飲み過ぎてやらかしてむなしくて【ショートショート】
ああ、やってしまった。打ち出された納品請求書の束を見て、私は愕然とした。今日は4月1日、消費税の適用が開始される日だ。打ち出す納品請求書には消費税を加算しなくてはいけないのに、私ときたら消費税を適用するチェックを入れずに納品請求書を発行してしまったのだ。これがエイプリルフールの冗談だったら良かったのに。一箱分の大量の納品請求書の用紙をムダにしてしまった。私は誰からも特別怒られる事もなかったけれど、分かっていたはずの事ができていない、そんな自分が不甲斐なくて仕方なかった。
今日から2年目に入り、下に後輩も入ってきた。1年経ち、仕事や会社というものにも慣れてきて気が緩んだんだと思う。この日は仕事が終わっても気分は晴れなかった。
今日は土曜日で、仕事終わりに友達と食事を兼ねた飲み会がある。待ち合わせ場所に向かう途中、契約している駐車場に寄り制服などを車の中にぽーんと放り込んだ。今日は車は置いたままにして、翌日取りに行く事にする。待ち合わせ場所まで歩いていると、今日のミスが重くのしかかるように感じた。こうなったら、今日はぱぁっと飲んで忘れたかった。
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「かんぱーい!!」
友達2人とチューハイで乾杯をする。チューハイはシュワシュワして、甘くておいしい。いくらでも飲めてしまいそうだ。次々にオーダーした焼き物や唐揚げなどが運ばれてきて、おしゃべりしながらたくさん食べて飲んだ。沈みがちだった私の気持ちも少しだけ明るくなった気がした。
「次、どこ行くー?」
2軒目はディスコへ行く事になり、新しくできた所に行ってみた。できたばかりなので、とても綺麗でなんだかオシャレだ。今度はカクテルを飲みながらフロアを眺めていると、やけに上手い2人組がいる。
「あの人達、なんかすごいね」
彼らはとても目立っていてすごいなぁと素直に思った。
私達もフロアに出て踊ってみた。周りを見ると、なぜか私の動きだけなんか怪しい。同じ様にしているはずなのに、何かが違っているようだ。フロアの周囲は鏡張りなので、嫌でも自分の動きが目に入ってくるのは勘弁して欲しかった。それでも、ぎこちない動きながら曲に合わせて動くのは楽かった。
また席に戻って飲んでいると、さっきの2人組が私達の所へやって来た。いったい何事なんだろうか。
「ねえ、一緒に飲もうよ」
別に断る理由もなかった私達は一緒に飲む事にした。珍しい人達もいるものだなと思いはしたけれど。
彼らは近くの大学に通う1つ上の学生だという事だった。1人はメガネ男子で、やけに私に話しかけてくる。楽しく話しながらも、心のどこかは仕事のミスを引きずっていて、お酒がどんどん入ってしまう。ちょっと飲み過ぎかなと思いはしたものの、なんかどうでも良くなってしまった。
3軒目に行こうという事になり、なぜかタクシーに乗って大学の近くのカラオケパブに行った。カラオケを歌いながら、そこでも飲んだ。今度はウィスキーの水割りに変わっていた。楽しかったけど、やっぱり気分は晴れずに私はグラスを重ねていった・・・。
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なんだか、唇にむにゅっとした感覚がして目が覚めた。この感覚が何なのか一瞬分からなかった。眠気とお酒でぼんやりしていた頭が一気に目覚めた。どうやら私はキスをされているようだった。
ちょうど朝日が昇った頃で、私は車の中にいる。そして、横にいるのは昨日のメガネ男子だった。いったいどうして私はこんな事になっているのだろう。あれだけ飲んだにもかかわらず、二日酔いにはなっていなかった。やけにハッキリと冴えた頭で考えを巡らせる。というか、キス、されているんだけど。
私は今の今までまったく異性にモテずにきたので、彼氏がいた事がなかった。このキスは当然、初めてだ。初めてのキスがこんな事でいいのだろうか。酔っぱらって、寝てしまって、知らない間にされているなんて。本当なら理想のシチュエーションもあったのに。
「あ、起きた?」
「うん。なんで私ここにいるの?」
「昨日、飲み過ぎて寝ちゃったんだよ。それで僕が一緒にいたんだよ」
「ごめんね。でも、びっくりした」
メガネ男子は、私の耳元で
「初めてだって言っていたよね。僕が初めてをもらっちゃったよ」
と囁いた。どうも私は飲みながら、彼氏がいないとか何も経験した事が無いとか言っていたようだ。
聞けば3件目のお店で飲み過ぎて、寝てしまったらしい。それで、ほったらかしに出来ずに彼が一緒にいてくれたみたいだ。車はもう1人の彼の物で、わざわざ貸してくれたそうだ。まだ少し肌寒かったので、私にはメガネ男子の半纏が着せられていた。
家の近くまで送ってもらった私は、半纏を片手に家まで歩いた。仕事のミスやあっけなくキスしてしまった事など色々考えてはどんよりした気分になった。とりあえず半纏をクリーニングに出しに行き、置いたままの車を取りに行った。
