可能性を探る

アメリカのポートランドに訪れたら必ず来ようと思っていた場所の一つが、「世界最大の独立系書店」と銘打つ「Powell's Books」(パウエルズ・ブックス)です。

魅力的な書店は世界中にたくさんありますが、特筆すべきは書店が街のランドマークになっているということです。
この書店のためにこのエリアに訪れる人が絶えず、それによって、周囲にも好影響を及ぼしているという稀有な書店です。

実際、私は店内に一歩踏み入れた瞬間に、「あ、この本屋、好き」と感じました。
金曜日の昼間ながら、かなり人が来ていて賑わっています。
店内の活気と店員の本への愛情が、店内の随所から伝わってくる、素晴らしい書店でした。

この書店について語りたいことは山ほどありますが、
この記事では「日本マンガ」に限って記したいと思います。


★ マンガでわかるアメリカ名物書店「パウエルズ・ブックス」 ★

2024/08/23 追記:
こちらの記事の内容をわかりやすく伝えたいと思い、
amazonの縦スクロール漫画「fliptoon」にしてみました。

無料で読めますので、よかったら合わせてご一読ください!


■1階のカフェ入り口横に「MANGA」コーナーが

「Powell's Books」はポートランドに3店舗あります。
私がまず訪れたのは、街の中心部にある最も大きな店舗です。
3階建てのビル全てが書店となっています。

それぞれの階が分断されておらず、渋谷の東急ハンズのように、フロアの間のスペースも広く使われているので、もっと高層にも感じます。

1階はカフェも併設されています。
メインの入り口から入り、フェア棚が並ぶエリアを左に抜けて、カフェに向かう通路の左手にグラフィックノベル(アメコミなど)コーナーがあり、
さらにカフェに向かって進むと右手に「MANGA」コーナーがあります。


そう。
「MANGA」はグラフィックノベルの一角ではなく、独立した一つのジャンルになっているのです!
しかも、(あくまで私が訪れた時の印象ですが)
グラフィックノベルコーナーよりも、「MANGA」コーナーのほうが賑わっている様相すらあります。

そこに並んでいるのは『ONE PIECE』や『NARUTO』『ドラゴンボール』『進撃の巨人』といった大ヒット作品だけではありません。

「え、この漫画の面白さをアメリカ人が理解できるの?」
と感じてしまうような作品までも堂々と展開されています。

■漫画はコアファン向けの存在だけではない

メインフロアの1階、しかも、カフェ入り口に近いエリア、と好立地に「MANGA」コーナーがあることだけで十分嬉しくなっていました。
が、それでもまだ「一部のコアな日本漫画好きが熱い支持をしているから」という可能性もあります。

そうではないかも、と感じさせてくれたトピックを3つ記します。

1:入り口近くのフェア棚に並ぶ日本漫画

メイン入り口エリアには、さまざまなジャンルから横断的にピックアップしている棚があります。
その棚の随所に『暗殺教室』や『光が死んだ夏』などが、普通に並んでいるのです。



2:選書リストに「伊藤潤二」が

「サイエンスフィクション」「ヒューゴー賞受賞作」など選書リストが並ぶ中に、「伊藤潤二」という一枚が!



ホラー漫画家の大家・伊藤潤二さんが一つのカテゴリとして成立しているのでしょうか!

ちなみに、
この店舗から歩いて10分くらいのところに、紀伊国屋書店があります。
そんなに大きな書店ではなく、日本の漫画と文具やグッズが売られている店舗です。


そちらでは、目立つスペースに、『ONE PIECE』棚と、「伊藤潤二」棚が並列していました。

アメリカで伊藤潤二さん作品が人気、とは聴いていましたが、
まさかここまでとは思っていませんでした。

3:制作ノウハウにも「MANGA」が

3階のアートコーナーでもあちこちに「MANGA」という言葉が見掛けられます。

特に驚いたのは、クリエイター向けの制作ノウハウが並ぶコーナーです。
「How to draw Comics」のような漫画の描き方本は以前からありましたが、
「MANGA」だけで2段くらいが占められているのです。

■アメリカ発「日本漫画」?

