母のつくるクリスマスケーキ
この世にもういなくなってしまった人が、作っていた料理。
それが、腕の確かな料理人でもないただの家庭の主婦が、確固たるレシピどおりでもなく、その時々のいい塩梅でつくっていたものだとしたら。尚更、あの人の、あの時の、あの料理の、あの味には、もう二度と会えないのかなと、思いが募る。
私の母は、若い頃はお世辞にも料理上手といえるような人ではなかった。それは、生まれ育った環境のせいかもしれない。生来の鷹揚な(要は大雑把な)性格のせいかもしれない。思い返してみれば、出てくる料理がどこかしらおかしかった。
一応、母の名誉のために書き添えておくと、娘たちは母の料理で慣れてしまうから、不味いとまではめったに思わなかったし、上記の記事にも書いたように、時には家族で絶賛する”奇跡の一品”が登場する日もあった。おそらく、そういうのは、難しくないもの、且つ、独自解釈をあまり加えずに作ったものだろうけれど。
その中の一つが、誕生日やクリスマスにいつも作ってくれたケーキだ。
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40年以上も前の、質素なサラリーマン家庭にはオーブンなどなかったので、母はケーキのスポンジを焼くのに「無水鍋」を使っていた。
この時代に、流行ったという、無水調理ができる合わせ型の大きく重たい鋳物鍋が我が家にもあって、焼き物も煮物もお赤飯もシチューも(父がつくる)カレーにも、大抵このお鍋が登場していた。
お鍋に付いてきたらしい紫色の表紙のレシピ本に、ケーキのスポンジの作り方があって、母はそのレシピに習ってつくっていたと思う。
あのケーキを、もう一度食べてみたい。
先述したように、母はまあまあ大雑把な性格だったので、毎度レシピ本を確認してその通り作る、ということをしない。
だから、小麦粉をふるう工程を端折ったのか、焼き上がりのスポンジに白くダマが残っていることもしばしば。生地から空気が抜けきれてなくてそこだけカポッと穴が空いてたり、コンロにかける時間も火力も適当でまわりだけカリカリのクッキーみたいになることも。泡立て不足か生地がゆるくて型の隙間から流れ出し出来上がりの厚さが2センチ程のペラペラだったなんてことも……。
おかしな箇所は、いつもいくつもあって、レシピ本の写真の”完成形”とはどこかしら違ってた。
そうこうして、焼き上がったスポンジを、上下2枚に切り(切れない薄さのときは諦める)ホイップクリームを塗って、みかんの缶詰をたくさん挟む。いちごは今ほど一年中は手に入らないので、大抵トッピングはみかんの缶詰だった(私はみかんの缶詰のほうが好き)。スポンジにチョコチップが入る日もあって ——沖縄の親戚から送られてきたハーシーのキスチョコを砕いて入れていたのだ、当時の米軍基地内購入キスチョコなんて焼いたら全くチョコの味しないんだけど ——そういうときは、さらに上にもキスチョコ追いトッピング。
外側が焦げてクッキーみたいになっていたら、剥がして一足先に食べてしまえばいい。ダマも穴も、クリーム塗ってしまえば全然わからない。生地のきめが粗いからあちこち凸凹だけど、いいのいいの。
クリスマスのごちそうの後のお楽しみ。母がうちでつくったスポンジに私と妹がせっせとデコレーションしたクリスマスケーキの登場。
ほら、今日も美味しいね!パパもう一切れ食べるの?なら、私も食べちゃおうかなあ……。
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やっぱりあのケーキを、もう一度食べたい。
我が家がオーブンレンジを購入した頃には、ケーキ作りの役目はもう娘たちにバトンタッチされてしまった。だから、母のケーキはオーブンで焼いたものとはなんだか全然違う気がするのだ。
今、私の家には、オーブンレンジはあるけれど、この大きな分厚い無水鍋は無い。だが、無水調理ができるお鍋ならわりとどれでもケーキを焼くことはできるという。家にあるお鍋のうち、ホーローのSTAUBとアルミのジオ・プロダクトの片手鍋のどちらかは無水調理が可能だ。STAUBはオーバルで、ケーキ型が入らず、ジオ・プロダクトのほうで作ってみることにした。
レシピはこちらを参考にした。(ただ、サラダ油が良質の油かどうか自信がなかったので、半分は溶かしバターに変更)
ハンドミキサーでひたすら泡だてる。卵白卵黄分けずに、共立て。結構大変。
ちなみに私が今使っているハンドミキサーも実家から持ってきてしまったもので、多分私が中学生の頃に生協で買ったくらいの結構な年代物。母がケーキを作っていたのは、もっと前だから、スプリング式の泡立て器を使っていた記憶がある。垂直に立てて上下させるこういうの。
粉ふるいは、中学の養護の先生にもらったもの。(先日の記事に書きました)
クッキングシートの上がギザギザになってるのは、お鍋の蓋をしめたら上がつっかえてしまったので適当にハサミで切ったから。母譲りのラフさよ。
型から出し、ケーキクーラーで冷ますあいだ、このままかじりつきたい衝動を抑えるのが一苦労だった。だいぶ成功の部類の出来栄えな気がするが、このスポンジのきめの荒さ、卵っぽいカステラのような香ばしい匂い……。懐かしさでいっぱい。父と妹に、無水調理鍋で作ったと写真を送ると「おー、ママのケーキ思い出すねえ!」の返信が。
早速、食べてみた。懐かしい母の味の面影が、私のつくったケーキの味の中に、そっと残ってた。
やっぱり母は私の中に生きてるんだな。
普段ショートケーキは好んで食べないのに、ぺろりと食べた息子の「ん、美味しい」の言葉が嬉しい。
川ノ森千都子さんのこちらの「うちのクリスマス」アドベントカレンダー、19日の記事として参加させていただきました。皆様の素敵なクリスマス記事も読めて嬉しいです。ありがとうございました!
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