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半纏のクリーニングができあがり、私はメガネ男子に電話を掛けた。電話は下宿先の代表電話になっている様で、本人を呼び出してもらうシステムになっているようだった。
「この前の半纏、クリーニングができてきたんだけど」
「ほんと?わざわざクリーニング出さなくても良かったのに。じゃあさ、せっかくだから一緒にデートしようよ」
「うん、分かった。デートしようか。じゃあ、私が車でそっちに行くね」
今度は、初めてのデートか。こういう時はあっさり実現するものなのかと思った。メガネ男子は車を持っていないので、私が車を出す事にした。
初めてのデート。本当なら、これも理想のシチュエーションがあったりするけど、今回も成り行きで実現してしまった。それでも、着ていく物や髪型やリボンなど考えて用意した。
その日はいい天気で絶好のドライブ日和だ。助手席にメガネ男子が乗ってきた。
「こんにちは。この前はありがとう」
「いいよいいよ。気にしないで」
挨拶もそこそこに車を走らせる。話し合った結果、海を見に行く事にした。海までの道、メガネ男子と話をしながら進む。気まずくなる事も無く車は快調に走り、海に着いた。辺りを散策しながら、私はぼんやり考える。これがデートかぁ、もうちょっと楽しいものだと思っていたのに。やっぱり、付き合っている人じゃないから楽しくないのだろうか。
帰りも私が運転してメガネ男子を下宿に送り届けると、彼は言った。
「ちょっと上がってく?」
なんとなく興味のあった私はついていく事にした。
そこは、昔ながらの下宿で良く言えば味のある、普通に例えれば古い建物で共同の玄関の先に階段があり、そこを昇るとずらりと部屋が並んでいる。そこの何番目かにメガネ男子の部屋があった。部屋の中はまあまあ片付いていて綺麗だった。
「あ、これ。ありがとう」
と半纏を返した。ちょっと会話も途切れたけれど、変な空気にもならない。それは、昔ながらの下宿故に人の気配をひしひしと感じるからだ。あんな所で何かしようものなら、それは周囲に筒抜けになる事だろう。見せたがりならそれでいいのだろうが、そんな人はあまりいないと思う。
私は早々に帰る事にした。お互い「またね」とは言ったけど、その次は無いであろう事は2人とも分かっていたと思う。
成り行きとはいえ、こんな短期間で「初めて」を2つも経験できてある意味ラッキーだったのかもしれない。いつまでもキスもした事ないのって女としてどうかと思っていたから、ちょうど良かったじゃないか。デートだって、こんなものかというのが分かっただけでも良かったじゃないか。
お酒の失敗が招いた事だったけれど、物は考えようだ。色々思う所はあるけれど、済んでしまったものはいつまでもウジウジと考えていても仕方ない。願わくば、あれがエイプリルフールだったなら良かったのに。そしたら、今度こそ私の理想のシチュエーションでデートしたりできるのに。
とりあえず、明日からまた仕事をがんばろう。彼氏だってそのうちできるだろうし。もう、お酒も飲み過ぎないようにしなきゃね。
そんな事をぼんやり考えながら車を走らせていると、家の近くまで来たようだ。あの交差点を右折したらもうすぐ家だ。私は自分に気合を入れる様に軽く左のほっぺを2回叩いた。
おしまい
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突然ですが。
みなさんは、あの川柳と俳句を覚えていらっしゃいますか?
これをベースにしたショートショートでございます。
実話に盛って盛って書いてみましたよ。
ほんと、やっぱり無事で何より案件ですね。
こんなの書いちゃうのってどうかなぁと思っていて。
書いたものの、投稿すんのってどうかなぁと迷いもありました。
だけど、突然この話が降りてきたんですよね。
するするっと書けてしまいました。
おそらく、書く事で過去の自分を赦していく事になっているのかなぁと。
バカなやつだと笑ってもらえれば幸いです。
この頃ってまだ十代ですが、当時はゆるかったので堂々とお酒が飲めたりしたのです。そんな時代の話です。
ほんとあの頃位まではモテなくて、全く男っ気がありませんで。なんにも経験した事の無い自分っていうのがコンプレックスだったんです。今思えば、もうちょっと自分を大事にせいって思うのですが。
だからといって、その後にモテてモテて困っちゃう~ってなったかと言われればアレなんですけどね(笑)
このメガネ男子は、なんとなく大江千里さんに似ていて、大江千里さんを聴くキッカケにもなったのであります。だから、悪い事ばかりではなかったという事で。
このメガネ男子が地元で好きだった子が私に似ていたらしくて、それで声を掛けてきたんだそうです。そんなん知るかと思わなくもありません。
文中にもあった通り、もうそれからは連絡をする事も会う事も無かったです。
よくある若気の至りです。
私、若い頃はやさぐれていたんでしょーがないです。
でも、この件以来は飲み過ぎて寝ちゃうなんて失敗はしておりません!
酒は呑んでも飲まれるな!!なのです( ̄▽ ̄)
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