文字を持たなかった昭和 続・帰省余話12~いざ、大浴場へ!

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 あらたに、先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、強く印象に残ったことの簡単なまとめに続きいくつかエピソードを書いた。次に、ミヨ子さんを連れてのお出かけについて順に振り返っている。お出かけ準備外出先でのランチに続き、桜島を臨むホテルにチェックインし、温泉が引かれた大浴場の下見をしところまで。

 次は最重要と言っていいミッション、ミヨ子さんをお風呂に入れることだ。

 客室に戻り大浴場へ行く支度をする。現場で着替えなくていいよう備え付けのパジャマに着替えてから行くが、タオルが二人分それに紙おむつ類もと、持ち物もけっこうな量だ。ミヨ子さんをトイレに行かせてから、となると時間もかかる。車椅子を推してエレベータ―に乗り、教わったとおり13階の通路から大浴場へ着いたときには、大浴場営業開始の15時を少し回っていた。

 入口のスロープから車椅子ごと脱衣所へ進む。二三四(わたし)たちと同じように、明るいうちにのんびり温泉と桜島の景色を楽しみたいと思ったらしい先客がもう数人いて、ミヨ子さんの支度をする間にもまた数人入ってきた。

 脱衣所までは車椅子でOKだが、洗い場には歩いて行ってもらわなければならない。杖を持たせて、慎重に洗い場へ入る。浴槽までは手摺がないので緊張する。

 まずミヨ子さんの体を洗わねば。最初はふつうの風呂椅子に座らせようとしたが――前回、2月の帰省で別の温泉に行ったときはこれで十分だった――、低い風呂椅子には座りづらそうだったので、ご年配者や体の不自由な方が使う大きな椅子にする。こちらのほうが、たしかに安定感がある。シャワーをかけながら、ミヨ子さんの体と髪を全部洗ってあげる。長年の労働で背中が湾曲しているのが痛々しい。

 続いて自分も体を洗うが、これは超速だ。気持ちいいとか思っているヒマはない。

 次にミヨ子さんを浴槽まで連れていく。ここも、杖をついて慎重に。洗い場がそれほど広くないのは幸いだったかもしれない。洗面器でお湯を汲み体に何回かかけてあげてから、手摺を摑みながらゆっくり浴槽に入ってもらう。ここがいちばん緊張するところだ。ミヨ子さんは入り際の段のところに座って安定した。隣に座って、ときどきミヨ子さんの肩にお湯をかけながら話しかける。

「桜島が大きいねぇ」
「そうだね、よく見えるね」
お湯は熱すぎずぬるすぎず、ちょうどいい。これならしばらく浸かってもらっててもよさそうだ。

「頭を洗ってくるね。ちょっと待ってて」
二三四はミヨ子さんに言い置いて、急いで洗い場に戻る。浴槽が見やすい洗い場を確保してある。髪と顔を洗う途中、こちらに背中を向けたミヨ子さんの様子をちらちらと窺う。大丈夫そうだな。

 洗い終わった髪にタオルを巻いて再び浴槽に向かい、ミヨ子さんの隣に入る。「どう?」と訊くと「いい具合*」と答えてくれる。こっちは温泉を楽しむどころではないが、やはり「連れてきてあげてよかった」と思う。

 もうそろそろいいかな。浴槽からミヨ子さんを立たせて再び慎重に洗い場に移動し、体をざっと拭いてあげてから脱衣所へ戻る。足元が濡れているので気を使う。

 脱衣所のベンチに座らせたミヨ子さんに服を着せる。脱衣所横の化粧台から化粧水と乳液の1セットを拝借し、ミヨ子さんにつけてあげる。腕や足にも乳液を塗らせてもらった。備え付けの冷たいミネラルウォーターもいただいて、二三四もやっと人心地がついた。何より、滑ったり転んだりすることなく入浴を終えられて、心底ほっとする。

 なんだかんだで1時間半近くかかった。温泉に入ったのに、二三四の肩はガチガチだ。夕食までは、部屋でゆっくりすることにしよう。

*鹿児島弁:「よか あんべ(塩梅)」
※前回の帰省については「帰省余話」127

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