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#112うな丼。(東京観光①)

今月の初めに、家族で東京観光に出かけました。テル坊の有給がたまっていて、どこか旅行に出かけようかと相談した結果、ふだん観光として行くことの少ない東京をぶらぶらしてみるのも良いかもしれないねということになったのです。長いこと東京で仕事をしていた情報通のテル坊に計画を立ててもらい、わたしとミドリーはただ後ろからぶらぶらついて行くだけの気楽な旅となりました。

長距離バスに揺られて最初に向かった先は神田でした。何故なら…そこに「うなぎがある!」から。ウチでは決して食卓に上がることのない鰻の話を事ある毎に持ち出してくるテル坊は、旅行の目的地の一つに鰻を食べられるお店をチョイスしたというわけです。

「神田うな正」はうな丼がなんと1100円でいただけるお店です。
「ちょうどお昼時だから、しばらく並ぶことになるかもしれないよ。サラリーマンの客が多いから。でも回転は早いと思うよ」
テル坊にそう言われながら、炎天下の東京の路地をひたすら歩きます。

「お、見えてきた」

幸い、その日は外まで行列はできていませんでした。1階はカウンター席しかなく、お客さんは一人ずつ、黙々と鰻を食してはお勘定を済ませて出ていきます。カウンターの中で料理を運んだり、ビールを出したりしているのは、まだ若い娘さんです。年配の男性客が多いようです。わたしたちは2階の席に通されましたが、接客は同じく女性の方でした。

土用の丑の日とは「う」のつく食べ物を食べて無病息災を願うという意味があります。丑の日に鰻を食べるようになったのは、江戸時代の学者、平賀源内の発案という説もあるそうですが、実際に鰻はたんぱく質や疲労回復に役立つビタミンB2を多く含んでいて、夏バテ効果が期待させる食材です(天然のうなぎは、5月から12月の間に捕られます。本当は冬眠のために栄養を蓄えた10月頃が、もっとも脂がのっていて美味しいのだそうです)。

「神田うな正」は長く営業を続けているお店らしく、店内には昭和の空気が漂っていました。天井近くに設置されているラジオの音が響き、あとは小さなテーブルと椅子がやや窮屈そうにひしめいているだけの場所。そこはただ鰻を味わうためだけの空間であり、お客はじっと鰻の登場を待つのです。

メニューも沢山あるわけではないので、
「うな丼ダブル、ビール1本!」
と注文する人が続きます(ダブルだと「ご飯+うなぎ+ご飯+うなぎ」という二重の丼になっているらしい)。皆さん注文しなれているご様子で、東京に住む男性たちは、こうやって日々の疲れを癒しているのか〜と思ったりしました。

鰻の調理法には店それぞれのこだわりがあるらしく、そのお店では関東風の調理法を用いているとのことでした。背開きにして一度白焼きしたものを蒸してから、再び焼くと鰻の柔らかさが引き立つのだそうです。鰻本来の味を味わうために、甘さ控えめの自家製ダレをつけていただきます。

「はい、お待ちどうさま」

鰻が運ばれてくると、どんなお客さんも静かにご飯をいただきます。もちろん、わたしたちも。なんだか妙に真剣に、鰻をじっと見つめながら口元を懸命に動かし続けます。これはちょっと不思議な体験でした。「おいしい!」「ウッメー!」などという感嘆符を発するような場ではないのです。あえて例えてみるなら、茶室でお抹茶をいただく感じと少し似ている気がします。

「こんなに全身全霊で、目の前の食べ物と対峙することは滅多にないぞ」

鰻が美味しいことは言うまでもないのですが、自分が今この瞬間、食べるという行為を真剣に行なっているという満足感が、食べ終わるまで、いや食べ終わった後までも続いていた気がします。

日本人が鰻を食する文化はずいぶん昔からあったらしく『日本書紀』では7世紀に皇室へ鰻が献上された記録も残っているそうです。庶民の食卓に広く登場するようになったのは、江戸時代以降。その後は環境汚染や天然うなぎの数が減ってきていることから、2002年から2018年の間に、値段が倍以上に跳ね上がり今に至っています。

美味しい鰻をありがたくいただける日が、これから先も続くことを願うばかりです。





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