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【掌編小説】アフロヘアーの女の子


「もうこれ何なんだよぉ・・・ほんと嫌なんだけど」

と、小さく呟いた。目の前には積み上げられた段ボールの山、その周りにはクッキーの丸い空き缶やら、風呂場で使うプラスチック製の椅子など、ガラクタ達が散らばっていた。結婚し、実家からちょっと離れたマンションに住み始めた兄からの頼みで物置の扉を開けたのだが、一瞬で拒絶反応を示してしまった。

(バーベキューセットなんてねぇだろ・・・)

と隅の方に目をやると、「ベキュー」という赤いロゴが見えた。溜息をつきながら、周辺のがらくたを一旦外に出した。これで、ようやく運び出すことができる。満面の笑みを浮かべバーベキューをしている一家の写真が印刷された、その平べったい箱を運び出し、玄関前にドスンと置いた。ふぅ・・・と、再び溜息をつきながら裏庭に戻ると、先程外に出したガラクタの山に、透明のビニールの中で綺麗に畳まれた黄色いTシャツを見つけた。袋から取り出し広げてみると、「FUNKY」というド派手な文字が目に飛び込んでくる。懐かしい匂いがした。


                ◆


その頃僕は、美大生だった。大学入学と同時に田舎から上京したものだから、お洒落な学生達とすれ違うたびに、憧れと劣等感を感じているような学生だった。

ある日、美術史の講義で、一際目立ったアフロヘアーの女の子を見掛けた。だるそうに机に肘をつき俯いている。30分程経った頃だろうか、彼女は身の回りを静かに片付け始め、腰を屈めながらこちらに向かってくる。出口を背に講義室後部に座っていた僕と目が合うと、人差し指を口に当てながら、シィーッと顔を皺くちゃにし、僕のチェックのシャツをつまんで軽く引っ張った。慌てて机の上を片付け、促されるままに彼女のあとを追いかけた。


彼女は打ちっぱなしのコンクリート壁に背をもたれながら

「何専攻してるの?」

と聞いてきた。

「油絵」

と答えると、

「私、デザイン」と言いながら、僕の服装を下から上へと何度か視線を動かした。

「っぽいよね。汚れるもんね」

と、微笑んだ。

「ねぇ、お腹すいたから学食行かない?」

と言うので、言われるがままについて行った。


窓際の四人掛けテーブルが空いていたので、そこにした。

「先行っても良い?荷物見てて」

と、彼女はトートバッグを椅子に置き、厨房の方へ向かった。バッグの白いキャンバス地には何やら英語で色々書いてある。小さなクロッキー帳が顔を出していた。テーブルの上に2、3水滴が残っていたが、あいにくティッシュを持っていないので、そのままにした。あっという間に彼女はミートソーススパゲティと、コップに入った水を二つお盆にのせ、戻ってきた。

「どうぞ」

と彼女は言う。

僕は、おもむろに立ち上がり、厨房のおばちゃんがいる方へ歩いて行った。日替わり定食は、Aランチがカキフライ定食、Bランチが豚肉の香味野菜のせ定食。カレーライスを注文した。おばちゃんが、テキパキとご飯をよそい、ルーをかける。30秒程で会計も済ませた。

先程のテーブルの方に体を向けると、彼女は熱心に小さなクロッキー帳を見ている。

「それなに?」

と、カレーライスの乗ったお盆をテーブルに置きながら聞いた。

「あぁ、これ?ネタ帳みたいなもん。思いついたアイデア、絵、文章を、すぐにアウトプットしてんの」

「イメージって生モノだから、明日形にすればいいかなぁって先延ばしにすると、腐っちゃうんだよ。全くそれに興味持てなくなっちゃう」

クロッキー帳見せて、と言いたかったが、やめておいた。

「あ、そうそう、つい最近作ったの。どう?これ」

と、彼女は、黄色地に「FUNKY」というド派手な文字が印刷されたTシャツを顔の前で広げた。僕はTシャツが汚れないよう、ミートソースとカレーライスのお盆をテーブルの端にずらした。

「これあげるよ。いくつか色違い作ったから。もしかしたら・・・」

「タナカです。タナカ コウヘイ」

「あ、コウヘイちゃんにピッタリなんじゃない?「FUNKY」ってね、「カッコイイ、イカしてる」って意味もあるんだけど、「臭い」とか「素朴で洗練されてない」って意味もあるの。コウヘイちゃんが臭いって事じゃないよ。コウヘイちゃん、素朴な感じするから。どう?ちょうど良いんじゃない、そのチェックのシャツの上にこれ着ても」

と、Tシャツを手渡した。僕は、苦笑いの様な、照れ笑いの様な笑みを浮かべながら袖を通した。

「ピッタリじゃん。長袖のチェック柄と、Tシャツの黄色がマッチしてる。イカしてるよ」

彼女の顔が、一気に花咲いたようになった。

「私ね、少しでも興味持った事、例えば、演技してみたいなぁって思ったら、オーディション受けてみたりとか。上手くできないだろうけど、恥かいてもそこにいる人達とは二度と会わないだろうし。とか、小説書いてみたりとか、絵描いてみたりとか。デザイン専攻してるからって、それ以外の事しちゃいけないって事無いでしょ?ここ最近、ネットも普及し始めてきたみたいだし、本名とか顔さらけ出すのが怖ければ、仮名のブログ上で、色々作品発表しても良いし。とりあえず、やってみるの。やってみたいなって思った事」

彼女はお洒落だし、個性的だし、才能ありそうだし、積極的だし、臆病じゃないし、僕の劣等感の原因になりそうなタイプの人間なのだが、なぜだか、そんな事は無かった。


アパートに帰ったその晩、「少しでもやってみたい事」とやらを形にする作業をしてみた。良く分からない奇妙な立体のデザインをしてみたり、小説もどきのものを書いてみたり、ズボンの裾を切ってショートパンツにしてみたり、小さな声で歌ってみたり、しまいには、部屋のカーテンを閉め、電気を消し、半裸で創作ダンスしてみたり。今まで得体が知れず、悶々としていた何かが満たされ、穏やかで幸せな気分になる自分がいた。


                ◆


ポケットに入れていたスマホが鳴る。抜き出して画面を確認すると、出版社からの電話だ。慌てて耳にスマホを当てる。

「いつもお世話になっております」

「あ、はい、はい」

「ちょっと今、外におりまして。室内に戻りますね」

少しよそ行きの声が、裏庭に響いた。



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