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【掌編小説】恋の栞

舌を絡め合い、滑らせるように唇を首筋に這わせ軽く吸い付く。そして乳房を愛撫してから挿入し、腰を振るとコイツは果てた。

「相変わらず、誰かと恋愛したいとは思わないの?珍しいよ、萌絵みたいな奴。セフレがいれば十分ってタイプに見えない」

落ち着くと、急にコイツはおしゃべりになった。

私にとってセックスは、恋愛と必ずしもセットではない。快楽を得ようとはするけれども、胸が締め付けられる様な思いなんて暫くしていない。最近は、定期的にコイツと会って、スポーツの様にセックスするだけだ。


大学が夏休みに入ったので、久しぶりに図書館にやってきた。エアコンの冷たい空気が、汗ばんだ肌に心地良く、人もまばらでとても静かだ。棚に並ぶ本を、右から左、左から右へと眺め、目の前にあった、擦り切れた背表紙を引っ張り出してみた。

ページを捲ろうとすると、本が二つに割れるように開き、四つに折り畳まれた古い便箋が現れた。抜き取って開いてみる。滑らかな美しい文字が書かれていた。ラブレターのようだ。周りを一瞬見渡して、その手紙を畳み、肩に掛けているトートバッグに滑り込ませる。タイトルも確認せず、本を貸出窓口へ持って行った。裏表紙の上に図書カードを乗せ、カウンターの上を滑らせる様に受付の女性に渡す。すると彼女は、本とカードのバーコードを読み取り、押し返す様に戻して来た。


図書館を出ると、むっとした熱い空気が身体に纏わりつく。スロープを下り、自転車置き場へ着くと、トートバッグから手紙を取り出し再び開いた。昔の言葉が並ぶ便箋は、茶色く変色し、喋ったことも無く、いつも見かける男性に宛てた想いが綴られていた。その最後には、市内の住所と「相沢さよ」という名前が書かれている。私はスマホで、その住所を調べた。ここからそれ程遠くない。


そこには、木造平屋建ての家が建っていた。表札は無い。辺りをキョロキョロ見回していると、

「何かお探しでしょうかねぇ」

と声がし、振り向くと知らないおばあちゃんがいた。私は驚いてしまい、

「相沢さんのお宅を探してまして」

と、つい馬鹿正直に答えてしまった。

「あぁ、私が相沢ですけれども」

と、ちょっと首を傾げ、不思議そうに私の顔を見上げている。手紙を取り出し、図書館の本に挟まっていた事を伝えると、おばあちゃんは、

「あぁ、ありがとうねぇ。わざわざ届けてくれたのかい?本に挟まってたんだねぇ」

と、くしゃっと微笑み、手紙を受け取った。

「どうぞ」

私は中に入るよう促がされた。


話を聞くと、若い頃、想いを寄せている男性に声を掛けるきっかけも勇気も無く、気持ちを手紙にしたのだけれども、結局、渡す事ができず手元に残ってしまったらしい。そして、本に挟まれたまま図書館に返却されてしまったのではないか、という事のようだ。

「栞にでもしたのかねぇ。今でもたまに、あの人の事思い出すのよ」

「その人とはどうなったの?」

と尋ねると

「急に見かけなくなっちゃってねぇ」

と少し哀しそうな顔をした。

「ねぇ、お嬢さん。恋ってね、いくつになってもできるって言う人いるでしょ?そんなことないの。若いうちじゃないとできないの。年齢重ねるとね、分かって来るのよ、幻だって事が。幻なら見れるうちに見ておいたほうがいい。この年になっちゃうと、夢も幻もへったくれもないのよ」

と小さく笑いながら言うその表情は、とても柔らかだった。

トートバッグから短い着信音がした。

「あ、ごめんなさいねぇ。婆さんの昔話聞かせて引き留めてしまって。これ持ってって」

と、ビニール袋に入ったメロンを持たせてくれた。


私は、さよさんのお宅から少し離れた場所で自転車を止め、トートバッグの口を開けた。緑の木陰で、夏服の男女が並んでいる淡い色彩の絵の表紙。そこに書かれた「恋」というタイトルが目に入った。

スマホの着信を確認する。例のセフレからだ。私は、返事もせずにスマホを戻した。

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