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牧くんのコンビニ生活#11。(ふしぎなタバコじいさん③)

ぼくがうっかり自転車をとめて、タバコじいさんの隣りに座ってしまったものだから、じいさんは調子にのって、自分の思い出話を語り始めた。それがもう、長くて、長くて…。お年寄りが一旦話し始めると、話が止まらないなんてこと、その頃のぼくは知らなかったから。

途中までは興味をもって聞いていたはずなんだけど、「一体この話、いつまで聞いてたらいいんだろう?」って、会話を終わらせることばかりが気になり始めてからは、相槌を返すのがやっとだった。

タバコじいさんの名前は、徳長さんというらしい。おしゃべりしている徳長さんは、すごく元気なお年寄りにみえた。ヨロヨロしながらうちの店にきて、いつでも転んじゃいそうなおじいさんには見えなかった。全身に船乗りとして生きてきたという誇りのようなものが溢れていた。

年をとるっていうのは、思い出ボックスみたいな存在になることなのかなと、ぼくはぼんやり想像してみた。思い出ボックスの中身が楽しいことばかりだったらいいけど、そうじゃなかったら?苦しかったことや辛かったことばかりが溢れてきたら、その時はどうしたらいいんだろう?そんなことは、年をとってから考えればいいのか。或いはぼくが高齢者になる頃には、人口減少のおかげで、過去を懐かしむ時間のゆとりもないくらい、あくせく働いているかもしれないけど。むしろそっちの可能性の方が高い。

河原に座り込んでいるぼくらの周りには、確実に夕闇がせまっていた。そろそろおしゃべりを切り上げないと。ぼくが立ち上がると、
「お、もうこんなに暗くなって」
徳長さんも、ようやく時間の経過を意識し始めた。

「水が見えるところに居さえすれば、おれは機嫌のいい男なんじゃけど。陸はいかんなあ。家の中はもっといかん。心がきゅうきゅう狭くなっちまう」
「絵を描く時は、タバコは吸わないんですね」

ぼくはうっかりそんな感想を口にしてしまった。驚いている徳長さんに、いちごマートでいつも見かけていることを伝えると、ガハハと愉快そうに笑った。

「ここに居る時は気持ちいいからなあ。タバコはいらんよ。あれは家にいて、イライラした時の気晴らしだ」
「徳長さん、何人家族なんですか?」
「かかあと二人暮らしだ。かかあは気が強くて、口が達者やからねえ。口ごたえもできんよ。それにとなりには娘夫婦も住んどるから、そっちもうるさいよ」

徳長さんは、荷物をカーキ色の大きなバッグにしまってから、よっこらせと立ち上がり、お尻をパンパンと叩いた。それからぼくの顔をマジマジと眺めてから、ひとり言のようにこういった。

「そうだったか。あのコンビニで働いてるのか」
「はい」
「おまえさん、よくおれの顔まで覚えとったのお。今時の若者は、年寄りなんかに関心がないかと思っとったよ」
「はあ…」

徳長さん、自分がいちごマートで「タバコじいさん」なんて、あだ名まで付けられていると知ったら、どう思うだろうな。

「いちごマートは、なんでも売っててハイカラな店やのう。おれが若い頃には、あんな店なかったよ。あそこに行けばなんでも買えるし」
「でも、徳長さん。タバコしか買わないですよねえ」
「はー、してやられた」

それから二日後。徳長さんはいつもの格好でいちごマートに現れた。ドキドキ、ドキドキ。好きな女の子に会う時みたいに、ぼくは緊張した。ぼくの名前も知っているから、突然「やあ、牧くん」なんて話しかけられたらどうしようかと思ったりして。

お店に入って来ると、徳長さんは迷うことなくレジに近寄ってきた。そして、ぼくの目を見ると、タバコの並んだ棚を指さしながら、

「23番、1カートン」

と言った。会計をすませた後は、「ありがとうございました」と明るく声をかけたユースケくんにだけニッコリ微笑みかけた。なんだよー、ぼくのこと、もう忘れちゃったのか。いちごマートでバイトしていますって伝えたはずなのに。制服を着てるだけで、この前河原で会った若者だと気づくことさえできないのか…。自分がこんなにもガッカリしてしまうことに、我ながら驚いた。まあ、仕方ないか。マスクを付けてて、顔半分しか見えない、たった一回会ったきりの青年のことなんて、老人の記憶に残ることを期待するほうが土台、無理だったんだ。ぼくの認識の方がまちがっていたんだな。

残念ながら、コンビニを立ち去って行く後ろ姿は、もう徳長さんではなく、タバコじいさんにしか見えなかった。せめて、あの日楽しく河原で話をした若者の姿(ぼくのこと)が、徳長さんの思い出ボックスに回収され、かすかにでも残っていることを願うしかないんだろう。


(つづく)




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宮本松
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