文字を持たなかった昭和 続・帰省余話7~お出かけ準備

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 あらたに、先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、強く印象に残ったことの簡単なまとめに続きエピソードを書いている。(ミヨ子さんの表情が乏しくなったこと、「膝かっくん」状態住戸内外の手摺、いっしょに過ごした中秋など)。

 本項からは帰省中の行動について振り返ってみたい。

 中秋の晩ご飯をいっしょにいただいた翌日、ミヨ子さんを外泊に連れ出した。最初のまとめで触れたように、この一見麗しい親孝行計画は、結果的にミヨ子さんに負担をかけることになるのだが、計画を立てているときはもちろん外出を始めてからも、その後の展開は関係者の誰も予想できていなかったと言える。

 当日はまずレンタカーを借りることから。二三四(わたし)はペーパードライバーなので、いっしょに帰省してくれた家人が運転する。契約時間の関係で、ランチがてら長男の和明さん(兄)がレンタカー会社の近くまで送ってくれたあと、車を借りることにしていた。

 出かける前、お義姉さんからミヨ子さんの着替えやおむつを預かる。しばらく前に「おむつも重ねている」と聞いた際うまくイメージできなかったのだが、パンツ型のおむつの内側に吸水パッドを重ねるということのようだ。パッドはけっこう厚くて、ズレ防止のためのテープが前途にある。おむつもパッドも「こちらが前」と大きく表示してある。

「2泊だからねぇ…。汗はそうかかないと思うけど、もしものために服も一式ね。おむつは…」
お義姉さんは夜間の交換や万一失敗したときを考えて、おむつもパッドも多めに用意する。
「使ったおむつをホテルで捨てられるんだっけ? 持って帰る可能性もあるよね」
使ったおむつを包む新聞紙とゴミ袋も用意する。

 都市部では、ベビーカーを推して電車に乗り込むお母さんやお父さんが、おむつが入っているらしき大きなバッグをベビーカーの把手や自分の肩から下げている光景を見かける。子育て経験のない二三四は「大変だなあ」と思うと同時に、子育て中のファミリーに敬意を感じるのだが、ご老人も同じ事情なのだ、むしろ体が大きく意思表示ができる分赤ちゃんよりも大変だ、と改めて気づく。

 ミヨ子さんの身の回り品は、大きなトートバッグいっぱいになった。
「ま、多めに入れてあるから十分足りると思うよ」
とお義姉さんが手渡してくれたおむつ類と着替え。ほとんど全部使うことになるなんて、これまた二三四の想像を超えることだった。

※前回の帰省については「帰省余話」127


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