1階のグラフィックノベルコーナーの特集棚に並んでいて惹きつけられたのが『Try Again』という作品です。


ページめくりが日本と逆です。
ですが、絵のタッチや表現、擬音の使い方などは明らかに日本の漫画っぽいです。

表紙に日本語で「再試行する」と書かれています。
そういう日本語タイトルなのかな?そんなダサいタイトルの漫画あったっけ?と調べてみましたが、見つかりません。

日本の漫画の輸出版ではなく、
アメリカ(おそらく)のクリエイターによって作られた「MANGA」なのでしょう。

( そのあたりの経緯はこちらの記事「TOKYOPOP And Noir Caesar Entertainment Announce ‘Try Again’」でおおよそつかむことができます)

クリエイター向けハウツー本に「MANGA」があることも示しているように、
アメリカにも「日本的なマンガを作りたい」というニーズが一定数ある、という表れです。


『Try Again』は、こちらで1話が無料で公開されています。

■クリエイターマーケットの看板に「漫画」の文字が

「Powell's Books」から話は離れますが、
毎週土曜日に開催される「サタデーマーケット」でも、漫画の存在感を感じさせてくれることがありました。

似顔絵を描くブースの看板に「漫画」の文字が!


北米で日本漫画の売り上げが急増している、という情報は耳にしていました。

ある程度の期待感は持ちつつ訪れましたが、想像していた以上にアメリカに浸透し始めているのかもしれません。


…と、ポジティブなトピックを並べたからこそ、あえてここで注意書きも記しておきます。

ポートランドでは「Keep Portland Weird」というのが合言葉です。
「ポートランドは変わり者であり続けよう」といった意味です。
つまり、アメリカ文化の王道ではない、とも言えます。

したがって、上記に記したような状況が、ポートランド独特の文化なのか、それとも、アメリカ各都市でも同様なのかまでは定かではありません。

ポートランドの旅行中の体験だけをもって「アメリカで漫画が盛り上がってる!」と言うのは早計です。

それでも私はかなりの手応えと可能性を感じていることもまた確かです。

■ 日本にPowell's Booksができたなら

以上、ポートランドの観光名所でもある独立系書店「Powell's Books」を中心に、日本漫画の盛り上がりについて記してみました。

最後に、漫画に限ったことではなく、書店文化というものについても少し触れたいと思います。

1階のフェア棚に並んでいて惹きつけられて買った本は『How to Protect Bookstores and Why: The Present and Future of Bookselling』という一冊です。

私がこの本に引き寄せられた重要な理由は
タイトルに「Why」がつけられていることです。

書店を守らないとならないーー
それは、経産省の「書店振興策」にもなるくらい、あちらこちらで言われていることです。

本屋好きの一個人としても、出版業界にいる人間としても、書店を守ってほしい、守りたい、そう思います。

でも、「書店を守ろう」という言葉にいつもどうしても引っかかってしまうのは、
「なぜ守らないとならないのか」が十分に議論されていないように感じるからです。

そのことについて記し始めるときりがなくなるので、止めておきます。

「Powell's Books」は街に書店があることの価値を最大限に示してくれているように感じられたからこそ、入った瞬間に惹かれたのだと思います。
そして、その価値は、日本における「書店を守ろう」という言葉には欠けているように感じます。


駅前に本屋があることが当たり前ではなくなってしまった日本において、「Powell's Books」ができるとしたら日本のどこだろう?
東京だろうか?京都だろうか?
そして、それによって周辺はどうなるだろうか?

とみんなで考えてみるのは意義があるように感じます。
そして何より、その思考実験はとても面白そうです。


●Powell's BooksのX(旧Twitter)アカウント 


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