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文字を持たなかった昭和 続・帰省余話15~フレンチのディナー

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 あらたに、先だっての帰省の際のあれこれをテーマとすることにして、印象に残ったことのまとめに続きいくつかエピソードを書いた。次にミヨ子さんを連れてのお出かけを順に振り返っている。お出かけの準備をし、外でランチしてから桜島を臨むホテルにチェックインミヨ子さんを温泉が引かれた大浴場に入れてあげた。ベッドを足して3人部屋にした客室では、あとから到着したミヨ子さんのいちばん下の妹・すみちゃんを交えておしゃべりに花が咲いた

 そろそろ19時、いよいよディナーだ。

 予約したのはフレンチ。二三四(わたし)が「今回はSホテルにした」と長男の和明さん(兄)に告げたとき、思いがけず「あそこの洋食はうまいらしいぞ。なんでも(県内随一と名高いもうひとつの)Sホテルより、シェフはいいらしい」と聞かされた。期待が高まる。

 おっと、ミヨ子さんのお世話が優先だった。

 車椅子を推してエレベータで最上階の13階に上がり、フレンチレストランに進む。名前を告げると「お待ちしておりました」と、4人分の席が用意された広めのテーブルに案内された。本来桜島が一望できるはずの窓側なのだが、もう濃い闇が下りているのは残念だ。ビルの灯りの先にフェリーらしき照明がゆっくり行き来している。
「真っ暗だねぇ」
とミヨ子さんがダメ押しする。お母さん、ごめん! 景色も見たかったよねぇ。

 フレンチはコースだが、ミヨ子さんが食べられないもの――生の魚介。加熱してあっても青魚類はだめ――は事前に伝えてある。ミヨ子さんにはナイフやフォークでなくお箸を用意してほしいことも。ホテル価格の中では手頃な、つまりいちばん安い赤ワインを1本と、数年前に体調を崩してからお酒はやめたというすみちゃんにソフトドリンクを注文して食事が始まった。

 このSホテルのディナーには、もちろん和食も中華もあるし、洋食中心のバイキングもある。ふだん和食が多い(であろう)ミヨ子さんやすみちゃんのために洋食を、と考えたわけだが、バイキングはお世話する側が落ち着いて食べられないということを、数年前に別のホテルで学習ずみなので、あえてコースで出てくるフレンチにしたのだ。

 だが、それがよかったのかどうか。

 たしかにお料理はすこぶるおいしいのだが、基本食器を置いたまま、フォークで刺したりスプーンで掬ったりしていただくフレンチは、いくらお箸に持ち換えたとはいえ、ミヨ子さんには慣れないうえに食べにくそうだ。やはり、小皿やお椀を口の近くまで持っていき、お箸で口に運ぶ、あるいは掻きこむ、場合によっては啜るスタイルのほうが食べやすそうなのだ。

 美しく盛りつけられた大きいお皿をれいれいしく運んでくれるスタッフには申し訳ないが、ミヨ子さんの分はもっと小さいお皿で、と言いたくなる。じっさい、アペリティフが美しく盛られたカクテルグラスの脚を、ミヨ子さんは摑み上げてお箸で搔きこんでいた。ま、いっか。

 ふつうお魚料理になる場面では、シェフの工夫でミヨ子さんだけはお肉中心のさっぱり系の料理が用意された。ホール支配人も調理法や素材について熱心に説明してくれる。が、ミヨ子さんは料理が置かれるやいなや、すぐに箸を伸ばす。ま、いっか。

 ワインは1本を3人でゆっくり飲む。ミヨ子さんにもついでもらうが、大きなワイングラスは持ちづらいうえ、飲むときに大きく顎を上げる形になるので、小さいグラスに換えてもらった。小さいビールグラス、なんならお湯の割合を示す線が入ったふつうの焼酎グラスでもよかったのだが、そこはホテルのフレンチとして譲れないのか、小さいながらも脚つきのグラスが提供された。ま、いっか。

 ミヨ子さんはふだんお酒は飲まない。二三四が実家にいた頃も、せいぜい夏場に氷水で割った梅酒を飲むぐらいだった。が、二三四が大人になって帰省する頃には、進めればビールぐらいは飲むようになった。何杯飲んでも顔色は変わらずけろりとしている。

 この夜もそうで、料理を食べながらワインをごくごく飲んでいる。
「お母さん、もっと少しずつ飲んで」
と二三四は懇願する。「このワイン、高いんだから」という後半部分は吞み込んだが。しかしミヨ子さんは
「いけんもなか(なんともない=ちっとも酔わない)」。

 グラスが空くと支配人がつぎに来るので、二三四は必死で飲むペースを抑えようとする。なかなかにスリリングな食事ではある。

※前回の帰省については「帰省余話」127

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