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#91ひよこマークをつけた人々(コンビニ物語1)。

娘のミドリーがコンビニのバイトに行くようになってから、五ヶ月が過ぎようとしています。はじめの頃あれほど緊張していたのが嘘のように、今ではバイトの朝だけは目覚まし時計のアラームでちゃんと起きて、身支度をととのえ、朝ご飯もしっかり食べて、彼女は出かけていきます。

「うちのコンビニは店内がすごくきれいなんだよ。トイレの掃除も手抜きしてないし」
観察するのが得意なミドリーは、コンビニのバイトを始めてから、他店のコンビニの店内配置などにも興味をもつようになったようです。

「図書館の近くのあの店は、品物がごちゃごちゃ置いてあるから、お客さんは歩きにくいと思うよ」

そう言われてみると、同じセブンとかファミマなどのコンビニであっても、店舗によって品揃えの仕方やお店の雰囲気がちがっています。わたしは滅多にコンビニに行くことはないのですが、新しく建ったばかりの、床までピカピカ光っている店より、少し古びてきていても、すみずみまできちんと掃除された、手入れの行き届いた感じの店の方が、安心して買物できる気がします。

ミドリーの働くお店の店長さんは中年の男性で、赤字経営におちいってつぶれかけていた、その店を立て直すべく、本社から派遣された方なのだそうです。店はトラックなどの大型車がよく走っている大きな通りに面していて、わたしの日課にしている散歩コースの途中にあります。1時間ほどの散歩コースは、適度にアップダウンもあり、心地よい疲れを感じるくらいの距離です。その道のりの3分の1くらいのところに位置するコンビニにさしかかると、店長さんは今日もいるのだろうかと、ついのぞきたくなります。それはミドリーから、

「店長はね、いつ行ってもお店にいるんだよ」
と聞いているからです。常時バイトを募集していて、次々に新しい人が入ってくるらしいのですが、それでも一日たりとも休むことなく店長が店におられるというのは、一体どういうことなのでしょう?聞けば聞くほど、店長さんがいつか身体を壊してしまうのではないかと心配になってきます。

「わたし、一つだけ不満があるんだよね」
ある時、バイトから帰ってきたミドリーが昼ご飯を食べながらいいました。
「へえ、なあに?」
「わたしだけ、ひよこマークをもらってないんだよね」
「ひよこマーク?」
「名札のバッジの横につけるワッペンみたいなもの。まだ新人ですっていう印。わたしよりも前に働き始めた人が、未だにひよこマークをつけてるの」

厨房で弁当を作っているミドリーは、それが終わるとレジの仕事もするのです。
「どうしてひよこマークを付けたいの?」
「お客さんっていうのはね、ちゃんと店員をチェックしているものなんだよ。この店員は一人前なのか、そうじゃないのかって見定めているわけ。レジでもたついた時に、ちらっと名札みて、ひよこマークが付いてたら『この子はまだ仕事に慣れてないんだな、じゃあ仕方ないか』って思うでしょ」

テキパキと仕事をさばけない時、ひよこマークをつけているだけで許されるような感じがするのだそうです。お客さんに大目に見てもらえると。
(お客さんって、そんなにこわい人たちではないと思うんだけど)
そう思うのですが、レジを打っている時に、目の前でイライラ・カリカリされる圧迫感というのは、実際に体験してみないとわからない面があります。

「おっかしいのはね、ひよこマークを高校生とか若いバイトの人だけじゃなくて、おばさんとか年配の人たちもつけてるってことなんだよね」(ミドリー)
「ほう。おばさんでもつけるの。そうなるとひよこマークはコンビニのマークと間違えられてもおかしくないね」(わたし)

それから数週間後、ミドリーは念願だったひよこマークをひとつ手に入れたそうです。それ以来バイトから戻ってきたミドリーの報告の中に、

「今日も店長以外、みんなひよこマークだったよ」

というフレーズが入るようになりました。店長さんはたった一人の大きなめんどりとして、お店をひよこたちには任せておけないのでしょうか。


(ネタ提供:ミドリー)




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