文字を持たなかった昭和 続・帰省余話16~フレンチのディナー、続き

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 あらたに、先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、印象に残ったことのまとめに続きいくつかエピソードを書いた。次にミヨ子さんを連れてのお出かけを順に振り返っている。お出かけの準備をし、外でランチしてから桜島を臨むホテルにチェックインミヨ子さんを温泉が引かれた大浴場に入れてあげた。その後、あとから到着したミヨ子さんのいちばん下の妹・すみちゃんもいっしょに、フレンチのディナーを始めたところまで書いた。

 ディナーはコースなのでデザートまで何品も続く。途中でミヨ子さんが「トイレに行きたい」と言い出す。書き忘れたが、ミヨ子さんは車椅子に掛けたままテーブルについている。車椅子を動かして、レストランの奥にあるトイレに連れていく。個室内は広めだが、車椅子から便座への移動にはやはり難儀した。

 用を足し終えてテーブルに戻り、コースの続きをいただく。

 食事の途中で、すみちゃんは温泉を引いた大浴場にまだ入っていない、という話題になったのだが、すみちゃんから衝撃の告白があった。いわく「浴槽に入るのは好きじゃない」。なんでも、母親であるハツノさん(わたしの祖母)が熱いお風呂が好きで、お風呂のたびに我慢していたからお風呂が苦手になったのだ、ふだんはシャワーで済ませている、という。なるほど、そういうことか。

 コースの最後はもちろんデザートだ。シャーベットや小さめのケーキ、フルーツが芸術的に盛り付けられている。ただ、平たいお皿からシャーベットを掬い上げるのは、ミヨ子さんにとってはかなり難しい。溶ける前に食べてほしくて、二三四(わたし)は隣でやきもきする。

 デザートがあっても、食後のコーヒーには砂糖とクリームをしっかり入れる。これがミヨ子さんのルールだ。十分甘いであろうコーヒーを「おいしい」と飲んでいる。そう、おいしいのが一番だ。

 当日のメニューは記念としていただけるよう、事前にお願いしてあった。ホールの支配人さんが気を利かせてミヨ子さんの名前も入れてくれた。そして最後にレストランの入り口で写真を撮ってもらう。どれも大切な記念になるだろう。

 再び車椅子を推して客室に戻り、ミヨ子さんをパジャマに着替えさせる。トイレに行かせて、入れ歯も外させた。入れ歯はあとで二三四が洗うのだ。

 トイレにいちばん近いベッドをあてがったミヨ子さんは、横になったとたんに眠り始めた。すみちゃんと二三四は、寝入っているミヨ子さんの様子をときどき伺いながら、久方ぶりのおしゃべりに延々と花を咲かせた。

 ミヨ子さんはときどき鼾をかく。そりゃ疲れたよね。寝相もいいとは言えない。夜中に何度か目を覚ましてミヨ子さんの様子をチェックした際に気づいたのだが、驚いたことにすみちゃんも寝相がいいとは言えない。そして、二三四の寝相の悪さも折り紙つきである。またしてもそっくり。DNAって、こんなところも支配するものらしい。

※前回の帰省については「帰省余話」127

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