ナイちゃんの華麗《カレー》なる人生の記録 第14話

『…………』

「最低だ。最低だよ、あんたたちは。もう『わたしたち』の親だとは思わない。別の場所に住まわせてもらうわ。ここには、もう二度と来ない。さよなら」

「ま、待って、アルちゃんっ!」

わたしは母の声を無視して呪われた家を出た。

ナイちゃんが亡くなる一日前の話である。

「ついにボムカレーが発売されたわね」

「そうね」

ナイは再び入院することになった。

最終手段として、ナイの寿命をなんとか延ばすことができないか「あの病院」で検査することになったのだ。

「でも、もう、あたしは『このあとの展開』を見ることなく死んでしまうようね」

「まだ手があるはずよ。あきらめないで、ナイちゃん」

わたしたちはふたりでひとつだ。

決して離れることはない。

少なくともわたしは、そう思っていた。

だから、ナイが死ぬという結果を受け入れる自信がなかった。

「あたしが死ぬわけないと思ってるでしょ」

「え?」

「死ぬに決まってんじゃん、バカなの?」

「バカじゃないよ、バカって言うほうがバカなんだよ」

「あ、バカって言った。あたしたちはバカだ」

「そうだね、バカだね、わたしたちは」

わたしたちは笑いあった。

わたしは残りの時間だけでも笑顔でいようとした。

きっと、ナイちゃんも。

「あ、そうだ。アルに……アルちゃんに渡すものがある」

「?」

わたしは首をかしげる。

「あたしのパソコンのパスワードだよ。アル……に全部託そうと思う」

「託す? なにを?」

「あたしのパソコンには今まで培ってきた歴史がある。アルが『伊丹さんちのカレー屋さん』の店長になるとき、活かせるときが来るかもしれないから」

「そう……わかった。ありがとう」

「……いつか、また……あたしは先へ待ってるね。じゃあ……またね、アルちゃん」

「うん、またね、ナイちゃん」

わたしたちは、ここで別れた。

ふたりでひとつから、ふたつでひとりになったのだ。

――ナイちゃんが亡くなった一週間後。

わたしはナイちゃんのパソコンを確認した。

パスワードは何重にもロックされており、ログインするのに時間がかかった。

「ナイちゃんの華麗《カレー》なる人生の記録……か」

ナイちゃんがワールド・ワイド・ウェブにつくっていたブログ名である。

そこには、ナイちゃんがどうして、インターネットや株やFXで儲けていたのにカレーにこだわる理由が書かれていた。

結局のところ、ナイちゃんは痛みがなくてもカレーが大好きで、ナイちゃんにとってお金よりも大切なものがカレーにはあったのだ。

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