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#101大地の匂い。

これは昨年の春、今住んでいる村に引っ越してきた時の出来事を、半年後の秋に書いたエッセイです。市民農園を借り始めたばかりの頃は、土地が荒れ放題で耕すのに苦労しました。一年間、畑を耕している間に、土の状態はかなり改善しました。

今、その小さな畑では里芋がすくすくと育ち始めています。茄子や胡瓜、ピーマンも植えました。先週さっそく巨大胡瓜を一本収穫しました(美味しかったです)。十日ほど前にテル坊がさつま芋も植えてくれたので、今年も甘い干し芋を自分たちで作りたいなと考えています。

いつも隣りの畑のおじさんに「枝豆はいいよ」とオススメされるのですが、植えるたびに虫に食われてしまいます。枝豆は虫たちの大好物のようです。何か対策を考えなくてはと思っているところです。

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今住んでいる村に引っ越して二ヶ月がたった頃、たまたま貸し市民農園の記事を見つけた。いつかは田舎に帰って小さな畑を耕すのが私の夢のひとつだ。

「夏野菜でも作ってみるか」

やる気がみなぎった。市民農園は想像していたほど広くはなかった。麦わらをかぶった年輩者たちが、あちらこちらで畑の手入れにいそしんでいる。自分たちの区画を探してみると雑草がびっしり生い茂っていた。こんな状態から始めるのかと立ちすくむ私たち夫婦に、隣りの畑のおじさんが近づいてきて「まずトラクターで耕すんだよ」と教えてくれた。

慣れない手つきで夫がトラクターを押していく反対側から、私がクワをふりあげザックザックと土を掘り起こしていく。雑草の根は地中深くにはびこっている。スギナは特にやっかいだ。土の中からミミズやアリ、見たこともない虫たちが次々に飛び出てくる。たちまち汗まみれになり、タオルで何度も顔をぬぐった。

疲れてその場にしゃがみこむと、モワッと土の匂いに包まれた。香ばしい土の匂いに思わず笑ってしまう。九州の父の姿が目に浮かんだ。機械音痴の父は定年退職後、トラクターや草刈機などの便利な道具は一切使わず、自分の手で畑を耕し続けている。

「土に遊んでもらっているんだよ」

と笑う父の言葉を間に受けて、いい暇つぶしかと思っていたのに。畑作りってとんでもなく大変じゃないか。

この夏、私たちの畑でできた野菜が何度も食卓をにぎわせてくれた。巨大化しすぎたキュウリ、青光りするピーマン、匂いがひときわ強いバジル。人参は噛んだとたんに独特の臭みが鼻にぬけてくる。

「やっぱり匂いがちがうね」

夫もうれしそうに箸を運ぶ。野菜たちに充満しているのは大地の匂いだ。形は悪くとも、虫が食っていようとも、あの大地の上ですくすく育ち、命の力を見せてくれた野菜たちを美味しくいただく喜びは格別だ。年末帰省したら、スマホの使えない父に、私たちが初めて育てた野菜の写真を見せてやろうと思う。




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